有事でも円買われず、中東緊迫で再来する「2022年型円安」
はじめに
2026年3月、中東情勢の急激な緊迫化を受けて円安が進行しています。2月28日に米国とイスラエルがイランへの軍事作戦を開始したことをきっかけに、ホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥り、原油価格が急騰しました。ドル円相場は157円台まで円安が進んでいます。
注目すべきは、かつて地政学リスクが高まると発動していた「有事の円買い」が完全に姿を消したことです。市場関係者の間では、2022年のロシアによるウクライナ侵攻時に発生した構造的円安の再来、いわゆる「2022年型円安」が意識されています。本記事では、この新たな為替の構造変化とその背景を分析します。
中東情勢の急変と市場への衝撃
イラン攻撃とホルムズ海峡の危機
2026年2月28日、米国とイスラエルはイランに対する軍事作戦を開始しました。イランの最高指導者が殺害され、その後イランは報復攻撃を実施しました。この一連の事態により、世界の原油輸送の要衝であるホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥りました。
ホルムズ海峡は世界の石油輸送量の約2割が通過する重要な海上交通路です。封鎖の影響で、北海ブレント原油価格はイラン攻撃前日の2月27日に1バレル73ドルだった水準から、3月1日には78ドルまで急上昇しました。シティグループのアナリストは、少なくとも今後1週間はブレント原油が80ドルから90ドルの範囲で推移すると予測しています。
日本市場への即座の影響
3月2日の東京市場では、取引開始直後に日経平均株価が700円余り下落し、一時は下げ幅が1,200円を超える場面もありました。為替市場ではドル円が157.33円前後まで円安が進行し、前週末から約0.8%のドル高・円安となりました。株安・円安・債券安の「トリプル安」の様相を呈しています。
なぜ「有事の円買い」は消えたのか
かつての常識が通用しない理由
従来、地政学リスクが高まると「安全資産」としての円が買われる傾向がありました。これは日本が世界最大の対外純資産国であり、リスク回避時に海外資産を引き揚げる動きが円買いにつながるという構図でした。
しかし、2022年のウクライナ侵攻以降、この構図は大きく変化しています。その最大の理由は、有事がエネルギー価格の高騰を伴う場合、エネルギー輸入大国である日本にとってむしろ通貨安要因になるという認識が市場に定着したためです。
「2022年型円安」のメカニズム
2022年にロシアがウクライナに侵攻した際、原油価格は1バレル100ドルを超える水準まで急騰しました。この結果、日本の貿易収支は大幅な赤字に転落し、輸入代金を支払うためのドル買い需要が増加しました。同時に「有事のドル買い」も重なり、ドル円は一時150円を超える歴史的な円安水準に達しました。
今回の中東危機でも同様の構造が再現されています。日本は欧米諸国と足並みを揃えて2022年にロシア産原油の輸入を控えたことから、原油の中東依存度が2025年に約94%に達しています。ホルムズ海峡経由の原油輸入量は全体の約9割を占めており、海峡封鎖は日本のエネルギー安全保障に直結する事態です。
構造的円安の深層
日米金利差と日銀の政策判断
円安が進行するもう一つの要因が日米金利差です。中東情勢の混乱が長引けば、日本銀行は追加利上げに慎重にならざるを得ません。景気の先行きに不確実性が高まるなかで金融引き締めを進めれば、経済に悪影響を及ぼすリスクがあるためです。
一方、米国にとって中東危機は必ずしもマイナスではありません。米国はシェール革命以降、世界最大の産油国となっており、原油高はむしろ米国経済にプラスに作用する側面があります。この非対称性が、有事におけるドル高・円安を加速させる構造となっています。
貿易赤字拡大の懸念
野村総合研究所の試算によれば、原油価格が高止まりした場合、日本の貿易赤字はさらに拡大する見通しです。Business Insider Japanの報道では、最悪のシナリオとして1ドル200円を目指す「超円安」の可能性も指摘されています。
ガソリン価格や電気代の上昇は家計を直撃し、GDP(国内総生産)の押し下げ要因にもなります。時事通信の報道によれば、ホルムズ海峡封鎖が長期化した場合、日本経済への打撃は甚大なものとなる可能性があります。
「ドル安でも円安」という新常態
みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミストである唐鎌大輔氏は、2026年の為替市場について「ドル安でも円安」という珍現象が新たな常態となるかどうかの見極めの年だと指摘しています。従来はドル安局面では円高になるのが通例でしたが、日本の構造的な経常収支の変化により、この相関が崩れつつあります。
注意点・展望
短期的な注目ポイント
為替市場の専門家は、ドル円が158円台に乗せた場合、日本の通貨当局から円安けん制の口先介入が入る可能性を指摘しています。2022年には実際に為替介入が実施されており、同様の対応があり得ます。
イラン側の報復攻撃の規模や、米国・イスラエルの追加軍事行動の有無によって、原油価格と為替相場は大きく変動する可能性があります。戦争状態の長期化が懸念されるなか、原油高が続けばドル円の上昇も継続する公算が大きいとされています。
中長期的なリスク
仮にホルムズ海峡の封鎖が解除されたとしても、中東地域の地政学リスクが完全に払拭されるまでには時間がかかります。エネルギー輸入に依存する日本経済の構造的な脆弱性は、今後も円安圧力として作用し続ける可能性があります。
まとめ
中東情勢の緊迫化により、「有事の円買い」はもはや過去の常識となりつつあります。エネルギー価格の高騰が貿易赤字を拡大させ、有事のドル買いと相まって円安を加速させる「2022年型円安」の構造が、再び為替市場を支配しています。
日本の原油中東依存度が94%に達するなか、ホルムズ海峡の危機は日本経済にとって極めて深刻な問題です。為替相場の動向に加え、政府・日銀の政策対応、そして中東情勢の推移を注視していく必要があります。エネルギー安全保障の強化と輸入先の多様化が、これまで以上に急務となっています。
参考資料:
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