サイバー防衛株が停滞、AI代替懸念の深層
はじめに
高市政権が掲げる経済再興の「戦略17分野」にサイバーセキュリティが含まれているにもかかわらず、国内のサイバーセキュリティ専業企業の株価がさえない展開を続けています。同じ「高市銘柄」でも、造船や防衛産業の株価が堅調に推移しているのとは対照的です。
背景には、生成AIによるセキュリティ製品・サービスの代替懸念と、外国製品への依存という構造的な課題があります。本記事では、サイバー防衛株が停滞する理由と、今後の展望を探ります。
造船・防衛株との明暗
好調な造船・防衛セクター
2026年の東京株式市場では、造船や防衛関連銘柄が引き続き市場の注目を集めています。防衛費の増額方針を背景に、大手防衛企業は受注高・売上高・事業利益が過去最高を更新する好業績を記録しています。
造船セクターも安全保障と脱炭素の両面から追い風を受け、投資家の資金が集中しています。1月14日には日経平均が終値ベースで過去最高値となる5万4341円を記録する局面で、これらの銘柄が指数上昇をけん引しました。
取り残されるサイバーセキュリティ
一方、サイバーセキュリティ関連株は政策的な追い風があるにもかかわらず、株式市場の関心は薄い状態が続いています。政府が「直ちに実行すべき重要施策」として「デジタル・サイバーセキュリティ」を掲げているものの、投資家の資金は目に見えやすい造船や防衛装備品のセクターに向かっています。
この差が生まれる背景には、サイバーセキュリティ分野特有の2つの構造問題があります。
AI代替懸念と「アンソロピックショック」の余波
生成AIがセキュリティ業界を揺るがす
サイバーセキュリティ関連株に重くのしかかっているのが、生成AIによる代替懸念です。2026年2月、米AI企業アンソロピック(Anthropic)が高度なAIエージェント機能や業界特化型プラグインを発表したことをきっかけに、ソフトウェア関連株が世界的に急落する「アンソロピックショック」が発生しました。
この衝撃は日本市場にも波及し、NECの株価が一時17%下落。IBMもニューヨーク市場で13%超の下落を記録し、全体で約42兆円の時価総額が失われました。市場では「SIer不要論」が広がり、セキュリティを含むIT関連株全体に売り圧力がかかりました。
セキュリティ分野特有のAI代替リスク
セキュリティ業界では、AIの影響が二重の意味で懸念されています。1つは、AIツールがセキュリティ監視や脅威検知の自動化を進め、従来のセキュリティ製品やサービスを代替する可能性です。AIを活用した異常検知や行動分析は、従来のパターンマッチング型セキュリティの優位性を低下させる恐れがあります。
もう1つは、攻撃側のAI活用です。IPAの「情報セキュリティ10大脅威 2026」では、組織向け脅威の3位に「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初めてランクインしました。AIを悪用した高度なフィッシング攻撃やマルウェア(LAMEHUGなど)の登場で、セキュリティ対策のコストが増加する一方、企業が投資を回収できるかが不透明になっています。
外国製品依存という構造問題
海外ベンダーが市場を支配
サイバーセキュリティ関連株の停滞を理解するうえで見逃せないのが、日本市場における外国製品への依存です。国内のEDR(エンドポイント検知・対応)市場では、CrowdStrikeが3年連続でシェア1位を獲得しています。Palo Alto Networks、Microsoft、SentinelOneといったグローバルベンダーが上位を占め、国内企業が入り込む余地は限られています。
この構造は、政府がいくら「国産セキュリティ」を掲げても、すぐには変わりにくい現実を示しています。企業がセキュリティ投資を行う際、実績のあるグローバルベンダーの製品を選ぶ傾向が強く、国内専業企業の成長が制約されています。
国産企業の挑戦
もっとも、国内専業企業の中にも健闘する銘柄はあります。FFRIセキュリティ(3692)は第3四半期決算で売上高28.85億円(前年同期比56.9%増)、営業利益9.04億円(同365.7%増)と大幅な増収増益を達成しました。ヒューリスティック検知を核とした独自技術が評価されており、政府の能動的サイバー防御推進とも方向性が合致しています。
しかし、株式市場全体としてはAI代替懸念の方が強く意識されており、個別の好業績だけでは株価のセクター全体の押し上げにはつながりにくい状況です。
注意点・今後の展望
能動的サイバー防御関連法案が成立に向けて動いており、政府は警察庁と自衛隊が共同でサイバー防御体制を強化する方針を打ち出しています。内閣官房に設置された「国家サイバー統括室(NCO)」を中心に、攻撃元サーバーの無害化措置など積極防御を進める計画です。
この政策の実行段階に入れば、国内セキュリティ企業への官需拡大が期待されます。ただし、セキュリティ市場のグローバルな成長率(年平均約11.9%)を考慮すると、市場拡大の恩恵は外国ベンダーにも流れるため、国内企業がどれだけシェアを獲得できるかが今後の焦点です。
AI代替懸念については、セキュリティ分野はAIに完全に置き換えられるものではなく、むしろAIを活用した高度なセキュリティ対策への移行が求められるという見方もあります。既存のビジネスモデルを転換できる企業とそうでない企業の選別が進む可能性があります。
まとめ
サイバーセキュリティ関連株の停滞は、AI代替懸念と外国製品依存という2つの構造問題が重なった結果です。高市政権の政策支援は追い風ですが、造船や防衛装備品のように投資家の資金を引きつけるには至っていません。
今後の注目点は、能動的サイバー防御法の実行に伴う官需の拡大と、各企業のAI活用戦略です。セキュリティ需要自体は拡大し続けるため、AIを脅威ではなく武器に変えられる企業には中長期的な成長機会があります。投資家にとっては、セクター全体よりも個別銘柄の選別が重要な局面です。
参考資料:
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