円安修正はつかの間か、実需の円売り圧力が残る理由
はじめに
2026年3月下旬、ドル円相場はトランプ米大統領の発言に大きく揺さぶられています。イランへの攻撃猶予期間を「48時間」から「5日間」に延長すると発表した直後、1ドル=160円の節目に迫っていた円相場は一時158円台まで反発しました。
しかし市場では「円安修正は一時的」との見方が根強く残っています。ホルムズ海峡の事実上の封鎖は4週目に入り、エネルギーの供給懸念は解消されていません。日本は原油輸入の約9割を中東に依存しており、この地政学リスクが円売り圧力として長期化する構造が見え始めています。この記事では、円安修正が持続しにくい背景を多角的に分析します。
ホルムズ海峡封鎖とエネルギー危機
封鎖4週目、日本への影響は深刻
2026年2月28日の米国・イスラエルによるイラン攻撃を受け、イランはホルムズ海峡の事実上の封鎖に踏み切りました。3月下旬時点で封鎖は4週目に入っています。
ホルムズ海峡は日本向け原油の約9割が通過する「生命線」です。日本の原油中東依存度は約94%にまで高まっており、先進国の中でも突出して高い水準にあります。政府は3月16日から備蓄原油の放出を開始しましたが、約254日分の備蓄があるとはいえ、封鎖が長期化すれば深刻な事態に発展します。
一方、LNG(液化天然ガス)については、ホルムズ海峡への依存度は6.3%と比較的低く、電力・ガス会社は年間輸入量の約1年分に相当する在庫を保有しています。短期的に電力供給に支障をきたす可能性は低いものの、化学産業の根幹原料である「ナフサ」は中東依存度が高く、製造業への波及が懸念されています。
トランプ大統領の「5日間延期」の真意
トランプ大統領は当初、イランに対して「48時間以内にホルムズ海峡を開放しなければ発電所を攻撃する」と最後通牒を突きつけました。イラン側は「発電所が攻撃されれば完全封鎖する」と応酬し、緊張が一気に高まりました。
その後、トランプ大統領は攻撃を5日間延期すると発表し、「イランと生産的な対話を行った」と述べました。ただしイラン側はこの主張を否定しています。市場はこの延期を「緊張緩和のシグナル」と受け止め、ドル円は一時158円台まで円高方向に振れました。
しかし専門家の間では、これは本質的な解決ではなく、時間稼ぎに過ぎないとの見方が多数です。封鎖そのものが解除されない限り、エネルギー供給への不安は消えません。
構造的な円売り圧力の正体
貿易赤字とデジタル赤字の拡大
円安の背景には、一時的な地政学リスクだけでなく、構造的な円売り圧力が存在します。日本の貿易収支は慢性的な赤字が続いており、エネルギー価格の上昇はこの赤字をさらに拡大させます。
輸入企業が海外からの仕入れ代金を支払うためにドルを買い、円を売る「実需の円売り」は、投機的な売買と異なり持続的です。ホルムズ海峡の封鎖で原油価格が上昇すれば、輸入金額が膨らみ、ドル買い需要がさらに増加します。
加えて「デジタル赤字」も拡大しています。クラウドサービスやSNS、動画配信など海外のデジタルサービスへの支払いが増え続けており、これも恒常的な円売り要因として定着しています。
NISA経由の外貨投資が円安を加速
もう一つ見逃せないのが、NISA(少額投資非課税制度)を通じた個人の外貨建て投資です。2024年の新NISA開始以降、外貨建て投資信託への資金流入は加速しています。2024年は28兆円、2025年5月以降も20兆円規模の外貨建て投資の買い越しが続いています。
個人投資家がS&P500やオルカン(全世界株式)などの海外株式に投資する際、円を売ってドルを買う取引が発生します。この資金流出は毎月コンスタントに続くため、構造的な円売り圧力として為替市場に影響を与え続けています。
実質金利マイナスが円の魅力を低下
日本の実質金利(名目金利からインフレ率を引いたもの)がマイナスであることも、円安の構造的な要因です。日銀は利上げを進めているものの、インフレ率が名目金利を上回る状態が続いています。
円を保有しているだけで実質的に資産が目減りする状況では、投資家は円を売って利回りの高い外貨資産に資金を振り向ける動機があります。この構造が変わらない限り、円安圧力は持続すると専門家は指摘しています。
注意点・展望
為替相場の先行きを見る上で、いくつかの注目ポイントがあります。まず、イラン情勢が最大の不確定要素です。5日間の攻撃延期期間中に外交的な進展があれば、原油価格の下落とともに円高方向への調整が起こる可能性があります。
一方で、封鎖が長期化した場合には160円を突破し、さらなる円安が進むシナリオも現実味を帯びてきます。あるアナリストは、最悪のケースでは「1ドル=200円を目指す超円安」の可能性も指摘しています。
政府・日銀による為替介入の可能性も意識すべきです。160円の節目は過去にも介入が行われた水準であり、急激な円安が進めば介入に踏み切る可能性があります。ただし介入の効果は一時的であり、構造的な円売り圧力を根本的に解消するものではありません。
また、日銀の追加利上げの動向も重要です。利上げが進めば日米金利差が縮小し、円安圧力が和らぐ可能性がありますが、景気への悪影響を考慮すると急速な利上げは難しい状況です。
まとめ
トランプ大統領のイラン攻撃延期発表で一時的に円安が修正されましたが、根底にある構造的な円売り圧力は解消されていません。貿易赤字の拡大、NISA経由の外貨投資、実質金利のマイナスといった要因は、いずれも短期間で解消される性質のものではありません。
ホルムズ海峡の封鎖が続く限り、エネルギー輸入コストの上昇が円安圧力を高め続けます。為替市場は地政学リスクの行方を注視しつつも、実需の円売りという「重力」に逆らえない構造にあります。今後のイラン情勢と日銀の金融政策の両面から、ドル円相場の動向を注意深く見守る必要があります。
参考資料:
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