韓国がトランプ艦船派遣要請を自主国防の好機に変える戦略
はじめに
2026年3月14日、トランプ米大統領はSNS「Truth Social」で、ホルムズ海峡の航行安全確保のため日本・韓国・中国・英国・フランスの5カ国を名指しし、軍艦の派遣を求めました。米国とイスラエルによるイラン攻撃以降、ホルムズ海峡が事実上の封鎖状態にあるなか、原油輸入量のおよそ70%を中東に依存する韓国にとって、この要請は無視できない重みを持っています。
韓国大統領府は「慎重に検討する」と対応に苦慮する姿勢を見せる一方で、国内の革新(進歩)層や安全保障の専門家の間では「自主国防を加速させる好機」との声が上がっています。本記事では、韓国が置かれた戦略的ジレンマと、自主国防への転換がどのように進みつつあるのかを掘り下げます。
トランプの要請と韓国の苦悩
名指しされた5カ国と韓国の立場
トランプ大統領は「ホルムズ海峡の封鎖で影響を受ける国々は、米国と連携して軍艦を派遣することになるだろう」と投稿しました。名指しされた韓国・日本・中国・英国・フランスはいずれもホルムズ海峡を通過する原油やLNGに大きく依存しており、封鎖が長期化すればエネルギー供給に深刻な打撃を受けます。
韓国大統領府の関係者は3月15日、「韓米両国間で緊密に意思疎通を行い、慎重に検討した上で判断していく」と述べました。また韓国国防省は記者会見で、「これまでに米国から正式な要請は受けていない」と明らかにしています。公式の要請があれば検討するとの立場ですが、派遣に踏み切れない複雑な事情があります。
派遣を困難にする3つの障壁
第一に、法的制約の問題です。韓国では海外への戦闘目的の艦船派遣には国会の承認が必要です。与党「共に民主党」も野党「国民の力」も、戦闘行動を伴う派遣には国会の事前承認と監督が不可欠だとの立場を表明しており、大統領の裁量だけでは決定できません。
第二に、イランとの関係悪化リスクです。韓国がホルムズ海峡で米国側として行動すれば、イランを事実上の「敵国」と位置づけることになりかねません。韓国とイランの間には、かつて凍結された韓国内のイラン資金をめぐる摩擦の歴史もあり、関係の悪化は外交的な代償を伴います。
第三に、朝鮮半島の安全保障とのバランスです。韓国海軍の艦船をホルムズ海峡に派遣すれば、北朝鮮に対する抑止力が一時的に低下する懸念があります。Korea Times紙によれば、仮に派遣が決定されても、準備から展開まで最大3カ月を要するとされています。
エネルギー安全保障という切実な問題
中東依存度70%の現実
韓国のエネルギー安全保障にとって、ホルムズ海峡の安定は死活的な問題です。韓国が輸入する原油の約70%がホルムズ海峡を通過しており、この比率は世界でも突出して高い水準にあります。
米エネルギー情報局(EIA)の推定では、ホルムズ海峡を通過する原油の84%がアジアに輸出されており、中国・インド・日本・韓国が主要な買い手です。2024年にはホルムズ海峡を日量約1,420万バレルの原油と約590万バレルの石油製品が通過し、これは世界の海上輸送量の25%以上に相当します。
LNG供給途絶のリスク
原油だけでなく、LNG(液化天然ガス)の供給リスクも深刻です。世界有数のLNG輸出国であるカタールは、輸出のほぼすべてをホルムズ海峡経由に依存しています。航路が遮断されれば、発電をLNG輸入に大きく依存するアジア諸国は数日で主要供給源を失いかねません。
Bloombergの報道によると、2026年2月末以降の米・イスラエルによるイラン攻撃を受けてホルムズ海峡が事実上封鎖され、アジア各国では燃料不足が市民生活を直撃し始めています。韓国にとって「航行の自由」は国家の核心的利益であり、何らかの対応を迫られている状況です。
「自主国防」加速の好機という見方
李在明大統領の防衛方針
2025年6月に就任した李在明(イ・ジェミョン)大統領は、就任以来「自主国防」を安全保障政策の柱に据えてきました。「外国の軍隊がいなければ自主国防が不可能であると考えるのは屈従的な思考だ」と述べ、韓米同盟を基軸としつつも、韓国独自の防衛能力の強化を強調しています。
2026年1月には「自主国防の達成は最も基本的な基本だ」と改めて表明し、戦時作戦統制権(OPCON)の韓国軍への移管を加速させる方針を示しました。2025年11月の米韓首脳会談では、OPCON移管に必要な能力評価の第2段階を2026年中に進めるロードマップの策定で合意しています。
防衛費の大幅増額
この方針を裏打ちするように、韓国の2026年度国防費は前年比7.5%増の65兆8,642億ウォン(約6兆9,800億円)に達しました。増加率は2019年の8.2%以来、7年ぶりの高水準です。特に防衛力改善費は11.9%増、北朝鮮の核・ミサイル脅威に備える「韓国型3軸体系」の予算は21%増と大幅に拡充されています。
さらに2025年11月の米韓首脳会談では、韓国が防衛費をGDP比3.5%に引き上げる方針を表明しました。現在のGDP比約2.32%から大幅な増額となります。ただし、具体的な達成時期は明示されていません。一方で米国防総省はアジア同盟国にGDP比5%を求めており、今後の交渉の行方が注目されます。
K防衛産業の急成長
自主国防を支える柱のひとつが、急成長する韓国の防衛産業です。韓国の防衛産業輸出は2022年に173億ドルと過去最高を記録し、2025年には200億ドルを超えるとの見方もあります。輸出先は2020年代前半の4カ国から12カ国に拡大しました。
ハンファ・エアロスペースのK9自走砲、現代ロテムのK2戦車、韓国航空宇宙産業(KAI)のFA-50軽攻撃機など、実戦運用経験のある装備品が欧州やアラブ首長国連邦をはじめとする中東諸国へ輸出されています。防衛産業の輸出拡大は外貨獲得と技術蓄積の両面で、自主国防の基盤を強化しています。
注意点・展望
同盟と自主のバランスという難問
自主国防の推進は、米韓同盟の弱体化と表裏一体になりかねないリスクをはらんでいます。トランプ政権は同盟国に「自立」を求める一方で、在韓米軍への包括的支援として総額330億ドル、さらに250億ドル相当の米国製防衛装備品の購入を韓国に要求しています。「自主国防」の名のもとに米国からの自立を急ぎすぎれば、同盟の信頼性が揺らぎ、北朝鮮に対する抑止力の低下を招く恐れがあります。
ホルムズ問題の帰結
トランプ大統領はその後、「もはや同盟国の助けは不要だ」と発言を翻し、米軍単独での軍事的成功を強調する場面もありました。しかし、ホルムズ海峡の緊張が完全に解消されたわけではなく、今後もエネルギー供給リスクは韓国の安全保障上の重要課題であり続けます。
韓国にとっての最適解は、米韓同盟の枠組みを維持しつつ、独自の海上防衛能力を高めることにあります。今回のホルムズ危機は、まさにその方向への転換を促す契機となっています。
まとめ
トランプ大統領によるホルムズ海峡への艦船派遣要請は、韓国に難しい選択を突きつけました。中東からの原油輸入に約70%を依存するエネルギー安全保障上の脆弱性、米韓同盟の維持と独自防衛の両立、イランとの関係悪化リスクなど、考慮すべき要素は多岐にわたります。
しかし韓国国内では、この危機を自主国防の推進力に変えようとする動きが加速しています。李在明大統領のもとで防衛費の大幅増額、戦時作戦統制権の移管加速、防衛産業の輸出拡大が進んでおり、「依存」から「自立」への構造転換が着実に進行しています。トランプ政権の圧力が、逆説的に韓国の自主国防を後押しする構図が生まれつつあります。
参考資料:
- ホルムズ海峡に艦船派遣を トランプ大統領、日本などに「安全確保」期待
- 韓国大統領府「慎重に検討」 ホルムズ海峡への艦艇派遣
- Trump’s Hormuz Warship Request Puts South Korea-US Alliance to the Test
- Lee calls achieving self-reliant defense ‘most basic of basics’
- 韓国、防衛費をGDP比3.5%に 米国と合意文書、原潜建造明記
- Seoul under pressure as Trump calls for naval support in Hormuz
- 中東混乱で危機の最前線に立たされたアジア、燃料不足が暮らしを直撃
- 韓国の防衛産業輸出の現状を探る
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