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by nicoxz

原油高とTACO楽観の落差 景気後退リスクと市場の盲点総点検

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はじめに

原油相場が跳ねるたびに、市場では二つの楽観が顔を出します。一つは、トランプ政権が結局は強硬策を引っ込めるという「TACO」型の期待です。もう一つは、景気が悪くなれば中央銀行が利下げに動き、株式市場はむしろ支えられるという発想です。

ただ、原油高と景気後退の関係を過去にさかのぼると、この楽観はかなり危ういです。油価ショックはいつも単独で景気を壊すわけではありませんが、既に積み上がっていた金融不安や消費の弱さに、最後の一押しを加える役回りを果たしてきました。本記事では、ホルムズ海峡を巡る足元のリスク、1970年代以降の米景気循環、そして現在の市場が見落としやすい時間差を整理します。

油価ショックと景気後退の重なり

原油高が単独犯ではない歴史

NBERの景気循環表を見ると、1973年11月、1980年1月、1990年7月、2001年3月、2007年12月に始まった米景気後退は、いずれもエネルギー価格の急変や中東情勢の緊張と重なる局面を含んでいました。James Hamilton氏はNBERの整理で、戦後11回の米景気後退のうち1回を除いて、事前に原油価格の急騰があったと指摘しています。

重要なのは、ここから「原油高が来れば必ず景気後退」と機械的に読むことではありません。Hamilton氏が繰り返し示したのは、油価上昇は景気後退の端緒というより、すでに脆くなっていた需要や金融環境を悪化させる増幅装置だという点です。1973年は優良株ブームの過熱、1990年は金融機関の傷み、2007年から08年は住宅金融の歪みが先にあり、その上にエネルギー高が重なりました。

2007年から08年の分析でも、Hamilton氏は自動車需要の失速や消費者心理の悪化を通じて、油価上昇が景気後退初期に重要な役割を果たしたと整理しています。つまり市場参加者が見るべきなのは「今回の原油高がどれほど続くか」だけでなく、「米国経済にすでにどんな疲労があるか」です。関税、金利高止まり、企業投資の先送りがある環境では、油価上昇は後から効く打撃になりやすいです。

TACO相場が生みやすい誤解

2025年に広がった「TACO」は、トランプ氏が市場や交渉相手の反応を見て強硬姿勢を後退させるという読みから生まれた相場観です。CNBCは、投資家の間で「Trump Always Chickens Out」という見方が定着した一方、それを前提にしたポジションは危ういと伝えました。

この発想が今回の中東局面で危ないのは、政権のメッセージ転換がそのまま供給網の正常化を意味しないからです。3月末から4月初めにかけては、トランプ氏が米軍の関与縮小や「2〜3週間」の出口に言及したことで、原油は一時下落し、株式市場も反発しました。ガーディアンによると、4月1日にはブレント原油が一時98ドル台まで下がり、株式市場は安堵の買いを入れました。

しかし、その直前まで市場はホルムズ海峡の閉塞長期化を織り込み、同紙は3月25日時点でブレントが週初に114ドル近辺まで上昇したと報じています。TACO型の楽観が当たりやすいのは、政治シグナルが即座に物流改善へつながる場合だけです。タンカー保険、積み出し設備、在庫再配分、精製マージンは、大統領の一言で元通りにはなりません。

足元のリスクと過去との違い

ホルムズ海峡リスクの重さ

国際エネルギー機関(IEA)は、ホルムズ海峡を世界の石油安全保障で最重要級のチョークポイントと位置付けています。2024年には日量約2000万バレルがこの海峡を通過し、世界の石油需要の約2割に相当しました。LNGでも2024年に世界貿易量の約20%がホルムズ海峡を通ったとIEAは整理しています。

ここで注目すべきは、単純な数量だけではありません。ホルムズ海峡の代替輸送能力は限定的で、IEAは主要パイプラインによる迂回余地を日量300万〜500万バレル程度とみています。仮に政治的には停戦へ向かっても、物理的な輸送路の信頼性が戻らなければ、油価には相応のリスク・プレミアムが残ります。欧州向けの燃料不足が4月にも表面化し得るというShell首脳の警告が重いのは、この代替余地の小ささが背景にあるためです。

市場が見落としやすいのは、原油相場の瞬間的な下落と、実体経済への波及のタイミングがずれる点です。ガソリンや航空燃料、化学原料のコストは遅れて効きます。企業の値上げや消費者の節約、中央銀行の警戒姿勢はさらに後から表れます。株式市場が先に「戦争は終わる」と織り込んでも、家計と企業はその数週間後に痛みを受けることがあります。

1970年代と同じではないが無害でもない現在

もっとも、今をそのまま1970年代と重ねるのも雑です。FRBSFは2025年のレターで、供給面の油価ショックは依然として失業率やインフレ率を押し上げ得る一方、近年は長期のインフレ期待が大きくは崩れていないと指摘しました。2023年のNBER研究でも、近年のインフレ再加速は油価ショックだけでなく、緩和的な金融環境との組み合わせで強まったと整理されています。

つまり現在の構図は、単純な「原油高で即スタグフレーション」ではありません。むしろ厄介なのは、インフレ期待が完全には暴走しないため中央銀行は慌てて全面緩和に戻らず、その間に家計の実質購買力と企業収益がじわじわ削られることです。景気が明確に悪化するまでは金利も高止まりしやすく、株式市場にとっては「景気が弱いのに金融緩和はまだ遠い」という嫌な空白期間が生まれます。

この意味で、「TACOか景気後退か」という二者択一は雑です。実際には、トランプ氏が後退しても油価ショックの残滓は残る可能性があり、逆に景気が悪化してもすぐに株高へ戻るとは限りません。市場がもっとも苦手なのは、政治シグナルの改善とマクロ悪化が時間差で同居する局面です。

注意点・展望

今回の論点で避けたい誤解は三つあります。第一に、油価上昇を見て即座に「歴史は繰り返す」と断じる見方です。現在は経済の省エネ化や金融政策の枠組みが進んでおり、1970年代の再現とは限りません。第二に、トランプ氏のトーンダウンがそのまま供給正常化を意味するという理解です。第三に、景気後退が来れば必ず株式市場に追い風という発想です。リセッション入りの初期は、むしろ利益見通しの下方修正が先に効くことが多いです。

今後の焦点は、1. ホルムズ海峡の通航正常化がいつ確認できるか、2. 原油が一時的な急騰後に100ドル前後で高止まりするのか、それとも速やかに沈静化するのか、3. 米消費と企業設備投資が関税と燃料高をどこまで吸収できるのか、の三点です。油価が下がった日の株高だけを見て安心するより、数週間後のガソリン、輸送、企業ガイダンスの変化を追う方が本質に近いです。

まとめ

原油高局面での市場の楽観は、しばしば「トランプ氏はいずれ引く」「景気が悪ければ金融緩和が来る」という短い物語に収れんします。しかし歴史を見ると、油価ショックは単独で景気を壊すより、すでに傷んでいた需要や金融環境を悪化させる最後の一押しになりやすいです。

今の市場で問われているのは、TACOが成り立つかどうかだけではありません。ホルムズ海峡の物流、原油の高止まり、家計と企業の耐久力がどう動くかまで含めて見ないと、安心は早計です。短期の株高より、遅れて効く実体経済の変化を確認することが、今回の相場を読み解くうえでの出発点になります。

参考資料:

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