イスラエルがラリジャニ氏殺害、イラン新体制に大打撃
はじめに
2026年3月17日、イスラエルのカッツ国防相は、イラン最高安全保障委員会(SNSC)のアリー・ラリジャニ事務局長を殺害したと発表しました。ラリジャニ氏は核交渉から国防・外交政策の調整までを担う実務トップであり、イラン体制における政策決定の要でした。
2月28日の米国・イスラエルによるイラン攻撃で最高指導者ハメネイ師が死亡し、息子のモジタバ師が後継に選出されてからわずか10日足らず。発足直後の新指導部にとって、ラリジャニ氏の喪失は極めて大きな痛手です。この記事では、ラリジャニ氏の役割と経歴、殺害の経緯、そしてイラン新体制への影響について解説します。
ラリジャニ氏とは何者だったのか
体制内の重鎮としての経歴
アリー・ラリジャニ氏は1958年生まれのイランの政治家・安全保障の専門家です。1982年にイラン革命防衛隊に入隊し、イラン・イラク戦争を経て参謀本部次長にまで昇進しました。1992年にはラフサンジャニ大統領の下で文化イスラム指導相に就任するなど、早くから体制内の要職を歴任してきました。
2005年にSNSC事務局長に就任すると、核交渉の交渉責任者としてイランの立場を国際社会に示す役割を担いました。その交渉スタイルは、イデオロギー面では強硬な姿勢を貫きつつも、戦術面では現実的なアプローチを取るというものでした。こうした手腕が故ハメネイ師からの厚い信頼を勝ち取り、「体制内の重鎮」と評されてきました。
SNSCにおける中枢的役割
最高安全保障委員会(SNSC)は、イランの国防・外交・情報機関など各省庁の政策を統括する最上位の調整機関です。その事務局長であるラリジャニ氏は、軍事・外交・核政策にまたがる意思決定を束ねる存在でした。
特に、革命防衛隊や外務省、原子力機関など複数の機関が関わる問題において、各組織の利害を調整し、最高指導者の意向を政策に反映させる「パイプ役」として不可欠な人物でした。ニューズウィーク誌も、ラリジャニ氏を「トランプも無視できない危機管理のベテラン」と評していました。
殺害の経緯と軍事的背景
テヘランへの標的攻撃
イスラエルのカッツ国防相の発表によれば、ラリジャニ氏はイランの首都テヘランで3月16日夜から17日にかけて実施された攻撃で殺害されました。同時に、イラン革命防衛隊傘下の民兵組織「バシジ」のゴラムレザ・ソレイマニ司令官も排除されたとしています。
テヘランは、最高指導者府や中央省庁、革命防衛隊総司令部が集中するイランの政治・軍事の中枢です。2月28日の攻撃開始以降、イスラエルと米国はこの首都を重点的に攻撃対象としてきました。
戦争3週目の激化
米国とイスラエルによるイラン攻撃は2月28日に始まり、3月17日時点で18日目に入りました。両国はイラン各地で数千の目標を攻撃し、ミサイル発射装置や指揮ネットワークの機能を低下させ、複数の軍幹部を殺害しています。
一方、イランは報復としてホルムズ海峡を事実上封鎖し、湾岸地域一帯にミサイル・ドローン攻撃を拡大しています。イスラエル軍の報道官は「少なくともあと3週間は作戦を継続する」と表明しており、戦闘の終結は見通せない状況です。
イラン新指導部への影響
モジタバ体制の脆弱性
2月28日の空爆でハメネイ師が死亡した後、3月8日に息子のモジタバ・ハメネイ師が専門家会議の投票により最高指導者に選出されました。しかし、モジタバ師自身も同日の空爆で負傷しており、3月中旬時点でも公に姿を現していません。声明は国営テレビのアナウンサーが代読する形を取っています。
こうした中でラリジャニ氏を失ったことは、新体制の意思決定能力に深刻な打撃を与えます。各機関の調整役を務め、核交渉を含む対外政策の実務を担ってきた人物が不在となったことで、政策の一貫性と実行力が大きく損なわれる恐れがあります。
後継者不在の危機
ラリジャニ氏の後任を即座に確保することは容易ではありません。SNSCの事務局長には、軍事・外交・核政策の全領域に精通し、かつ革命防衛隊や保守派聖職者との信頼関係を持つ人物が求められます。こうした条件を満たす人材は限られており、体制内の人材がイスラエルの標的攻撃で次々と失われている状況下では、その確保はさらに困難です。
Bloombergは3月10日時点でイラン新指導部のキーパーソンをリスト化しましたが、その中でもラリジャニ氏は政策調整における最重要人物の一人に挙げられていました。
注意点・今後の展望
モジタバ師は就任後初の声明で、ホルムズ海峡の封鎖継続と「殉教者の復讐」としての戦闘継続を宣言しました。しかし、政策の実務を担うラリジャニ氏を失ったことで、強硬路線を掲げつつも、それを具体的な軍事・外交行動に落とし込む能力が低下している可能性があります。
国際社会にとっての焦点は、イランの核施設への影響です。ラリジャニ氏は核交渉の交渉責任者として国際原子力機関(IAEA)との調整も行ってきました。この人物の不在が核施設の管理や将来的な交渉再開にどう影響するかは、今後注視が必要です。
また、3月19日に予定される日米首脳会談でも、イラン情勢は主要議題の一つとなる見通しです。戦争の長期化は原油価格の高騰やホルムズ海峡の封鎖を通じて、日本を含む世界経済に直接的な影響を及ぼしています。
まとめ
イスラエルによるラリジャニ事務局長の殺害は、発足間もないイラン新指導部の政策遂行能力に重大な打撃を与えました。核交渉から国防政策の調整までを一手に担ってきた「政策の要」を失ったことで、モジタバ新体制は強硬路線の維持と実務能力のギャップに直面しています。
中東情勢は戦争3週目を迎え、終結の糸口は見えません。今後の焦点は、イラン新体制がラリジャニ氏の後任を確保し、政策の一貫性を維持できるかどうか、そして国際社会が停戦に向けた枠組みを構築できるかにあります。
参考資料:
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