「有事の株売り」はいつまで続くか、過去の危機から読む回復パターン
はじめに
2026年3月5日、米国株式市場でダウ工業株30種平均は前日比784ドル(1.6%)安の4万7,954ドルで引けました。米国・イスラエルとイランの軍事衝突が続く中、原油先物の急騰を受けてリスク回避が進んだ結果です。
下げ幅は一時1,100ドルを超える場面もあり、市場は急落と反発を繰り返す不安定な動きが続いています。一方で、「有事の株売りは長く続かない」という経験則も根強く残っています。本記事では、過去の地政学リスクと株価の関係を検証し、今後の見通しを考察します。
ダウ784ドル安の背景
原油急騰がインフレ懸念を再燃
今回の急落の直接的な引き金は、中東紛争の激化に伴う原油価格の急騰です。米WTI原油先物は8.5%急騰し、北海ブレント先物も4.9%上昇しました。
原油価格の上昇はガソリン代や物流コストの増加を通じて幅広い物価上昇につながります。米連邦準備理事会(FRB)が目指すインフレ率2%への回帰が遅れるとの懸念から、利下げ開始時期が9月以降へ後ずれするとの見方が広がりました。
ハイテク株から金融株まで幅広い売り
S&P500種株価指数やナスダック総合指数も下落し、ハイテク株から金融株まで幅広いセクターに売りが広がりました。エネルギー株は原油高の恩恵を受けて上昇する銘柄もありましたが、市場全体のリスクオフムードを覆すには至りませんでした。
投資家の恐怖心を示すVIX指数(恐怖指数)も上昇し、市場は「恐怖」ゾーンに入っています。ただし、パニック的な水準までは達しておらず、まだ冷静さを保っている投資家も多いことがうかがえます。
過去の「有事の株売り」はどうだったか
地政学リスクと株価回復の歴史
過去の主要な地政学リスクと株価の推移を振り返ると、一定のパターンが見えてきます。
1990年の湾岸危機では、イラクのクウェート侵攻を受けてS&P500は約20%下落しましたが、翌年の地上戦開始とともに反転し、約6カ月で下落前の水準を回復しました。2001年の同時多発テロでは、一時的に約12%の急落がありましたが、約1カ月で反発に転じました。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻でも、開戦直後にS&P500は下落しましたが、数週間で底打ちし、その後は緩やかな回復基調に入りました。
短期的な下落にとどまることが多い理由
地政学リスクによる株価下落が比較的短命にとどまる理由は、いくつかあります。まず、地政学的イベントは「不確実性」を生みますが、市場は時間とともにリスクを織り込み、価格に反映していきます。最初のショックが最も大きく、その後は情報が増えるにつれて不確実性が低下します。
また、企業のファンダメンタルズ(業績や収益力)は地政学的イベントによって大きく変わらないことが多いです。原油高によるコスト増は一時的なマイナス要因ですが、構造的に企業価値を毀損するものではないという判断が最終的に優勢になります。
今回の中東危機は過去と何が違うか
長期化リスクと原油供給への懸念
今回の状況が過去の事例と異なる点は、トランプ大統領が軍事行動の長期化を示唆していることです。「必要ならいくらでもやる」との発言は、原油価格の高止まりが長引くリスクを示唆しています。
イランは世界有数の産油国であり、ホルムズ海峡を通じた原油輸送への影響も懸念されます。もし原油供給が長期的に制約されれば、1970年代のオイルショック的なシナリオも完全には排除できません。
スタグフレーションリスク
最も警戒されるシナリオは、原油高によるインフレ加速と景気減速が同時に進む「スタグフレーション」です。この場合、FRBは利下げで景気を下支えしたくてもインフレ抑制のために金融引き締めを維持せざるを得ず、株式市場にとって最もネガティブな環境となります。
ただし、3月4日にイラン側から停戦交渉の報道が出た際には、S&P500がテクノロジー株主導で反発するなど、和平への期待も根強く残っています。
注意点・展望
投資家にとって重要なのは、地政学リスクに過度に振り回されないことです。過去の経験則からは、地政学的ショックによる下落は1カ月から半年程度で回復するケースが多いですが、今回は原油供給への構造的な影響が出る可能性も否定できません。
市場ストラテジストの間では、中東情勢の沈静化が確認されれば、S&P500は2026年前半中に7,000ポイントを突破するとの見方も残っています。NVIDIA決算への期待、4月の米中首脳会談、5月のFRB議長交代なども株価を押し上げるカタリストとして注目されています。
当面は中東情勢の推移、原油価格の動向、FRBの金融政策スタンスの3点が株式市場の方向性を左右します。急落局面で慌てて売るのではなく、ファンダメンタルズに基づいた冷静な判断が求められます。
まとめ
ダウ平均784ドル安に代表される「有事の株売り」は、中東情勢の悪化と原油価格の急騰が直接の原因です。過去の地政学リスクでは、株価は1カ月から半年で回復するパターンが多いですが、今回は原油供給リスクの長期化が懸念材料です。
短期的には不安定な値動きが続く見込みですが、中長期的にはファンダメンタルズが株価を方向づけます。今後の中東情勢の推移を注視しつつ、過度なパニックに陥らない姿勢が重要です。
参考資料:
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