系統用蓄電池投資は続く 上限価格引き下げ後の収益構造
はじめに
日本の系統用蓄電池市場では、2026年春に大きな制度変更がありました。需給調整市場で一部商品のΔkW上限価格が、実需給日ベースで2026年3月14日から15円へ引き下げられたためです。価格の天井が下がれば、蓄電所ビジネスは急に冷え込むのではないかという見方も出やすくなります。
ただし、公開資料を丁寧に追うと、実態はもっと複雑です。東京センチュリーは2026年1月の説明会で、2029年度までに約600MWの運転開始を目指し、IRRは10%以上を目線にすると説明しました。三井住友ファイナンス&リースも2023年から系統用蓄電池を事業化し、本邦初とするプロジェクトファイナンス組成を打ち出しています。
なぜ上限価格が下がっても投資が止まらないのか。鍵は、蓄電所の収益が需給調整市場だけで決まらないことにあります。本稿では、制度変更の中身、蓄電池の収益源の複線化、そしてリース大手が前のめりに投資する理由を、公開情報だけで整理します。
上限価格引き下げでも採算が崩れにくい構図
15円への引き下げとその射程
電力需給調整力取引所の公表資料によると、一次調整力、二次調整力①、複合商品については、2026年3月14日実需給分から上限価格が15.00円/ΔkW・30分へ変更されました。従来は19.51円でしたから、上限だけ見れば確かに収益機会は縮みます。さらに同取引所は、2026年度の売買手数料単価を0.06円/ΔkW・30分と決定しており、手数料負担も意識されます。
もっとも、ここで誤解しやすいのは、蓄電所収益がこの価格だけで決まるわけではない点です。東京センチュリーの蓄電池事業説明資料では、系統用蓄電池の収入源を、容量市場、需給調整市場、卸電力市場の三つに整理しています。需給調整市場は重要ですが、単独で全収益を支える市場ではありません。
この三市場の組み合わせは、価格引き下げ局面でむしろ重要になります。需給調整市場の期待収益が下がれば、事業者は容量市場でベース収益を確保しつつ、JEPXの価格差を使ったアービトラージで上乗せを狙う運用へ重心を移します。上限価格引き下げは、蓄電池投資そのものを否定するというより、運用の巧拙がこれまで以上に収益を左右する局面に入ったと見る方が実態に近いです。
長期収入を支える容量市場の存在
容量市場が効いてくるのはここです。OCCTOは容量市場を、将来の供給力を確保するための市場と位置づけています。さらに長期脱炭素電源オークションでは、新設の脱炭素電源や蓄電池に対し、原則20年間の容量収入が見込める枠組みを設けています。
2025年4月に公表された2024年度の長期脱炭素電源オークション結果では、脱炭素電源の約定総容量は503.0万kWでした。このうち蓄電池・揚水は、運転継続時間3時間以上6時間未満が96.1万kW、6時間以上が76.9万kWです。合計すると約173万kWで、蓄電池系案件が制度上かなり大きな比重を占めたことが分かります。
この制度の意味は大きいです。長期脱炭素電源オークションは、他市場収益の一部還付を前提にしつつも、投資回収の予見可能性を高めるために設計されています。需給調整市場の上限価格が下がっても、長期収入の土台がある案件は金融機関の評価を得やすく、開発を止める理由が薄れます。蓄電所投資が続く背景には、この「単年度の市況」ではなく「長期収入の見え方」で判断する金融論理があります。
リース大手が蓄電所を取りに行く理由
金融プレーヤーに向く事業構造
東京センチュリーは、蓄電池事業を単なる設備リースではなく、自ら用地探索から運営管理まで担うフルマーチャント型事業と説明しています。2026年1月の質疑応答では、2025年9月末時点で約400MWの投資を決定済みとし、2029年度までに約600MWの運転開始を目指す方針を示しました。2026年2月時点の第3四半期説明資料では、投資決定済みおよび稼働済み案件が前期末の約200MWから約500MWへ積み上がったと説明しています。
この数字が示すのは、同社が市場ルールの変更を承知のうえで、なお案件の積み上げを続けていることです。しかも質疑応答では、投資のターゲット目線をIRR10%以上と明言しています。つまり、上限価格引き下げを織り込んでもなお、一定の内部収益率が見込めると判断しているわけです。
リース大手が強いのは、設備の残存価値評価、資金調達、パートナー組成、出口戦略の設計に慣れているためです。東京センチュリーは自社単独開発の特別高圧蓄電池4件、合計101MWの投資決定を2025年12月に公表しました。2026年3月には関西電力との共同出資による福岡県筑後市案件も打ち出しています。案件を持ち込み型で待つのではなく、系統枠と用地を先に押さえ、事業化後に共同出資や資産回転で広げるモデルが見えてきます。
先行者利益は価格よりも系統接続で決まる局面
系統用蓄電池の競争で本当に貴重なのは、短期の価格ではなく、接続可能な土地と系統枠です。東京センチュリーは公開資料で、自社の優位性を「スピード」と「パートナーシップ」と表現し、土地と系統の確保が重要だと説明しています。これは裏を返せば、上限価格が多少動いても、接続可能地点を早く押さえた事業者の価値は崩れにくいということです。
三井住友ファイナンス&リースも同じ論理で動いています。2023年8月には、出光興産、レノバ、長瀬産業と共同で姫路蓄電所を組成し、系統用蓄電池向けとして本邦初とするプロジェクトファイナンスを実施したと公表しました。採用したのは金融の仕組みですが、前提になっているのは、蓄電所が市場制度の中で長期にわたりキャッシュフローを生むインフラ資産になり得るという評価です。
実際、東京センチュリーは環境インフラ事業を太陽光に続く柱へ育てる姿勢を明確にしています。統合レポート2025でも、成長市場として蓄電池事業を挙げ、2024年度投資決定済み約200MW、2029年度見通し約600MWという出力見通しを示しました。リース会社にとって蓄電所は、単発の機器販売ではなく、長期運営、共同投資、将来売却まで設計できる「金融化しやすい発電アセット」なのです。
再エネ拡大が蓄電池需要を押し上げる背景
出力制御拡大と調整力不足
なぜ今これほど蓄電池が必要なのか。エネルギー白書2025は、再エネの導入拡大に伴って出力制御が全国へ広がっていると整理しています。火力の抑制、揚水の活用、連系線での他エリア送電、蓄電池の充電を行ってもなお供給超過が残る場合、再エネ出力を抑える必要があるためです。
資源エネルギー庁のエネルギー2025でも、再エネだけでは需給が安定せず、火力や蓄電池などの調整手段が必要だと説明しています。再エネ比率が高まるほど、昼間に余った電気を吸収し、夕方以降へ移せる蓄電池の価値は高まります。蓄電所は発電所そのものではありませんが、変動電源の大量導入を成立させるための潤滑油です。
OCCTOの広域系統長期方針も、全国大での系統整備と調整力確保を重要課題と位置づけています。つまり、蓄電池の需要は単なる相場テーマではなく、再エネ主力電源化とセットで増える構造需要です。需給調整市場の単価が下がったとしても、制度全体として蓄電池の必要性が縮んでいるわけではありません。
価格差を取りに行く卸市場の役割
もう一つ見落とせないのが、卸市場です。JEPXのスポット市場では、日中の再エネ余剰時と夕方ピーク時で価格差が出やすく、蓄電池はこれを収益化できます。東京センチュリーの説明資料でも、卸電力市場の価格差を使うアービトラージを主要収益源の一つに位置づけています。
長期脱炭素電源オークションの結果資料でも、他市場収益の試算にあたりJEPXスポット価格の過去データが使われています。これは制度設計の側も、蓄電池が容量市場だけでなくスポット市場や需給調整市場から収益を得る前提で採算を見ていることを示しています。事業者から見れば、需給調整市場の天井が下がった分を、卸市場の運用でどこまで補えるかが次の勝負になります。
注意点・展望
注意したいのは、上限価格の引き下げを「影響なし」と楽観視するのも誤りだという点です。EPRXの資料では、一次調整力、二次調整力①、複合商品は15円になった一方、今後さらに審議会などの結果を踏まえて変更される可能性があると明記されています。制度の不確実性は残っており、収益モデルの高度化が遅れた案件ほど厳しくなります。
また、蓄電池は案件を決めた瞬間に利益が出る事業でもありません。東京センチュリー自身が、第3四半期説明資料で、ほとんどの案件はまだ開発ステージであり、Jカーブ効果により業績貢献はこれからだと述べています。投資家が見るべきなのは、短期の市況より、いつ運転開始できるか、どの市場に強い運用体制を持つか、そして出口戦略をどう描くかです。
今後の焦点は三つあります。第一に、需給調整市場の追加制度変更があるか。第二に、容量市場と長期脱炭素オークションで蓄電池が引き続き厚く採用されるか。第三に、再エネ出力制御やJEPX価格差の拡大が、運用収益をどこまで押し上げるかです。制度、系統、運用の三点セットで見ないと、この市場は読み違えます。
まとめ
系統用蓄電池投資が活況を保つ理由は、需給調整市場の上限価格だけでは採算が決まらないからです。実需給日ベースで2026年3月14日から15円へ下がったのは確かですが、蓄電所は容量市場のベース収益、JEPXの価格差収益、そして長期脱炭素電源オークションによる予見可能性を組み合わせて成立します。
東京センチュリーの公開資料が示すように、先行する事業者はすでに数百MW単位で案件を積み上げ、IRR10%以上を目線に開発を続けています。上限価格引き下げ後の日本市場は、蓄電池が不要になる局面ではなく、運用力と系統確保力を持つプレーヤーへ収益機会が集まりやすい選別局面に入ったと見るべきです。
参考資料:
- 事業戦略説明会(蓄電池事業)2026年1月
- 蓄電池事業説明会における主な質疑応答
- 次世代電力インフラのフロントランナーへ 東京センチュリーが挑む「フルマーチャント型系統用蓄電池事業」の独自戦略とは?
- 自社単独開発による特別高圧系統用蓄電池事業の事業投資を決定(国内4カ所・合計101MW)
- 福岡県筑後市における特別高圧系統用蓄電池事業の実施決定について
- 系統用蓄電池事業の開始およびプロジェクトファイナンスの組成について
- 需給調整市場のΔkW上限価格について
- 2026年度需給調整市場の売買手数料単価の決定について
- 容量市場 長期脱炭素電源オークション約定結果(応札年度:2024年度)
- 広域系統長期方針
- 第2部 第3章 第4節 次世代電力ネットワークの形成│令和6年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2025)
- 8.再エネ|資源エネルギー庁
- スポット市場 | 市場情報 | 電力取引 | JEPX
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