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by nicoxz

関税還付訴訟急増でも戻らぬ可能性、日本企業が直面する米制度の壁

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はじめに

米連邦最高裁が2026年2月20日、トランプ氏が国際緊急経済権限法(IEEPA)を使って課した関税を違法と判断しても、企業の資金がすぐ戻るわけではありません。むしろ現実には、還付の入口が開いた直後から、企業は「返金を受ける権利をどう守るか」という次の法廷闘争に入っています。日系企業の提訴が増えているのは、この制度上の空白が大きいからです。

任天堂の米子会社は3月6日に提訴し、Nissan North Americaも2月26日に米国際貿易裁判所(CIT)へ訴えを起こしました。背景には、違法判断そのものよりも、税関実務の複雑さ、訴訟の集中処理、そして返金時期の不透明さがあります。本稿では、なぜ訴訟件数が増え続けるのか、なぜ「違法でも返金保証なし」という状況が生まれるのかを整理します。

訴訟急増の背景と日系企業の動き

最高裁判決が開いた還付請求の競争

ロイターによると、連邦最高裁は2月20日、IEEPAに基づく関税を違法と判断しました。ただし、判決は関税徴収そのものを否定した一方、どう返金するかまでは示していません。ここが重要です。法理上は違法でも、実務上の返金手順が未確定なら、企業は自力で請求権を守る必要があります。

実際、CITは2025年12月23日に、新規のIEEPA関税訴訟を一元管理するための行政命令を出していました。これは、すでに新規提訴が相次いでいたことの裏返しです。2025年12月には、Toyota Tsusho、Sumitomo Chemical、Ricohなど少なくとも9社の日系企業の米子会社が、違法認定時の全額還付を求めて提訴していました。つまり、日系企業の訴訟は最高裁判決後に突然始まったのではなく、判決前から「還付が自動ではない」と見越して動いていたわけです。

その流れは判決後に一段と強まりました。任天堂の米子会社は3月6日に、支払済み関税の全額還付を求めて提訴しました。Jiji Press系のNippon.comによると、任天堂はトランプ関税がSwitch 2の米国予約販売日程にも影響したと主張しています。Nissan North Americaも2月26日にCITへ提訴し、翌27日にはCITのAdministrative Order 25-02に基づいて事件が停止されました。停止は敗訴を意味しません。むしろ、個別案件を全体の還付枠組みと歩調を合わせて処理するための整理です。

日系企業が個別提訴を選ぶ理由

「CITが全輸入業者に返金を命じたなら、個別提訴は不要ではないか」という見方もあります。たしかにCITのリチャード・イートン判事は3月4日、IEEPA関税を支払った「すべての輸入者」が最高裁判決の利益を受ける権利があると述べました。しかし、Sullivan & Cromwellが整理するように、裁判所は「誰が権利者か」は示しても、「いつ、どの範囲で現金が戻るか」は確定していません。政府側は異議申し立ての姿勢を示しており、返金の実施命令も停止状態が続いています。

このため企業は、包括的な還付制度に乗るだけではなく、自社の輸入記録や時効に近い案件を守るため、個別訴訟や抗議手続きも併用しています。特に自動車、機械、化学、電子機器のように輸入件数が多い業種では、どの通関案件が「まだ確定していない」のかを細かく追う必要があります。日系企業が訴訟を増やしているのは、政治的アピールより、会計上・法務上の防衛行動として理解するほうが正確です。

返金保証がない本当の理由

税関実務の壁とCAPEの未完成

返金が遅れる最大の理由は、違法性ではなく事務量です。ロイターが引用したCBP幹部の裁判所提出文書によると、対象は約33万輸入者、5300万件超の輸入申告、総額1660億ドル規模に及びます。既存の仕組みで全件を手作業確認すると400万時間超を要するとの説明もありました。CBPが「すぐ返せない」と主張するのは、この規模が理由です。

そこでCBPは、ACE内にCAPEという専用モジュールを構築しています。Steptoeによると、3月6日時点では45日以内、すなわち4月20日までの立ち上げを想定していましたが、3月19日時点でも主要機能の完成度は45%から80%にとどまり、テスト継続中でした。3月31日のロイター報道でも、審査と支払いには申請後45日程度かかる可能性が示されています。つまり、制度は動き始めても、即時の一括返金にはなりません。

加えて、CAPEの初期段階では対象外もあります。Steptoeによれば、反ダンピング・相殺関税案件、通関状態が停止・延長・審査中の案件、保税倉庫やFTZ経由案件、ドローバック案件は初期フェーズで処理できません。しかも返金は2月6日以降、電子送金のみです。ACH登録が済んでいない企業は、権利があっても受取実務でつまずく可能性があります。

液化ではなく「liquidation」の問題

還付を難しくしているもう一つの壁が、米関税法上の liquidation です。ロイターによると、通関時に納める関税はあくまで概算で、最終確定は通常314日後に行われます。Greenberg Traurigは、この確定後180日以内に抗議しなければ、その関税額は原則として確定し、通常は返金請求が困難になると説明しています。

ここで企業の危機感が強まります。最高裁が違法と判断しても、個々の輸入案件がすでに「最終確定」していれば、返金対象から漏れる恐れがあったからです。3月27日、イートン判事は最終確定済み案件も含めて再計算の対象とする修正版命令を出しましたが、この命令も即時履行は停止中です。つまり、企業から見れば、道は開いたが橋はまだ架かっていない状態です。

注意点・展望

この問題で誤解しやすいのは、「最高裁が違法としたのだから、返金は自動」という見方です。実際には、1. 裁判所命令が停止されている、2. CBPの還付システムが段階導入、3. 一部案件は初期対象外、4. 政府の上訴や方針変更余地が残る、という四つの不確実性があります。返金保証なしとは、権利がないという意味ではなく、執行条件がなお流動的という意味です。

今後の焦点は三つあります。第一に、CBPのCAPEが4月後半以降に実際に稼働するか。第二に、最終確定済み案件まで含む還付命令が維持されるか。第三に、企業が包括制度を待つだけで足りるのか、それとも個別提訴や抗議を続ける必要があるのかです。日系企業の訴訟増加は、制度への不信というより、不確実な制度に対する合理的な備えと見るべきです。

まとめ

日系企業による関税還付訴訟の増加は、最高裁判決への便乗ではありません。違法判断の後も、返金の仕組み、対象範囲、タイミングが固まっていないため、企業が自社分の請求権を守ろうとしている結果です。任天堂やNissanの動きは、その象徴です。

読むべきポイントは、「勝訴したか」より「どの輸入案件が、いつ、どの手続きで戻るのか」です。今後はCITの命令維持、CBPのCAPE稼働、そして政府の上訴対応を合わせて追う必要があります。日系企業の提訴件数は、制度が安定するまでなお増える可能性があります。

参考資料:

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