Research
Research

by nicoxz

有事で買われない金相場 ドル高と高金利が映す市場構造変化の実相

by nicoxz
URLをコピーしました

はじめに

地政学リスクが高まると、まず思い浮かぶ安全資産は金です。ところが2026年3月の市場では、その常識が崩れました。米国とイスラエルによる対イラン軍事行動が長引き、原油高と世界株安が進むなかでも、金価格は月間で大きく下落し、月末時点では2008年10月以来の大幅な月間下落率になる見通しとなりました。安全資産なのに買われない。この逆説が、いまの市場の特徴です。

背景には、戦争そのものよりも、戦争が生んだマクロ環境の変化があります。原油高がインフレを押し上げ、FRBの利下げ期待を後退させ、米ドルを再び最強の逃避先に押し上げたことで、金は「守りの資産」でありながら「金利を生まない資産」という弱点を強く意識されました。この記事では、なぜ今回は金が買われないのか、2022年のロシアによるウクライナ侵攻時と何が違うのかを整理します。

安全資産としての金が機能しにくい現在地

ドル高と金利上昇の重圧

2026年3月末の金市場で最も重要なのは、地政学リスクそのものよりドル相場です。3月31日のReuters報道によると、ドル指数は月間で2.35%上昇し、四半期でも1.7%のプラスとなる見通しでした。背景には、戦争の長期化で安全資産需要がドルに集中したことに加え、米国が純エネルギー輸出国として、原油供給混乱に他国より相対的に耐性があるとの見方があります。危機時の逃避マネーが金ではなくドルに集まりやすい条件がそろったわけです。

金価格への打撃は、金利面からも説明できます。Reutersは3月12日、金相場について「ドル高」「米国債利回り上昇」「利下げ不在」が重荷になっていると伝えました。金は利子を生まないため、米金利が高止まりするほど相対的な魅力が落ちます。しかも今回は、ホルムズ海峡危機を通じた原油高が輸送費や生産コストを押し上げ、インフレ再燃への警戒を強めました。インフレヘッジとしての金よりも、インフレを抑えるため高金利が長引くという連想の方が強く働いたのです。

この結果、3月31日時点のスポット金は月間で11.3%安となる見通しとなり、Investing.com掲載記事では2008年10月以来で最悪の月間成績とされました。月末には一時3.8%反発したものの、下落基調を覆すほどではありません。相場は「有事だから金」ではなく、「有事でインフレが再燃するならドルと金利を優先する」という反応に切り替わっています。

先回りで買われ過ぎた反動

もうひとつ重要なのは、金がすでに高値圏にあったことです。Reutersによると、スポット金は2026年1月29日に1トロイオンス5594.82ドルの史上最高値をつけました。1月には月間で約24%上昇しており、2月も世界金協会(WGC)によると5%上昇しています。つまり、イラン危機が本格化する前の段階で、金にはかなり強い期待が織り込まれていました。

WGCは2月レポートで、金上昇の主因を「ドル安」と「米国債利回り低下」に求めています。さらに2月の金ETFには世界全体で53億ドル、26トンの資金流入があり、9カ月連続の流入でした。こうした先行的な買いが積み上がっていたところへ、3月に原油高とドル高が同時進行したため、ポジション調整の売りが出やすくなりました。安全資産として失格になったというより、買われ過ぎた資産がマクロ環境の反転で崩れたとみる方が実態に近いです。

2022年との違いを生んだマクロ環境

ウクライナ侵攻局面で金が上がった理由

2022年のロシアによるウクライナ侵攻局面では、金はむしろ安全資産として機能しました。WGCによると、2022年1〜3月期の金価格は8%上昇し、3月単月でも2%上昇しました。金ETFには四半期で269トン、170億ドルが流入し、北米と欧州が中心となって買いを支えています。Reutersも2022年4月18日、金が一時1998.10ドルまで上昇し、ウクライナ情勢とインフレ圧力が安全資産需要を押し上げたと伝えました。

当時も米金利は上昇していましたが、それを上回る形で「戦争」「インフレ」「金融市場不安」が金需要を押し上げました。株式と債券が同時に不安定化するなかで、金は分散投資の受け皿として評価されやすかったのです。2022年の読まれ方は、危機が長引けば世界経済の不確実性が増し、金の保有価値が高まるというものでした。

2026年の戦争でドルに資金が向かう理由

では、なぜ2026年は違うのでしょうか。第一に、危機の震源がエネルギー供給に直結し、原油高が金利見通しを直撃しているからです。Reutersは3月31日、S&P500が2026年1〜3月期に約7%下落する見通しとなった背景として、イラン戦争と金利不安を挙げました。市場の主題は「戦争で不安だから守りたい」から、「戦争でインフレが再燃し、FRBが動けない」に変わっています。

第二に、逃避資金の受け皿がドルへ移っている点です。Reutersは、今回の戦争開始後にドルが安全資産として選好され、しかも米国はエネルギー供給面で他国より有利だと報じました。2022年は欧州のエネルギー不安が目立つ一方、金そのものへの逃避需要が強かったのに対し、2026年は「ドルで持つ方が機動的で金利も得られる」という判断が優勢です。金とドルの逆相関は珍しい現象ではありませんが、今回は戦争がその関係をむしろ強めています。

第三に、市場の出発点が異なります。2022年の金はまだ上昇余地を探る段階でしたが、2026年の金は年初に歴史的な急騰を演じた後でした。高値圏での戦争は、新規資金の流入よりも利益確定売りを誘発しやすくなります。安全資産という同じラベルでも、相場の位置と金利環境が違えば値動きは大きく変わるということです。

注意点・展望

もっとも、「今回は金が終わった」と結論づけるのは早計です。Reutersが伝えたように、3月12日時点でも市場関係者は中央銀行の買いとETF流入の継続を金の支えとして挙げています。実際、月末には戦争の早期収束観測が出ただけで金が反発しており、ドル高と金利上昇が一服すれば、地政学リスクそのものが改めて金を支える可能性はあります。

見るべきポイントは3つです。ひとつは、原油高が米インフレ指標にどこまで反映されるか。次に、FRBの年内利下げ期待が戻るかどうか。最後に、ドル高が続くのか、それとも3月でピークを打つのかです。金が再び安全資産として選ばれるかは、戦況よりもむしろこの3変数の組み合わせで決まる局面に入っています。

まとめ

2026年3月に金が買われなかった理由は、地政学リスクが小さいからではありません。原油高がインフレを押し上げ、FRBの利下げ期待を後退させ、ドル高と金利上昇が同時に進んだからです。安全資産としての金の強みは、金利を生まないという弱みと表裏一体であり、その弱みが今回は前面に出ました。

2022年のウクライナ侵攻局面では、金は四半期で8%、3月単月でも2%上昇し、ETF資金流入も追い風になりました。2026年との違いは、戦争の有無ではなく、ドル、金利、エネルギー価格の組み合わせです。金相場を読むうえでは「有事かどうか」だけでは足りません。いま必要なのは、危機がどの資産に逃避需要を集中させるのかを、マクロ環境と一緒に見る視点です。

参考資料:

関連記事

最新ニュース