イランがホルムズ海峡に通航料を検討 世界経済への影響は
はじめに
イラン国会が、世界のエネルギー輸送の大動脈であるホルムズ海峡を通過する船舶に対し、通航料と税金を課す計画を進めていることが明らかになりました。イラン学生通信(ISNA)が2026年3月19日に報じたもので、テヘラン選出のソマイエ・ラフィエイ議員が「各国がホルムズ海峡を安全な航路として利用する際、イランに通行料と税金を支払わせる計画を進めている」と発言しています。
ホルムズ海峡は世界の原油貿易量の約3分の1、液化天然ガス(LNG)の約20%が通過する世界最大のエネルギー輸送のチョークポイントです。2026年2月末に始まった米イスラエルによるイラン攻撃を受け、同海峡は事実上の封鎖状態に陥り、原油価格が急騰しています。この状況下での通航料構想は、国際社会に大きな波紋を広げています。
ホルムズ海峡の戦略的重要性と現在の状況
世界のエネルギー輸送を支える要衝
ホルムズ海峡はペルシャ湾とオマーン湾を結ぶ幅約33キロメートルの狭い水路です。米国エネルギー情報局(EIA)のデータによると、2025年には1日あたり約2,000万バレルの原油・石油製品が同海峡を通過しました。これは世界の海上原油貿易量の約34%に相当します。
通過する原油・コンデンセートの84%、LNGの83%がアジア市場向けであり、中国、インド、日本、韓国が主要な受け入れ国となっています。特に日本は原油輸入の約9割をホルムズ海峡経由に依存しており、中東への石油依存度は世界でも突出して高い水準にあります。
紛争による事実上の封鎖と原油価格の急騰
2026年2月28日に始まった米イスラエルによるイラン攻撃を受け、ホルムズ海峡は大幅な通航制限の状態に入りました。ブレント原油価格は紛争開始前の1バレル約70ドルから、3月上旬には100ドルを突破。一時は126ドルの高値を記録し、紛争開始から約80%もの上昇を見せました。
アジアの指標であるドバイ原油は1バレル150ドルを超え、過去最高値を更新しています。イラン革命防衛隊(IRGC)は「1リットルの石油もホルムズ海峡を通過させない」と警告し、原油価格が200ドルに達する可能性にも言及しました。
通航料構想の詳細と背景
議会で審議中の法案の内容
イラン国会で審議中の法案では、ホルムズ海峡を輸送やエネルギー供給、食料安全保障のために利用する各国に対し、通航料と税金の支払いを義務づける内容が盛り込まれています。AFP通信によると、イラン当局は1隻あたり約215万ドル(約3億2,000万円)の通航料を要求しているとの報道もあります。
実際にすでに一部のタンカーが「安全通航保証」の名目で約200万ドルを支払ったとする報道も出ています。これが事実であれば、歴史上初めてホルムズ海峡で通航料が徴収されたことになります。
「新体制」構想の狙い
イランの最高指導者だった故ハメネイ師の顧問であるモハンマド・モフベル氏は、紛争終結後にホルムズ海峡に「新たな体制を策定する」と表明しています。モフベル氏はこの措置を「支配的な覇権主義国家に対する制裁行為」と位置づけており、単なる経済的利益の追求ではなく、地政学的な影響力の行使を意図していることがうかがえます。
ラルク島を拠点とした審査制度
現在、イランはラルク島付近に設定した航行ルートを通じて、選別的に通航を許可する体制を敷いています。IRGC海軍が目視検査と積み荷の確認を実施し、中国、インド、パキスタン、イラク、マレーシアなどの「友好国」の船舶を優先的に通過させています。一方、米国やイスラエルに関連する船舶については通航を制限しています。
この選別制度は、通航料構想の土台となる可能性があります。軍事的な封鎖から制度化された課金システムへの移行を目指している構図です。
国際法上の問題と各国の反応
通過通航権との矛盾
国連海洋法条約(UNCLOS)では、ホルムズ海峡のような国際海峡に対して「通過通航権」を保障しています。すべての船舶と航空機は、沿岸国の許可なく通過する権利を有しており、通航料の徴収は条約に反するとの見解が国際法の専門家から示されています。
ただし、イランはかねてからこの条約の解釈に異議を唱えており、自国の領海内では「無害通航権」のみが適用されるべきだと主張してきました。通航料構想はこの主張を実行に移すものとも言えます。
国際社会の対応
日本と欧州5カ国は共同声明を発表し、ホルムズ海峡の封鎖をイランの国際法違反として非難しています。米国も「違法な封鎖」との立場を崩していません。一方、中国はIRGCとの直接交渉を通じてエネルギー供給ルートの確保を進めており、各国の対応には温度差が生じています。
ペルシャ湾岸諸国はイランの通航料構想に対し、軍事的な対応も辞さない姿勢を示しており、地域の緊張がさらに高まる懸念があります。
日本への影響と今後の展望
エネルギー安全保障への直接的打撃
日本は原油輸入の約94%を中東地域に依存しており、ホルムズ海峡依存度は世界でも突出しています。通航料が恒常化すれば、原油の調達コストは大幅に上昇し、ガソリン価格や物流コストの高騰を通じて国内のインフレが加速する可能性があります。
LNGについても、日本のホルムズ海峡経由の輸入比率は約6.3%とされていますが、カタールからの供給が滞れば世界的なLNG需給が崩れ、スポット価格の急騰につながりかねません。
代替ルートの限界
ホルムズ海峡を迂回するパイプラインはサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)に存在しますが、その輸送能力は限定的です。海上輸送の大部分には代替手段がなく、短期的な備蓄放出だけでは根本的な解決にはなりません。
実現可能性をめぐる見方
イラン国内でも通航料構想の実現可能性については意見が分かれています。軍事力を背景とした課金制度は国際社会の強い反発を招く上、長期的にはイラン自身の石油輸出にも悪影響を及ぼしかねません。英国のロイズ・リストは「テヘランの料金所でホルムズ海峡は再開しない」と題した論評で、通航料制度の持続可能性に疑問を呈しています。
まとめ
イランによるホルムズ海峡通航料の検討は、米イスラエルとの軍事衝突を背景に、同国が地政学的な影響力を行使しようとする動きの一環です。世界の原油貿易の3分の1が通過する要衝で通航料が課されれば、エネルギー価格のさらなる高騰を招き、特に中東依存度の高い日本には大きな打撃となります。
国際海洋法との整合性や実現可能性には疑問が残りますが、紛争が長期化すればイランの影響力が既成事実化するリスクもあります。エネルギー調達先の多様化や備蓄戦略の強化など、日本としても中長期的な対策を加速させる必要性が高まっています。今後のイラン国会での審議の行方と、国際社会の対応が注目されます。
参考資料:
- イラン、ホルムズ海峡通過船舶から通行料徴収へ 国会で審議中
- Iran may impose Strait of Hormuz transit fees as sanction against West
- Iran floats Hormuz transit tolls as Persian Gulf states warn of military response
- イラン、ホルムズ海峡の船舶に通過料の徴収を検討=下院議員
- Amid regional conflict, the Strait of Hormuz remains critical oil chokepoint(EIA)
- イラン攻撃で高まる原油価格上昇リスクと日本経済への影響試算(NRI)
- 日本のLNG輸入量のホルムズ海峡依存度は6.3%(JETRO)
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