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by nicoxz

在韓米軍THAADが中東へ――東アジア防空網に空白の危機

by nicoxz
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はじめに

在韓米軍が韓国南部・慶尚北道星州(ソンジュ)に配備している地上配備型ミサイル迎撃システム「THAAD(サード)」を搬出したことが、2026年3月11日までに明らかになりました。米国とイスラエルによるイランとの交戦が続く中東への移転とみられています。

すでにパトリオット(PAC-3)ミサイルの一部も中東に移されており、韓国の防空網に「穴」が開くことへの懸念が高まっています。中東情勢の緊迫化が、東アジアの安全保障環境にまで波及してきた構図です。

THAADミサイルとは何か

高高度迎撃の要

THAADは「Terminal High Altitude Area Defense」の略で、弾道ミサイルを大気圏内外の高高度で迎撃するシステムです。射程は約200kmに及び、パトリオットPAC-3(射程約20km)では対処できない高い高度からの脅威に対応できます。

1基のTHAAD砲台は、発射台6基(各8発の迎撃ミサイルを搭載)、AN/TPY-2レーダー、射撃管制装置で構成されています。特にAN/TPY-2レーダーは探知距離1,000km以上とされ、弾道ミサイルの発射を早期に探知する能力を持ちます。

星州配備の経緯

在韓米軍のTHAADは、2016年に北朝鮮の弾道ミサイルの脅威に対応するため、韓国への配備が決定されました。2017年に星州基地への配備が完了しましたが、中国はTHAADのレーダーが自国の軍事活動を監視できるとして強く反発し、韓中関係に深刻な亀裂を生じさせました。

当時の韓国政府は、中国との関係悪化を受けて「THAAD追加配備をしない」「米国のミサイル防衛体系に参加しない」「韓日米の軍事同盟を締結しない」といういわゆる「三不(3NO)原則」を表明するに至りました。

中東への搬出の詳細

ミサイルのみ移送、発射台は韓国に残留

韓国メディアの報道によれば、星州基地から6基の発射台車両が烏山(オサン)空軍基地へ移動しました。ただし、聯合ニュースによると、搬出されるのは迎撃ミサイルのみで、発射台車両は星州基地に戻る見通しです。

これは最大48発(6基×8発)の迎撃ミサイルが中東に移送される計算になります。AN/TPY-2レーダーや射撃管制装置は星州基地に残る見込みですが、ミサイルがなければ迎撃能力は事実上失われます。

パトリオットに続く搬出

THAADに先立ち、在韓米軍のパトリオットPAC-3ミサイルの一部もすでに中東へ移送されています。2025年6月のイラン核施設空爆作戦「ミッドナイト・ハンマー」の際にもパトリオット2基が中東に循環配備された前例がありますが、今回はTHAADまで搬出される異例の事態です。

ウクライナ支援のための迎撃ミサイル供出も続いており、西側諸国全体で迎撃ミサイルの在庫不足が深刻化しています。イラン戦線への対応が加わり、ミサイル防衛の「需給バランス」が崩れつつあります。

東アジア安全保障への影響

韓国の防空網に生じる空白

中央日報は「代替不可能なTHAADまで派遣させるのか」と題した記事で、韓国防空網への深刻な影響を指摘しています。THAADは北朝鮮が保有する中距離弾道ミサイル「ノドン」や「ムスダン」を高高度で迎撃できる唯一のシステムであり、パトリオットPAC-3では対応できない脅威が存在します。

韓国の李在明大統領は3月10日、米軍による防空システムの海外派遣について「反対意見を伝えた」と述べました。しかし同時に「米国が自国の資産を再配置することを禁止する権限はない」とも認め、韓国側の対応に限界があることを示唆しています。

北朝鮮の反応と抑止力への懸念

在韓米軍の防空能力が低下するタイミングは、北朝鮮にとって戦略的な機会となり得ます。北朝鮮は近年、固体燃料式のICBMや極超音速ミサイルの開発を加速しており、THAADの不在は韓国の弾道ミサイル防衛に直接的な影響を与えます。

韓国政府は「韓国自身の北朝鮮への抑止に対する防衛は十分だ」との立場を示していますが、軍事専門家の間では懸念が広がっています。韓国軍独自の弾道ミサイル防衛システム「KAMD」はTHAADほどの高高度迎撃能力を持たず、防空網の「穴」を完全に埋めることは困難です。

中国の反応と地政学的影響

中国外交部はTHAADの移動について立場を表明しました。中国はかねてからTHAADの韓国配備に反対しており、今回の移動は中国にとって歓迎すべき動きとも解釈できます。

一方で、米軍の東アジアにおけるプレゼンス低下は、中国の台湾海峡や南シナ海での行動を活発化させるリスクもはらんでいます。中東への戦力シフトが東アジアの力の均衡に与える影響は、短期的にも長期的にも注視が必要です。

注意点・今後の展望

「一時的措置」が長期化するリスク

2025年のパトリオット搬出は約4カ月で韓国に復帰しましたが、今回のイラン情勢はより深刻で長期化の様相を見せています。軍事衝突が続く限り、THAADミサイルの韓国復帰は見通せません。

米軍事専門メディア「ミリタリー・タイムズ」は、イラン戦争が韓国からの防空システム移転を余儀なくさせている現状を詳報しており、在韓米軍の役割が「韓国防衛」から「米軍のグローバル展開の一部品」に変質しつつあるとの見方も出ています。

日本への波及

在韓米軍の防空能力低下は、日本の安全保障にも無関係ではありません。韓国のミサイル防衛が弱体化すれば、北朝鮮のミサイル脅威に対する日米韓の多層的な防衛体制にも影響が及びます。日本国内に配備されているイージス艦やPAC-3の運用にも、間接的な影響が生じる可能性があります。

まとめ

在韓米軍のTHAADミサイル搬出は、イラン軍事衝突がもたらした東アジア安全保障への重大な波及です。パトリオットに続くTHAADの移動は、韓国の防空網に「穴」を開け、北朝鮮への抑止力低下を招く恐れがあります。

米軍は中東での防衛強化と東アジアの同盟国防衛という二つの責務の間で難しいバランスを迫られています。この事態は、韓国や日本を含む東アジア各国が、米軍の戦力配置に過度に依存する安全保障体制の脆弱性を改めて突きつけるものです。

参考資料:

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