ANAとJAL株に逆風再燃 原油高と中東危機が採算を揺らす
はじめに
ANAホールディングスと日本航空をめぐって、株式市場の見方が再び慎重になっています。背景にあるのは、2026年2月28日に一気に緊張が高まった中東情勢です。航空会社にとって中東危機は、単なる地政学リスクではありません。原油高、ジェット燃料の供給不安、保険料や運航コストの上昇、さらに長距離路線の需要不透明感が同時に押し寄せるためです。
もっとも、航空需要そのものが一律に崩れているわけではありません。日本政府観光局によると、2026年3月の訪日外客数は361万8900人で、3月として過去最高でした。つまり、足元で起きているのは「需要が弱いから航空株が売られている」という単純な構図ではなく、好調な旅客需要を上回るかたちで、燃料と地政学の不確実性が株価の割引材料になっている局面だと整理できます。
本稿では、なぜANAとJALに逆風が強まりやすいのかを、原油市場、航空網の混乱、両社の燃油制度、訪日需要の実勢という四つの角度から整理します。短期の株価変動を追うのではなく、投資家がどのリスクをどの順番で織り込み始めたのかを理解するための解説記事としてお読みください。
株価下落の起点となった中東危機
原油とジェット燃料の同時上昇
航空株にとって最も分かりやすい悪材料は燃料です。米エネルギー情報局は、2026年第1四半期の原油・石油製品価格について、2月28日の軍事行動とその後のホルムズ海峡の事実上の閉塞をきっかけに急騰したと整理しています。ブレント先物は年初の1バレル61ドルから3月末には118ドルまで上昇しました。原油高そのものが重いのはもちろんですが、航空会社にとってより深刻なのは、ジェット燃料の需給も同時に締まることです。
国際航空運送協会(IATA)は3月6日付の分析で、ホルムズ海峡が世界の石油供給の約20%を通常時に担う要衝であり、危機後にはタンカー輸送量が70〜80%落ち込んだと指摘しました。しかも問題は原油だけではありません。欧州のジェット燃料需要の25〜30%はペルシャ湾に依存しており、保険料上昇と輸送能力の低下が、ジェット燃料のプレミアム上昇を招いたとしています。航空会社の損益にとって、原油相場よりもジェット燃料の実需逼迫のほうが、より直接的に効いてきます。
国際エネルギー機関(IEA)の4月14日公表の石油市場レポートは、3月の世界供給が前月比で1010万バレル減ったとし、過去最大級の供給混乱と表現しました。アジアではナフサやLPGに加え、ジェット燃料需要にも打撃が出たとされます。レポート執筆時点で北海ブレントの現物価格は130ドル近辺、シンガポールの中間留分価格は過去最高圏とされており、航空会社にとっては「少し燃料が高い」という水準を大きく超えたショックです。
ロイターも3月3日配信の記事で、ブレント終値が81.40ドルと前日比4.7%上昇し、2025年1月以来の高値を付けたと報じました。EIAやIEAのより広い時系列を見ると、その後は一段と価格水準が切り上がっており、株式市場が航空株を売るのは自然です。航空会社は景気敏感株であると同時に、エネルギー価格ショックの直撃を受けるセクターだからです。
中東ハブの混乱と長距離需要の不透明感
もう一つの問題は、航空ネットワークの寸断です。IATAは3月27日付の別の分析で、2025年には世界の国際RPKの約10%が中東の空港を経由し、6700万人超が同地域を乗り継いでいたとまとめました。危機勃発から10日間で、中東発着のASKの73%が取り消され、アジア太平洋と欧州を結ぶサービスでは約8割がキャンセルされたといいます。
これは日本の航空会社が中東のハブ航空会社であるかどうかとは別の話です。ANAやJALはドバイやドーハを軸に世界を結ぶモデルではありませんが、アジアと欧州、アジアと中東、さらには周辺の長距離市場全体が混乱すれば、旅行者の予約行動は慎重になります。特に企業出張や高単価の長距離旅客は、安全保障上の不確実性に敏感で、見合わせや先送りが起きやすい領域です。
EUROCONTROLは3月31日公表の航空トレンドで、中東と欧州の往来便は平常時比で59%減り、1日あたり約2000便の通常水準から1200便が失われたとしました。欧州上空を通過する便まで含めると、影響は56%減に広がります。日本の航空会社にとって欧州線はブランド力の高い長距離市場であり、運航継続そのものよりも、迂回や搭乗率の悪化、接続需要の鈍化が利益を削りやすい構造です。
中東危機は、需要をゼロにするより、需要の質を悪くします。観光需要は価格次第で戻っても、企業需要や高単価需要が鈍ると、航空会社の利幅は細ります。投資家が警戒するのは、売上の絶対額よりも、単価とコストが同時に悪化する局面です。ここが航空株が他セクターよりも売られやすい理由です。
ANAとJALの収益構造に走る二重圧力
燃油サーチャージで吸収できる範囲
ではANAとJALは、どこまで燃料高を転嫁できるのでしょうか。両社とも国際線では、シンガポールケロシン市況を基準に燃油サーチャージを2カ月ごとに見直す仕組みを採っています。JALは2026年4月から5月発券分について、2025年12月から2026年1月の平均シンガポールケロシン価格84.26ドル、為替156.27円を前提に、北米・欧州・中東・オセアニア路線の燃油サーチャージを片道2万9000円に設定しました。ANAも同期間、欧州・北米・中東・オセアニア路線を3万1900円としています。
ここで重要なのは、サーチャージ制度があるから安心という話ではないことです。第一に、改定は2カ月単位で、急騰局面のコスト増を即時には反映できません。第二に、旅客に転嫁しすぎれば需要を痛めます。第三に、国内線には国際線ほど機械的な転嫁装置がありません。つまり、航空会社は制度上ある程度守られていても、完全な耐性を持つわけではありません。
ANAホールディングスの2025年4月時点の説明資料は、この構造をかなり率直に示しています。ANAブランドでは国内消費燃料を主にヘッジ対象とし、国際消費燃料は一般にヘッジせず、燃油サーチャージで対応する方針です。そのうえで、ヘッジ考慮後でも、ドバイ原油が1ドル動くと年間損益感応度は約2億円、為替が1円動くと約3億円としています。燃油と為替が同時に振れれば、採算への圧力は積み上がります。
JALも開示資料で、燃油価格と円安が費用増要因になりやすいことを繰り返し示してきました。2025年3月期通期決算では、売上収益が1兆8440億円と過去最高だった一方、費用面では円安、高価格、人的投資が重なったと説明しています。つまり、需要が強くても費用が膨らめば、利益率の見通しは不安定になります。中東危機は、その不安定さを市場に思い出させた格好です。
さらにANAとJALの双方が、燃油とは別に航空保険特別料金を設定している点も見逃せません。ANAは2026年4月1日以降購入分で日本発の保険特別料金を片道600円に、JALも同額に改定しました。金額自体は小さいものの、保険料上昇や保安強化コストが通常運賃の外側に積み上がっていることを示しています。投資家から見れば、危機が長引くほどコスト項目が複線化するという意味を持ちます。
訪日需要の強さと投資家の疑心
ただし、航空株の弱さを「旅客が減ったから」と単純化するのは誤りです。日本政府観光局の統計では、2026年1月の訪日外客数は359万7500人、2月は346万6700人、3月は361万8900人でした。2月と3月はいずれも同月の過去最高で、3月累計では2年連続で1000万人を突破しています。少なくとも日本行きのインバウンド需要は、現時点で崩れていません。
この点は、航空株の解釈で非常に重要です。需要が底堅いなら、ANAやJALの事業環境は一見すると良好です。にもかかわらず株価が重くなるのは、市場が「今の需要」ではなく「これからの利益率」を見ているからです。旅客数が増えていても、燃油高、迂回運航、保険料上昇、長距離予約の鈍化が重なれば、一人あたり利益は縮みます。株式市場は、売上の強さより採算の悪化を先に織り込むことがあります。
加えて、航空会社は固定費が重い産業です。機材、人員、整備、空港使用料といった支出は、旅客数が少し落ちた程度では大きく下がりません。反対に、需要が少し弱るだけでも利益は大きく振れます。だからこそ、原油相場や地政学に関するニュースフローが悪化した局面では、投資家は利益予想の下方リスクを先回りして株を売りやすいのです。
中東危機が長引いた場合に特に警戒されるのは、欧州方面のプレミアム需要と国際貨物です。IATAの3月30日発表では、2月の世界航空貨物需要は前年同月比11.2%増となお強かった一方、同時に中東混乱がエネルギーと路線網の双方にリスクをもたらしていることが意識されていました。旅客と貨物の両輪がある大手航空会社ほど、平時には強い半面、広域の供給網ショックでは利益見通しが急速に悪化しやすい面があります。
要するに、足元のANAとJALに対する逆風は、需要崩壊ではなく「利益率ショック」です。インバウンド需要の強さが下支えになる一方で、原油、ジェット燃料、為替、保険、運航の読みづらさが同時に高まると、市場は航空株に高い評価を与えにくくなります。日本の航空会社が直面しているのは、売上成長を打ち消しかねないコストと不確実性の急上昇です。
注意点・展望
見誤りやすいのは、中東危機が収まればすぐ航空株も戻る、と考えてしまうことです。実際には、航空株は燃料相場そのものより、危機の「長さ」と「再燃頻度」に敏感です。価格が一度下がっても、保険料や予約動向、企業需要の回復が遅れれば、投資家は評価を引き上げにくいままです。
一方で、悲観一辺倒でもありません。ANAの開示が示すように、国際線燃料の一部はサーチャージで吸収でき、国内分にはヘッジもあります。JALも同様に燃油制度を機動的に改定しています。さらに、訪日需要が3月時点で過去最高圏を維持していることは、最悪シナリオを和らげる材料です。焦点は、ホルムズ海峡周辺の混乱が春から夏にかけてどの程度続くか、そして欧州方面の長距離需要にどこまで影響が残るかです。
まとめ
ANAとJALに逆風が再燃している理由は明快です。2026年2月28日以降の中東危機で、原油とジェット燃料が急騰し、世界の長距離航空網、とりわけアジアと欧州を結ぶルートの不透明感が一気に増しました。しかも航空会社は、燃油サーチャージで一定程度の吸収はできても、急騰局面のコスト増を完全には防げません。
その一方で、日本のインバウンド需要は依然として強く、航空需要が全面的に崩れているわけでもありません。したがって今の航空株安は、需要縮小の現実よりも、利益率悪化への警戒を先取りした値動きとみるのが妥当です。今後を見るうえでは、原油価格の落ち着きだけでなく、中東の航空網がどこまで早く正常化するかをあわせて追う必要があります。
参考資料:
- International Fuel Surcharge / Insurance Surcharge Information | ANA
- 燃油特別付加運賃 航空保険特別料金について | ANA
- ANA HOLDINGS INC. presentation PDF
- JAL fuel surcharge detail page
- JAL/JTA Announces International Fare Fuel Surcharge for Tickets Issued Between April and May 2026
- JAL Group Announces Consolidated Financial Results for Fiscal Year Ending March 2025
- Middle East Conflict Exposes Jet Fuel Supply Vulnerabilities | IATA
- Global Air Traffic Disruptions in Strategic Middle East Hub | IATA
- Impact of the current Middle East crisis on European aviation | EUROCONTROL
- Oil Market Report - April 2026 | IEA
- Crude oil and petroleum product prices increased sharply in the first quarter of 2026 | EIA
- Oil prices jump nearly 5%, settle at highest since January 2025 on Middle East conflict | Reuters via Investing.com
- 訪日外客数(2026年1月推計値) | JNTO
- 訪日外客数(2026年2月推計値) | JNTO
- 訪日外客数(2026年3月推計値) | JNTO
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