イランが湾岸原油設備を連続攻撃、報復から継続攻撃へ
はじめに
2026年2月28日の米国・イスラエルによるイラン攻撃を受け、イランが湾岸諸国のエネルギー施設への攻撃を激化させています。UAE最大のルワイス製油所が操業停止に追い込まれたほか、サウジアラビアやカタールの石油・ガス施設も被害を受けました。
イランの軍報道官は「報復は終了し、攻撃に次ぐ攻撃に移る」と述べ、標的を拡大させる姿勢を鮮明にしています。これは単なる報復行為から、湾岸諸国の経済基盤を直接狙う「継続的攻撃」への転換を意味します。本記事では、一連の攻撃の全体像と、世界のエネルギー市場への影響を解説します。
UAE最大のルワイス製油所が操業停止
ドローン攻撃で火災が発生
3月10日、UAE最大のルワイス製油所がイランのドローン攻撃を受け、操業を停止しました。ルワイス製油所はアブダビ国営石油会社(ADNOC)が運営する施設で、日量約92万2,000バレルの精製能力を持つ中東屈指の石油精製拠点です。
攻撃によりルワイス工業地帯では大規模な火災が発生しました。さらに翌11日には、近接するより規模の大きい「新ルワイス製油所」も攻撃を受け、全面的に操業を停止しています。
UAEの被害状況
2月28日の開戦以来、UAEに対してはイランから189発の弾道ミサイル、941回のドローン攻撃、3発の巡航ミサイルが発射されたとUAE国防省は発表しています。これまでに6人が死亡、122人が負傷しました。ドローンに加えて弾道ミサイルも使用されており、攻撃の規模と手段が拡大し続けている状況です。
湾岸諸国全域に広がる攻撃
サウジアラビアの石油施設にも被害
3月2日、世界最大級の石油精製施設であるサウジアラビアのラアス・タヌーラ製油所がイランのドローン攻撃を受けました。迎撃されたドローンの破片が施設内に落下し小規模な火災が発生、操業停止に追い込まれています。また、シャイバ油田に向かった4機のドローンもサウジアラビアが迎撃しました。
サウジアラビアはイランの攻撃による石油施設への被害に強い不満を示しており、一部報道ではUAEとともにイランへの報復攻撃を検討しているとされています。
カタールのLNG生産にも打撃
同じく3月2日、カタールのラスラファン工業都市にあるQatarEnergy(カタールエナジー)のLNG関連施設がイランのドローン攻撃の標的となりました。ラスラファンは世界最大のLNG生産拠点であり、世界のLNG供給量の約20%を担っています。
攻撃を受けたQatarEnergyは天然ガスおよび関連製品の全生産を停止すると発表しました。カタールのエネルギー大臣は「戦争が継続すれば、他の湾岸産油国もフォースマジュール(不可抗力条項)を宣言せざるを得なくなる。それは世界経済を崩壊させる」と警告しています。
その他の攻撃対象
オマーンのドゥクム港の燃料タンク(3月3日)、UAE東部フジャイラ港の燃料タンク(3月3日)、バーレーンのシトラ製油所(3月5日)なども攻撃を受けており、湾岸諸国のエネルギーインフラ全体が標的となっています。
ホルムズ海峡の事実上の封鎖
海上輸送がほぼ停止
今回の一連の攻撃で最も深刻な影響を及ぼしているのが、ホルムズ海峡の事実上の封鎖です。ホルムズ海峡は世界の海上原油輸送の約20%、LNGの約5分の1が通過する要衝です。2024年にはサウジアラビア、イラク、クウェート、UAE、イランから日量約1,650万バレルの原油がこの海峡を通過していました。
しかし、イランの攻撃を恐れた船舶がホルムズ海峡の通行を回避した結果、通過船舶数は攻撃前日の2月27日の95隻から、3月5日にはわずか4隻にまで激減しました。世界のエネルギー供給における「チョークポイント」が、実質的に機能を停止している状態です。
原油価格の急騰
ホルムズ海峡の封鎖により、原油価格は急騰しています。WTI原油先物価格は2月27日の1バレル67ドル台から、3月6日には90ドルを突破し、一時は110ドル近辺にまで達しました。ブレント原油先物もピーク時には120ドル近くまで急騰するなど、エネルギー市場は大きく動揺しています。
主要な中東産油国はホルムズ海峡の閉鎖により合計で日量600万バレル以上の生産を削減しており、供給不安が市場を支配しています。
代替ルートの模索
サウジアラビアは国内パイプラインを経由して紅海ルートへの切り替えを進めています。西部ヤンブー港での輸出量は前月比3倍に増加しました。しかし、紅海ルートだけではホルムズ海峡を通過していた日量1,650万バレルを代替することは困難です。
注意点・展望
「報復」から「継続攻撃」への転換の意味
イランの軍報道官が示した「報復から継続攻撃への移行」は、攻撃が一過性ではなく長期化する可能性を意味します。これは湾岸諸国に対する経済的圧力として機能しており、世界経済全体に対する「石油の武器化」という側面があります。
イランは「ペルシャ湾から一滴の石油も出さない」と宣言しており、湾岸諸国に米国・イスラエルとの協力を断つよう圧力をかけていると分析されています。
湾岸諸国の対応
UAEやサウジアラビアは米軍基地を含む自国領土への攻撃に対して強い不満を表明しています。一部では反撃を検討しているとの報道もありますが、軍事的対応に踏み切れば紛争がさらに拡大するリスクがあります。信頼関係の崩壊は、イランと湾岸諸国の関係を長期的に悪化させる可能性があります。
エネルギー市場への中長期的影響
現在の状況が2〜3カ月以上継続すれば、原油価格が1バレル100ドルを安定的に超える水準に定着する恐れがあります。日本は原油輸入の94%を中東に依存しており、ガソリン価格の上昇や物価全体への波及が懸念されます。
まとめ
イランによる湾岸諸国のエネルギー施設への攻撃は、報復の段階を超え、継続的な経済破壊戦略へと転換しつつあります。UAE最大のルワイス製油所をはじめ、サウジアラビア、カタールの主要施設が被害を受け、ホルムズ海峡は事実上の封鎖状態にあります。
原油価格の高騰は世界経済全体に影響を及ぼしており、各国はIEAを通じた石油備蓄の協調放出や代替ルートの確保など、緊急対応を迫られています。事態の早期収束に向けた国際社会の外交努力が求められる一方、エネルギー安全保障の観点から供給源の多様化を加速させる必要があります。
参考資料:
- UAE最大の製油所が操業停止、ドローン攻撃で工業地帯に火災発生 - Bloomberg
- Which oil and gas facilities in the Gulf have been attacked? - Al Jazeera
- Iran defends strikes on Gulf neighbors — but they say trust is broken - CNBC
- Iran keeps up attacks on Gulf states - The Times of Israel
- 日本のインフレ加速の恐れ、原油急騰 - Bloomberg
- 原油の「ホルムズ回避」進む 輸送コスト急騰 - 時事ドットコム
関連記事
イランがUAEフジャイラ港を攻撃、石油供給網への影響
イランがUAEフジャイラ港にドローン攻撃を実施。カーグ島への米軍攻撃への報復とみられ、世界の石油供給網に深刻な影響が広がっています。背景と今後の見通しを解説します。
イラン攻撃1週間で世界の供給網が危機的状況に
米国・イスラエルによるイラン攻撃から1週間、ホルムズ海峡の事実上の封鎖が世界の製造業や物流に深刻な影響を及ぼしています。自動車・半導体・食料への波及を解説します。
イラン強硬派「3人組」の実権と米15項目和平案の行方
ハメネイ師亡き後のイランで実権を握る革命防衛隊出身の強硬派3人組と、トランプ政権が提示した15項目の和平案の内容・交渉の行方を詳しく解説します。
イランが米停戦案を拒否し5条件を逆提案した背景
トランプ政権の15項目停戦計画をイランが拒否。ホルムズ海峡の主権や戦争賠償など5条件を逆提案した経緯と、中東情勢・原油市場への影響を解説します。
イランがホルムズ海峡の非敵対船舶通過を容認した背景
イランがIMO加盟国に書簡を送り「非敵対船舶」のホルムズ海峡通過を認める方針を表明。米国包囲網への対抗策として関係国の切り崩しを図る狙いと、日本を含む各国への影響を解説します。
最新ニュース
アクティビストの標的が変化、還元から再編へ
割安株の減少でPBR1倍超え企業も標的に。アクティビストの投資戦略が株主還元から事業再編へとシフトする背景と今後の展望を解説します。
アームが初の自社製チップ発表、AI半導体市場に本格参入
ソフトバンクグループ傘下の英アームが35年の歴史で初めて自社製チップ「AGI CPU」を発表。メタやOpenAIを顧客に迎え、5年で年間150億ドルの売上を目指す戦略転換の全容を解説します。
Armが半導体自前開発に参入、AI向けCPUで事業転換
ソフトバンク傘下の英Armが35年間のIPライセンスモデルを転換し、自社開発チップ「AGI CPU」でメタやオープンAIにAI半導体を直接供給する戦略の背景と影響を解説します。
イビデン大幅続伸の背景と半導体銘柄上昇の全貌
2026年3月25日、イビデンが特別利益491億円の計上発表で大幅続伸。半導体関連銘柄が軒並み上昇した背景には、米イラン停戦期待による原油下落と投資家心理の改善がありました。
イラン強硬派「3人組」の実権と米15項目和平案の行方
ハメネイ師亡き後のイランで実権を握る革命防衛隊出身の強硬派3人組と、トランプ政権が提示した15項目の和平案の内容・交渉の行方を詳しく解説します。