FM放送の中継局停波とradiko代替の課題とは
はじめに
日本のFMラジオ業界が大きな転換期を迎えています。経営環境の悪化を背景に、一部の中継局を廃止・停波し、インターネットラジオ配信アプリ「radiko(ラジコ)」での代替を認めるよう求める声が業界内で強まっています。
過疎地域など採算が取れない地域の放送インフラ維持コストが経営を圧迫しており、放送事業者としては合理化を進めたいのが本音です。しかし、災害時の緊急放送やスマートフォン操作に不慣れな高齢者への対応など、簡単には解決できない課題も山積しています。
この記事では、FM放送の中継局停波問題の背景と、radiko代替がもたらすメリット・デメリット、そして今後の見通しについて詳しく解説します。
ラジオ業界の経営環境と中継局維持の負担
広告収入の減少が続くラジオ業界
ラジオ業界の経営環境は年々厳しさを増しています。帝国データバンクの調査によると、ラジオ放送事業者231社の収入高合計は2017年度以降3期連続で減少し、2019年度には前年度比2.3%減の約1,136億円にまで落ち込みました。
この背景には、インターネット広告の急成長があります。かつてラジオの主要な収入源であった広告費は、動画広告やSNS広告など新しいデジタルメディアに流れ続けています。2024年度の見通しでも、中短波(AM)は0.9%減、FMは1.0%増と、業界全体としては横ばいが精一杯の状況です。
経営悪化を理由に閉局する放送局も相次いでおり、2020年には新潟県民エフエム放送(FM PORT)や名古屋市のRadio NEOが放送を終了しました。こうした事例は、ローカル放送局の経営がいかに厳しいかを物語っています。
中継局の維持コストが重荷に
FM放送の中継局は、山間部や離島など電波が届きにくい地域をカバーするために設置されています。しかし、これらの中継局の維持には多額のコストがかかります。送信設備の保守・点検、電力供給、老朽化した設備の更新など、継続的な投資が必要です。
特に過疎地域の中継局は、カバーするリスナー数に対してコストが見合わないケースが多く、放送事業者にとって大きな経営負担となっています。エフエム東京の2024年度決算では、放送事業収入が前年度比2.4%減、営業利益が48.0%減と大幅に悪化しており、中継局の運用コストを維持する余裕がなくなりつつあります。
radikoによる代替案の可能性と限界
radikoの現状と普及状況
radiko(ラジコ)は、インターネットを通じてラジオ放送をリアルタイムで聴取できるサービスです。月間ユニークユーザー数は約850万人に達し、有料会員である「ラジコプレミアム(エリアフリー聴取)」の会員数は100万人を突破しています。
radikoの強みは、スマートフォンやパソコンがあればどこでもラジオが聴ける利便性です。従来の電波による放送では届かなかった地域でも、インターネット接続さえあればクリアな音質で番組を楽しめます。若年層を中心にradikoでの聴取が広がっており、ラジオ業界にとっては新たなリスナー獲得のチャネルにもなっています。
AM放送のFM転換で先行する取り組み
実は、ラジオ業界ではすでに類似の取り組みが進んでいます。総務省は、AM放送事業者が経営判断としてAM局を休止しFM局に転換できるよう、特例措置を設けました。第1期(2023年11月〜2025年1月、2026年10月まで延長)と第2期(2025年9月〜2026年10月)の2段階で実証実験が行われています。
2025年には14社のAMラジオ局が一部地域でAM放送を停波し、ワイドFM放送やradiko等のインターネット配信で代替する実証実験を実施しました。この実験では、AM中継局の停波後もリスナーが代替手段で放送を聴取できるかどうかが検証されています。
FM放送の中継局停波要望は、このAM転換の流れをさらに進めたものといえます。AM局だけでなく、FM局の中継局についても採算性の低い拠点を整理し、radikoで補完する仕組みを求めているのです。
災害対応と高齢者問題という壁
災害時のラジオの役割
中継局停波の最大の課題は、災害時の情報伝達手段としてのラジオの役割です。2011年の東日本大震災では、停電や通信障害が発生する中でもラジオが情報収集手段として高く評価されました。電池やハンドル式の発電機で動くラジオ受信機は、電力やインターネット回線がなくても使用できるという大きな利点があります。
一方、radikoはインターネット接続とスマートフォンの電力が必要です。大規模災害時には携帯電話基地局が損壊したり、通信が集中して回線がパンクしたりするリスクがあります。実際に過去の災害では、スマートフォンの通信が途絶する一方でラジオの電波は受信できたケースが報告されています。
さらに、radikoにはデジタル変換処理による数秒の遅延があるため、緊急地震速報などの即時性が求められる情報の伝達には不向きです。中継局を停波すれば、その地域では従来のラジオ受信機で放送を聴くことができなくなり、災害時の「最後の砦」を失うことになりかねません。
高齢者のデジタルデバイド
もう一つの大きな課題は、高齢者を中心としたデジタルデバイド(情報格差)の問題です。総務省の調査によると、高齢者のスマートフォン保有率は上昇傾向にあるものの、アプリのインストールや操作に不慣れな層は依然として多く存在します。
特に過疎地域には高齢者の割合が高い地域が多く、中継局停波の影響を最も受けるのがこの層になります。ラジオのスイッチを入れるだけという簡単な操作で情報を得られる環境が失われることは、地域住民の生活に直接的な影響を与えます。
2023年度に実施された調査では、放送の代替手段について約2割の人が「品質・機能面や新たな費用負担の観点から受け入れられない」と回答しています。代替手段の導入にあたっては、こうした住民の声にも配慮する必要があります。
注意点・展望
放送法改正による制度的枠組み
2025年4月に成立した「電波法及び放送法の一部を改正する法律」では、地上基幹放送事業者がやむを得ず中継局を廃止する際に、ケーブルテレビや配信サービスなどで番組を引き続き視聴できるようにする措置を講じる努力義務が課されました。中継局廃止時の受信者保護規律は2025年10月から施行されています。
総務省は「デジタル時代における放送の将来像と制度の在り方」の取りまとめにおいて、ブロードバンド等による代替手段として「まずはケーブルテレビやIPマルチキャストによる放送が考えられる」としています。radikoだけでなく、複数の代替手段を組み合わせた対策が求められるでしょう。
今後の見通し
ミニサテライト局(小規模中継局)の更新時期は2026年〜2028年頃と想定されており、この時期に中継局の存廃判断が本格化する見込みです。放送事業者としては、更新コストを負担するか、廃止してradiko等で代替するかの選択を迫られることになります。
今後は、災害対策としての「防災ラジコ」の拡充や、高齢者向けの操作支援体制の整備など、radikoを補完する施策がどこまで進むかが鍵となります。放送インフラの効率化と公共的役割の維持という、相反する要請のバランスをいかに取るかが問われています。
まとめ
FM放送の中継局停波とradiko代替の問題は、単なるコスト削減の話にとどまりません。放送インフラの在り方そのものが問われる転換点といえます。
ラジオ業界の経営環境は厳しさを増す一方であり、すべての中継局を維持し続けることが現実的でなくなりつつあります。radikoの普及は代替手段としての可能性を示していますが、災害時の即応性や高齢者へのアクセシビリティなど、克服すべき課題は少なくありません。
放送事業者、総務省、自治体、そしてradiko運営側が連携し、地域の実情に応じた柔軟な対応策を構築していくことが重要です。リスナーにとっては、今後の動向を注視しつつ、radikoの利用や防災ラジオの準備など、自身の情報取得手段を多様化しておくことが求められます。
参考資料:
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