イランがバーレーン淡水化施設を攻撃 湾岸水インフラの危機
はじめに
2026年3月8日、バーレーン政府はイランのドローン攻撃により国内の海水淡水化プラントが損傷を受けたと発表しました。米国・イスラエルとイランの間で続く戦闘開始以来、湾岸アラブ諸国が淡水化施設への被害を公表したのは初めてのことです。
湾岸地域の国々にとって、海水淡水化施設は石油インフラと並ぶ国家存続の「命綱」です。降水量が極めて少なく、天然の淡水資源がほとんど存在しないこの地域では、飲料水の大部分を海水の淡水化に頼っています。その生命線が軍事攻撃の標的となったことは、中東の紛争が新たな危険な段階に入ったことを意味します。日本企業がRO膜(逆浸透膜)技術で深く関わる水インフラが狙われたことは、日本にとっても無関係ではありません。
攻撃の経緯と湾岸諸国への影響
バーレーンへのドローン攻撃の詳細
バーレーン内務省の発表によると、3月8日朝にイラン製ドローンが国内の海水淡水化施設に着弾し、物理的な損傷をもたらしました。同日の攻撃では淡水化施設のほかにも、北部の大学建物にイランのミサイル破片が落下して3名が負傷するなど、民間インフラへの被害が複数報告されています。
バーレーン電力水道局は「イランによる淡水化施設への攻撃は水の供給や水道網の容量に影響を及ぼしていない」と発表しましたが、攻撃対象となったヒッド独立水・電力プロジェクトは、同国に1日あたり約9,000万インペリアルガロンの水を供給する重要施設です。今回は大規模な機能停止に至りませんでしたが、直撃を受けていれば深刻な水不足が発生していた可能性があります。
イラン側の主張と「報復の連鎖」
イランのアラグチ外相は、バーレーンの施設への攻撃は米国による攻撃への報復であると主張しました。同外相によれば、米国がイラン南部のケシュム島にある淡水化プラントを先に攻撃しており、「米国が淡水化施設を攻撃するという明白かつ必死の犯罪を犯した」と非難しています。水インフラを巡る報復の連鎖が生まれつつある状況は、地域全体に深刻な脅威をもたらしています。
被害は湾岸各国に拡大
バーレーンだけでなく、湾岸諸国の水インフラは広範囲にわたって脅威にさらされています。3月2日にイランがドバイのジュベル・アリ港を攻撃した際は、世界最大級の淡水化プラントのひとつからわずか約19キロメートルの地点に着弾しました。アラブ首長国連邦(UAE)のフジャイラF1発電・造水施設や、クウェートのドーハ・ウエスト淡水化プラントでも被害が報告されています。
湾岸諸国の水安全保障と構造的脆弱性
淡水化なくして生存不可能な地域
湾岸協力会議(GCC)加盟6カ国の約6,000万人の住民は、日常生活に必要な水の大部分を海水淡水化に依存しています。クウェートでは飲料水の90%が淡水化水であり、カタール、バーレーン、オマーン、サウジアラビアでも同様の状況です。バーレーンには天然の帯水層がほとんど存在せず、103カ所の淡水化プラントが1日あたり83万立方メートルの水を生産して国民の生活を支えています。
中東全体では約5,000カ所の淡水化プラントが稼働し、1日あたり約2,896万立方メートルの水を生産しています。これは世界の淡水化能力の約41.8%に相当します。ペルシャ湾岸だけでも400カ所以上のプラントが存在し、世界の淡水化水の約40%を生産しています。
戦略的備蓄の深刻な不足
大きな問題は、淡水化施設が停止した場合の備えが不十分なことです。UAEは2036年水安全保障戦略に基づき45日分の水備蓄を確保していますが、これは例外的な事例です。カタール、バーレーン、クウェートなどの小規模国家の戦略的水備蓄は「最小限」とされ、主要な淡水化プラントが破壊された場合、数日で飲料水が枯渇する可能性があります。
さらに構造的な問題として、多くの湾岸諸国の淡水化プラントは発電所と一体化した「コジェネレーション施設」として運営されています。つまり、電力インフラへの攻撃が同時に水の生産を停止させるリスクがあるのです。1990〜91年の湾岸戦争では、イラク軍がクウェートの淡水化能力の大部分を意図的に破壊し、深刻な水不足を引き起こした前例があります。
日本の水インフラ技術と中東への関与
RO膜技術で世界をリードする日本企業
湾岸諸国の水インフラには、日本企業の技術が深く組み込まれています。海水淡水化のコア技術であるRO膜(逆浸透膜)の分野では、東レや日東電工などの日本企業が世界市場で50%以上のシェアを占めています。前処理用の精密ろ過膜(MF膜、UF膜)を含めると、日本の技術は湾岸諸国の水供給の根幹を支えているといえます。
東レは2022年にUAEのタビーラ海水淡水化プラントのRO膜を受注しました。これは世界最大のRO膜プラントであり、東レのRO膜の累計出荷量は1日あたり1億500万立方メートルの生産能力に達しています。これは約7億3,000万人分の淡水需要に相当する規模です。
サウジアラビアでの実証事業と技術協力
日立製作所と東レは、サウジアラビア海水淡水化公社(SWCC)と共同で省エネルギー型海水淡水化システムの実証事業を実施しました。従来型のRO膜法と比較して約2割の省エネルギー化を達成し、中東の厳しい環境下でも高効率な水生産が可能であることを実証しています。住友商事や三菱商事も湾岸諸国の独立水・電力プロジェクト(IWPP)に大規模な投資を行っています。
日本政府にとっても、中東の水インフラ協力は対アラブ外交の重要な柱のひとつです。造水技術の提供は、石油の安定供給と並ぶ日本と湾岸諸国の協力関係の基盤となってきました。その水インフラが軍事攻撃の標的となった事実は、日本の中東政策にも新たな課題を突きつけています。
注意点・展望
今回のバーレーンの淡水化施設への攻撃は、幸いにも水供給の途絶には至りませんでした。しかし、水インフラが軍事的標的として「解禁」されたことの意味は極めて重大です。イランと米国の双方が相手側の淡水化施設を攻撃したことで、水を巡る報復の連鎖が確立されつつあります。
今後、紛争が長期化・激化した場合、湾岸諸国は数日分しかない水備蓄の限界に直面する可能性があります。水インフラの防護強化、備蓄能力の拡大、そして施設の分散化が急務です。日本にとっても、技術協力先の施設が攻撃されるリスクを踏まえた中東戦略の再検討が求められます。国際社会には、水インフラへの攻撃を禁止する枠組みの構築が改めて問われています。
まとめ
イランのドローン攻撃によるバーレーンの海水淡水化施設の損傷は、湾岸諸国の水安全保障が軍事的脅威に直面している現実を浮き彫りにしました。GCC諸国の6,000万人が淡水化に依存し、小国では戦略的備蓄がわずか数日分しかないという構造的脆弱性は、石油インフラ以上に深刻な問題です。日本のRO膜技術が湾岸の水供給を支える中、水インフラの軍事的保護と防衛は国際社会全体の課題として認識される必要があります。
参考資料:
- Bahrain says water desalination plant damaged in Iranian drone attack - Al Jazeera
- How targeting of desalination plants could disrupt water supply in the Gulf - Al Jazeera
- The Persian Gulf’s ‘saltwater kingdoms’ rely so much on desalination that damage could force evacuations - Fortune
- Iran’s strike on Bahrain desalination plant brings Gulf water security into focus - The National
- イラン、淡水化施設への攻撃も 中東各国の「アキレス腱」 - ダイヤモンド・オンライン
- Desalination, water, and war - Bulletin of the Atomic Scientists
- Oil built the Persian Gulf. Desalinated water keeps it alive. War could threaten both - US News
- Bahrain desalination plant struck as water infrastructure becomes latest front in Iran war - Stars and Stripes
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