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by nicoxz

米銀4強の純利益急伸、イラン相場が押し上げた収益構造の核心とは

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はじめに

米銀大手の2026年1〜3月期決算は、表面だけ見るときわめて強い内容でした。JPMorgan、Goldman Sachs、Citigroup、Wells Fargoの純利益を公式開示ベースで合算すると約331.8億ドルとなり、2021年1〜3月期の約337.8億ドルに迫る水準です。景気が特別に加速したというより、四半期終盤にかけて強まった市場の揺れが、トレーディング部門に大きな追い風を与えた構図が目立ちます。

背景にあるのは、中東情勢の緊迫化と原油高、そこにAI関連銘柄の値動きや政策不透明感が重なったことです。市場参加者が一斉に持ち高を組み替え、ヘッジ需要を増やした結果、株式・債券・為替・商品を扱う部門の収益が伸びました。本記事では、4行の決算を横並びで比較しながら、なぜ「イラン相場」が銀行収益を押し上げたのか、その恩恵はどこまで続くのかを整理します。

利益急伸の全体像

4行合計331.8億ドルの意味

まず純利益の内訳を確認すると、JPMorganが164.9億ドル、Goldman Sachsが56.3億ドル、Citigroupが58.0億ドル、Wells Fargoが52.5億ドルでした。4行合計は約331.8億ドルです。比較対象として2021年1〜3月期は、JPMorganが143.0億ドル、Goldman Sachsが68.4億ドル、Citigroupが79.0億ドル、Wells Fargoが47.4億ドルで、合計は約337.8億ドルでした。したがって、今回の水準はコロナ後の急回復局面にほぼ並ぶ規模と言えます。

ただし、2021年との違いも重要です。当時は貸倒引当金の戻し入れが利益を強く押し上げました。今回はそれよりも、相場変動そのものが収益源になっています。つまり、利益の質は「信用コスト改善主導」から「市場収益主導」へ移っています。この違いを見落とすと、数字の強さだけを見て米銀全体の基礎体力が大幅に高まったと誤解しやすくなります。

収益を引っ張った市場部門

最も分かりやすいのはJPMorganです。2026年1〜3月期の市場収入は116億ドルと過去最高で、前年同期比20%増でした。内訳は債券が71億ドルで21%増、株式が45億ドルで17%増です。投資銀行手数料も28%増えており、相場変動が単なる売買増だけでなく、起債や大型案件の執行にもつながっていたことが分かります。

Citigroupも同じ方向です。総収入は246億ドル、純利益は58億ドルで、市場部門の収入は72億ドルと19%増えました。とくに株式市場収入は21億ドルで39%増と伸びが大きく、デリバティブ、プライムサービス、現物株がそろって増収でした。プライム残高が過去最高で50%以上増えたという開示は、顧客のポジション調整が相当に活発だったことを示します。

Wells Fargoは投資銀行色が相対的に薄い銀行ですが、それでも市場部門の追い風は明確でした。純利益は52.5億ドル、総収入は214.5億ドルです。コーポレート・アンド・インベストメント・バンキング部門の市場収入は21.7億ドルで19%増え、FICCが15.8億ドルで15%増、株式が5.4億ドルで21%増でした。銀行全体の純利益は7%増にとどまる一方で、市場部門はそれ以上の伸びを見せています。

Goldman Sachsは最も相場依存度の高い企業らしく、利益の出方がはっきりしています。純利益は56.3億ドルで、株式トレーディング収入は過去最高の53.3億ドル、前年同期比27%増でした。他方でFICCは40.1億ドルと10%減っています。つまり、すべての市場業務が一様に伸びたわけではなく、今回はとくに株式関連のフローが強かったと読むべきです。

イラン相場と顧客フロー

原油・株式・為替を揺らした地政学

なぜ市場部門がこれほど伸びたのでしょうか。Reutersは、イラン情勢の不透明感とAI関連銘柄への不安が2026年1〜3月期の世界市場を揺らし、売買やヘッジを活発化させたと伝えています。JPMorganに関するReuters記事では、AIがソフトウエア企業へ与える影響への懸念と、イラン戦争の帰結が読めないことが相場を揺らしたと説明されています。Goldman Sachsに関するReuters記事でも、イラン戦争で原油高が進み、景気後退懸念が強まったことが株式市場のボラティリティーを高めたと整理されています。

Morgan Stanley Researchの4月7日付レポートは、この構図をよりマクロに示しています。同社はホルムズ海峡の物流制約がエネルギー市場を揺らし、2026年の原油価格見通しを従来の60ドル前後から80〜90ドルへ引き上げました。重要なのは、単に原油価格が上がることではありません。原油高はインフレ期待、金利観測、企業利益見通し、為替の方向感を同時に揺らします。その結果、投資家は株だけでなく、金利、通貨、商品をまたいでポジションを調整する必要に迫られます。

この局面で銀行の市場部門が受ける恩恵は大きくなります。顧客がリスク回避のために先物やオプションを使えば、銀行は執行、仲介、資金提供、プライムブローカレッジで手数料を得られます。原油高への警戒が企業の為替ヘッジや金利ヘッジを増やせば、債券や通貨のフローも膨らみます。要するに、地政学リスクそのものが利益を生むのではなく、それに対応する顧客行動が利益を生むのです。

トレーディング部門に起きた変化

Reutersの銀行業界総括では、JPMorganのCFOであるジェレミー・バーナム氏が、好業績は「高水準の顧客エンゲージメント」と「変動の大きい市場環境」、そしてリスク管理の成功の組み合わせだと説明しています。この指摘は重要です。市場が荒れただけでは、銀行の収益は自動的には増えません。売買が増え、しかもその売買を引き受ける在庫管理やヘッジがうまく機能して、はじめて利益が残ります。

今回、特に目立つのは株式関連の強さです。JPMorganの株式市場収入は17%増、Citigroupの株式市場収入は39%増、Wells Fargoの株式収入は21%増、Goldman Sachsの株式トレーディングは27%増でした。4社の中でGoldman Sachsだけが突出しているわけではなく、株式の変動拡大が業界横断で効いたといえます。逆にGoldman SachsのFICCが減収だった事実は、今回の「追い風」が万能ではなかったことも示しています。

また、投資銀行業務も一定の支えになりました。JPMorganの投資銀行手数料は28%増、Goldman Sachsの投資銀行手数料は48%増、Citigroupの投資銀行収入は19%増、Wells Fargoの投資銀行手数料は10%増でした。高ボラティリティーは通常、M&Aの意思決定を鈍らせますが、今回は規制緩和期待やAI関連の大型資金需要が下支えした形です。市場の不安定さがすべての資本市場業務を止めたわけではなく、むしろ案件の性質によっては執行機会を増やしました。

追い風の持続性と限界

トレーディング依存の見極め

もっとも、今回の好決算をそのまま通年に延長して見るのは危険です。Reutersによると、JPMorganのバーナムCFOは今回の好調を「unique」、つまり特殊な条件が重なった四半期だと位置づけ、同じアウトパフォームを先々まで投影すべきではないと釘を刺しています。市場部門は収益の振れ幅が大きく、次の四半期に同じ相場が来る保証はありません。

実際、コア業務の伸びは市場部門ほど派手ではありません。JPMorganの市場部門を除く純金利収入は3%増にとどまりました。Wells Fargoは純金利収入こそ5%増えましたが、純金利マージンは2.67%から2.47%へ低下しています。Goldman SachsもFICCが減収でした。つまり、今回の利益急伸は「銀行本業が全面的に強い」というより、「相場変動に強い部門が全体利益を押し上げた」と理解する方が実態に近いのです。

さらに、4行の利益を合計すると約332億ドルと大きく見えますが、そのかなりの部分をJPMorganが占めています。JPMorganだけで全体のほぼ半分です。米銀大手の中でも、顧客基盤、執行能力、在庫リスク管理、資本余力が整った銀行ほど相場の恩恵を取り込みやすく、そうでない銀行には同じ風が吹いても収益化の差が出ます。大手行の決算を一括りに評価しすぎると、この差を見落とします。

高油価が遅れて及ぼす逆風

もう一つの論点は、相場の追い風が後から信用コストの逆風に変わりうることです。Wells Fargoのチャーリー・シャーフCEOは、景気の基調はなお底堅いとしつつも、高い原油価格の影響が顕在化するには時間がかかると述べました。これは重要な含みです。銀行は相場急変の初期局面では顧客フローの増加で稼げますが、原油高が長引けば企業の資金繰りや家計の可処分所得を圧迫し、後から延滞率や貸倒引当金の増加という形で返ってきます。

Morgan Stanley Researchも、ホルムズ海峡の混乱が長引くほど成長率は下押しされ、インフレは押し上げられるとみています。銀行にとってこれは厄介です。金利上昇だけなら利ざやの支えになりますが、景気減速と同時に来る場合は話が変わります。貸出需要は細り、クレジットカードや商業不動産、レバレッジドローンなどのリスク資産で損失が出やすくなるからです。短期のトレーディング利益だけでは吸収しきれない局面もありえます。

Citigroupの決算でも、増収増益の一方で費用増と信用コスト増が利益を一部相殺したと説明されています。JPMorganでも貸倒関連費用は25億ドルでした。現時点では制御可能な範囲に見えますが、地政学ショックが実体経済へ波及するまでには時差があります。市場部門が好調だからといって、数四半期先の与信環境まで楽観できるわけではありません。

注意点・展望

今回の決算で最も避けたい誤解は、「イラン情勢が悪化したから銀行がもうかる」という単純化です。実際に利益を押し上げたのは、戦争そのものではなく、価格変動に対処する顧客の売買とヘッジ行動でした。したがって、相場が落ち着けばこの恩恵は急速に縮みますし、逆に緊張が長期化すれば、後半は信用コストや資本市場の停滞が重くなる可能性があります。

今後の焦点は三つあります。第一に、ホルムズ海峡を巡る緊張と原油価格がどこで安定するかです。第二に、AI関連投資や大型上場、大型M&Aがどこまで継続するかです。第三に、銀行が足元の市場収益を自己株買いや配当だけでなく、資本の厚みと引当の保守性にどう振り向けるかです。2026年4月中旬時点では、米銀はまだ追い風を享受していますが、その追い風の性質はかなり短期的です。

まとめ

米銀4強の2026年1〜3月期決算は、4行合計で約331.8億ドルの純利益を確保し、2021年春に迫る高水準となりました。けん引役は明確で、JPMorganの市場収入116億ドル、Citigroupの市場収入72億ドル、Wells Fargoの市場収入21.7億ドル、Goldman Sachsの株式トレーディング53.3億ドルが示す通り、相場変動を収益化した部門が全体を押し上げました。

ただし、この好業績は恒常的な収益改善というより、イラン情勢、原油高、AI銘柄の再評価が同時に起きた「特殊な四半期」の産物です。今後は市場の変動が薄れれば収益は平常化し、逆に原油高が長引けば信用コストの上昇が遅れて表面化します。決算を見るうえでは、利益総額の大きさだけでなく、そのうちどれだけが市場部門由来なのかを見極めることが重要です。

参考資料:

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