孫正義氏が80兆円AI投資を表明 オハイオに史上最大拠点
はじめに
ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長が2026年3月20日、米オハイオ州で5000億ドル(約80兆円)規模のAIデータセンター構想を発表しました。「1カ所の投資として人類史上最大」と孫氏自身が語るこのプロジェクトは、AI時代のインフラ整備をめぐる日米協力の象徴的な案件です。
トランプ米大統領との親密な関係を軸に、日米の官民をつなぐ「政商」としての存在感を高める孫氏。本記事では、オハイオ州での巨大投資計画の詳細から、日米関税交渉との関連、そして参画する日米企業の顔ぶれまで、この史上最大級のプロジェクトを多角的に解説します。
オハイオ州パイクトンに築くAI拠点の全貌
冷戦時代のウラン施設が最先端AIキャンパスに
投資先として選ばれたのは、オハイオ州南部の小さな村パイクトンにある旧ポーツマスガス拡散工場(Portsmouth Gaseous Diffusion Plant)の跡地です。この施設は冷戦時代にウラン濃縮を行っていた米エネルギー省(DOE)の所有地で、現在は「PORTSテクノロジーキャンパス」として再開発が進められています。
孫氏は起工式で、データセンターの最終的な電力容量が10ギガワット(GW)に達すると説明しました。10GWという数字は、現在米国内で稼働している全データセンターの総容量の半分以上に相当します。1GWで約75万世帯分の電力をまかなえることから、その規模の大きさがわかります。
電力インフラも一体で整備
AIデータセンターの運用には膨大な電力が必要です。このため、SBGの子会社SBエナジーは、ガス火力発電タービンの調達を進めており、合計9.2GWの発電能力を持つ設備を順次導入する計画です。最初のタービンは1年以内に納入され、残りは2030年末までにフル稼働する見通しです。
発電所の建設には約333億ドル(約5兆円)の資金が投じられ、日本側からの出資が含まれます。さらに、SBエナジーは米電力大手AEPオハイオと提携し、送電網の増強や新規送電線の建設に42億ドル(約6300億円)を投資する計画です。
建設スケジュール
建設は2026年半ばに本格着工し、第1フェーズとして800メガワット(MW)の容量が2028年初頭に稼働する予定です。フル稼働は2030年末を目標としており、完成すれば世界最大級のデータセンターキャンパスとなります。
「スターゲート計画」と日米関税交渉の交差点
スターゲート計画の経緯
このオハイオ州の投資は、より大きな枠組みである「スターゲート計画(Stargate Project)」の一部です。スターゲートは2025年1月、トランプ大統領がホワイトハウスで孫正義氏、OpenAIのサム・アルトマンCEO、オラクルのラリー・エリソンCEOとともに発表したAIインフラ構築プロジェクトです。
SBGとOpenAIがそれぞれ190億ドルを出資して40%ずつの持ち分を保有し、オラクルと投資会社MGXがそれぞれ70億ドルを拠出する構造です。孫氏がスターゲートの会長を務め、SBGが財務面を、OpenAIが運営面を担当しています。
日米関税交渉の「見返り」としての投資
オハイオ州の投資計画は、2025年7月の日米関税合意と密接に結びついています。この合意では、日本が総額5500億ドル(約80兆円)の対米投資を行う代わりに、米国が自動車関税と相互関税をそれぞれ15%に引き下げることで合意しました。
日本は国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)を通じて、日本企業の対米投資を支援する枠組みを構築しています。投資対象はエネルギー、半導体、重要鉱物、医薬品、造船など戦略的産業基盤に広がります。
起工式にはラトニック米商務長官やライト・エネルギー長官も出席し、「この国で最大の建設プロジェクトを実施する」と宣言しました。日米の官民が一堂に会した場で、孫氏はその結節点に立っていたのです。
利益配分をめぐる議論
ただし、この投資枠組みには懸念の声もあります。ホワイトハウス側は「投資収益の90%は米国に帰属する」と説明していますが、日本政府は「90対10の利益配分は出資部分に限定され、5500億ドル全体の1〜2%に過ぎない」と反論しています。投資の詳細条件をめぐる解釈の相違は、今後の日米経済関係における課題となる可能性があります。
日米21社が参画する「ポーツマス・コンソーシアム」
日本企業12社の顔ぶれ
オハイオ州の起工式では、日米合わせて21社がプロジェクトへの参画意向を表明しました。日本側からは、SBGに加えて日立製作所、東芝、みずほ銀行、三井住友銀行など12社が名を連ねています。「ポーツマス・コンソーシアム」と呼ばれるこの連合体は、発電所やデータセンターの建設・運営を担います。
米国側からはゴールドマン・サックスなど9社が参画しています。データセンターのテナントとして、AIの学習・推論に大量のコンピューティングリソースを必要とするテック企業の利用が見込まれています。
雇用と地域経済への影響
トランプ政権はこのプロジェクトが数千人規模の雇用を創出すると説明しています。パイクトンのような過疎地域にとって、冷戦後の産業空洞化を補う大きな経済効果が期待されています。また、核融合エネルギーや量子コンピューティング、国家安全保障分野の研究拠点としても活用される計画です。
注意点・展望
資金調達の実現性
5000億ドルという投資規模は、果たして実現可能なのでしょうか。SBGは2025年初頭の時点で、借り入れ中心の資金調達を検討していると報じられました。また、スターゲート計画自体もOpenAI・オラクル・SBG間の意見対立により一時停滞したとの報道もあります。孫氏の資金調達能力が問われる局面が続くことは間違いありません。
環境面の懸念
10GW規模のデータセンターを天然ガス火力発電で支える計画には、環境負荷への批判が予想されます。9.2GWのガス火力発電は原子炉約9基分に相当し、AI産業の拡大がカーボンニュートラル目標と両立できるのかという議論を呼ぶ可能性があります。
孫氏の「政商」としての立ち位置
孫氏はトランプ大統領の第1期就任時にも500億ドルの対米投資を約束し、話題を集めました。第2期でもいち早くホワイトハウスを訪問し、スターゲート計画を発表するなど、日本の政財界で最もトランプ政権に近い人物の一人です。この親密さが日米の経済協力を推進する力になる一方で、政権交代や政策変更のリスクとも隣り合わせです。
まとめ
孫正義氏が発表したオハイオ州での80兆円AI投資計画は、スターゲート計画と日米関税合意という2つの大きな文脈の交差点に位置しています。冷戦時代のウラン施設を世界最大のAIデータセンターに転換するという構想は、AI時代の産業地図を塗り替える可能性を秘めています。
一方で、巨額の資金調達の実現性、環境への影響、日米間の利益配分をめぐる議論など、課題も少なくありません。日米の官民を結ぶ孫氏の「政商」としての手腕が、これらの課題をどう乗り越えていくのか。今後の展開から目が離せません。
参考資料:
- SoftBank’s Son Says Ohio Data Center to Be $500 Billion Project
- SoftBank planning massive $500 billion data center in Ohio - The Japan Times
- Federal, state, local and international officials break ground for what could be the nation’s largest data center in Pike County
- 米で80兆円投資計画 AIインフラ整備―ソフトバンクG - 時事ドットコム
- 対米5500億ドル投資は本当に”世紀の不平等合意”なのか? - ダイヤモンド・オンライン
- Stargate LLC - Wikipedia
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