緊急事態条項を軸に進む改憲発議と参政・みらいの協力余地を読む
はじめに
衆院憲法審査会が2026年4月9日に今国会初の実質討議を開き、緊急事態条項を中心に条文起草へ進めるかどうかが再び焦点になりました。憲法論議は抽象論に見えやすいテーマですが、今回はかなり実務的な意味を持っています。2月の衆院選で自民党は衆院側の発議ラインを単独で超えた一方、参院ではなお複数党の協力が不可欠だからです。
争点の中心にあるのは、災害や有事で国政選挙を実施できない場合にどう国会機能を維持するかという問題です。自民党はこれを「緊急事態対応」と位置づけていますが、実際の論点は大きく二つに分かれます。第一は国会議員の任期延長を認めるかどうか、第二は内閣に強い非常権限を与えるかどうかです。この二つはしばしば一括りに報じられますが、賛否の線引きは同じではありません。
本記事では、憲法96条の発議要件、参院の議席構成、参院の緊急集会をめぐる制度論、そして参政党やチームみらいを含む各党の立場をつなぎ、自民党がなぜこの局面で「緊急事態条項」を軸に協力先を広げようとしているのかを整理します。結論を先に言えば、今回の動きは自民党が衆院で強くなったからこそ参院での薄い余裕が逆に目立ち、より通しやすいテーマへ論点を絞り込もうとしている局面だと読むのが自然です。
発議ラインの現実
衆院と参院で異なる壁
憲法改正は日本国憲法96条により、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、その後に国民投票で承認を得る必要があります。つまり、衆院で強くても参院で詰まれば前に進みません。ここが通常法案とは決定的に違う点です。
2026年2月の衆院選では、自民党は316議席を獲得し、定数465の3分の2ラインである310議席を単独で上回りました。衆院側だけを見ると、改憲発議の技術的障害はかなり小さくなっています。ところが参院は事情がまったく異なります。参議院の2026年1月22日時点の会派別所属議員数では、自民党・無所属の会が101、公明党が21で、与党合計は122にとどまります。総定数248の3分の2は166ですから、発議にはなお44議席分の上積みが必要です。
この時点で注目されるのが、日本維新の会19、国民民主党・新緑風会25、参政党15、チームみらい・無所属の会2という中間勢力です。自民・公明に維新を足しても141で、まだ届きません。国民民主まで加えると166となり、ちょうど発議ラインに乗ります。逆に言えば、維新と国民民主の双方が完全に足並みをそろえなければ、参院発議は成立しません。欠席や造反の余地がほぼない、非常に薄い多数です。
ここから見えてくるのは、自民党が参政党やチームみらいに接近する理由です。数の上では維新と国民民主だけで理論上は足りますが、改憲のような高リスク案件で「ぴったり166」に依存するのは政治的に不安定です。しかも公明党は首相権限の強化に慎重で、緊急時の国会機能維持を語るときも、国民の権利や自由を守る視点を強く前面に出してきました。したがって自民党にとっては、賛成票の確保だけでなく、「これは特定勢力の押し切りではなく、幅広い会派の議論で煮詰まった案だ」という形をつくること自体が重要になります。
参政・みらいに向かう理由
4月9日の衆院憲法審では、自民、維新、国民民主が条文起草委員会の設置を求めた一方、参政党は感染症のまん延を含む緊急事態条項の創設に反対し、チームみらいは手続きと中身の論点を切り分けるべきだと主張しました。この反応だけを見ると、自民党の思惑はすぐには実りそうにありません。もっとも、ここで重要なのは、両党とも完全な「護憲一本」ではないことです。
参政党は現行憲法の部分改正よりも「創憲」を掲げ、自民党案に含まれる緊急事態条項には明確に反対しています。とりわけ、内閣や国会が緊急事態を認定して選挙延期や権限集中を進める構想には、民主主義への重大な影響があると批判してきました。したがって、自民党が2012年草案型の広い国家緊急権を前面に出せば、参政党との協力余地はかなり狭いとみるべきです。
一方で、チームみらいは憲法改正を主軸にした政党ではなく、公式サイトでもテクノロジーによる政治改革、透明化、効率化を前面に出しています。価値観としても、他党と協力できる箇所を探すことを明示しています。このため、チームみらいは改憲推進勢力というより、制度設計が合理的か、議論の進め方が透明かを問うプレーヤーとして位置づける方が実態に近いでしょう。自民党が同党に期待しているのも、全面的な賛同というより、議論の入口で「検討に値する論点」と認めてもらうことだと考えられます。
ここでの重要な観察点は、参政党とチームみらいが同じ「新興勢力」でも、改憲への距離感がかなり違うことです。参政党は理念先行で自民党案との競合色が強く、チームみらいは政策評価型で条件次第の余地を残しています。自民党が両党を同列に扱うと読み違えます。むしろ、参政党には保守層の分散を防ぐ政治的配慮、チームみらいには論点整理の正統性を補う狙いがある、と分けて見る方が筋が通ります。これは各党の公開資料から導ける推論です。
緊急事態条項の争点
任期延長と参院緊急集会の関係
自民党が今回あえて「緊急事態条項」を軸にする理由は、4項目の改憲論点の中でも比較的議論を進めやすいからです。自民党は一貫して、緊急事態対応を自衛隊明記、合区解消、教育充実と並ぶ重点項目に置いてきました。しかも現在の条文イメージでは、単なる首相権限の強化だけでなく、大規模災害時などに議員任期の特例を認める規定を明文化しています。
もっとも、この任期延長論には必ず「参院の緊急集会があるのだから改憲は不要ではないか」という反論がつきまといます。参議院の公式解説によれば、緊急集会は衆院解散後に国に緊急の必要があるとき、参院が暫定的に国会機能を代行する制度です。過去の開催は2回で、次の国会で衆院の同意が得られなければ効力を失います。つまり、あくまで解散後の空白を埋めるための例外措置であり、恒久的な代替制度ではありません。
この点こそ、改憲推進派と慎重派の最大の分岐です。推進派は、衆院解散時だけでなく任期満了時の大災害や、長期にわたって選挙実施が困難になる事態には現行憲法が十分対応していないと主張します。2025年の衆院憲法審で自民党は、参院緊急集会は臨時的・暫定的な制度であり、活動期間も憲法54条が予定する選挙から特別国会までの期間を大きく超える想定ではないと説明してきました。
一方で慎重派は、現行憲法と法律の運用でなお対応可能な余地があるとみます。参政党は、戦争、災害、感染症の各分野で個別法制が整っていると主張し、緊急時にこそ国会審議や選挙参加の機会を奪うべきでないと訴えています。公明党も、緊急時の国会機能維持は重要だとしつつ、首相権限の強化や権利制限には賛成できないという立場を繰り返してきました。つまり、任期延長だけなら理解を示す会派があっても、内閣の非常権限まで含めると賛成の輪は急に狭くなるのです。
首相権限強化への警戒
この構図を踏まえると、自民党が本当に通したいのは、広い意味での国家緊急権ではなく、まずは国会機能維持型の改憲ではないかという見方が浮かびます。これは公式にそう断言されているわけではありませんが、各党の公開資料と直近の審査会での発言を合わせると、かなり有力な推論です。
日本維新の会と国民民主党はともに緊急事態条項の整備に前向きです。維新は緊急事態条項の創設を2026年政策集に明記し、国民民主も、緊急時の行政府の権限統制と国会機能維持を目的とした改憲を公約に掲げています。つまり、自民党が維新・国民民主と組む場合、国会機能維持の論点では足並みをそろえやすい土台がすでにあります。
しかし、公明党は権利制限と行政権強化への警戒を解いておらず、参政党は自民党案そのものに反対、チームみらいは内容よりもプロセスの妥当性を求める構えです。このため、自民党が政令権限の拡張や包括的な緊急事態宣言まで欲張れば、参院での発議ラインは再び遠のきます。逆に、選挙困難時の任期特例や国会機能維持に絞れば、維新・国民民主に加え、公明党の慎重論も吸収しやすくなり、チームみらいにも「議論に参加する余地」を示しやすくなります。
要するに、今回の緊急事態条項論は、危機時に政府を強くする構想と、危機時にも議会を止めない構想が同じ言葉で語られているためにわかりにくいのです。政治日程として進みやすいのは後者です。自民党が参政党やチームみらいにまで協力を探る背景にも、この言葉の幅を使いながら、反発の強い論点と合意しやすい論点を切り分けたい思惑があるとみられます。
注意点・展望
このテーマで最も注意すべきなのは、「自民党が衆院で3分の2を持ったから改憲は目前だ」と単純化しないことです。実際のボトルネックは参院であり、しかも数字上の到達可能性と政治的合意の形成は別問題です。維新と国民民主を足せば参院発議ラインに届くとはいえ、その多数は極めて薄く、公明党の慎重姿勢も無視できません。
もう一つの注意点は、「緊急事態条項」という言葉の中身を分解して考えることです。議員任期の特例、参院緊急集会の限界、オンライン国会、内閣への政令権限付与、権利制限の根拠規定は、似て見えて別の争点です。ここを混同すると、どの会派が何に賛成し、何に反対しているのかが見えなくなります。
今後の見通しとしては、まず衆院憲法審で「どこから条文起草に入るか」が最大の焦点になります。自民党が本気で発議まで持ち込むなら、最初に狙うのは対立の大きい包括的緊急権ではなく、国会機能維持に論点を絞った案である可能性が高いでしょう。そのうえで、チームみらいのような新興勢力を巻き込みながら、参院での166確保に余裕を持たせる戦術を取るかが次の見どころになります。
まとめ
4月9日の衆院憲法審で再燃した緊急事態条項論は、理念対立だけでなく、参院の発議ラインをどう超えるかという国会算術と直結しています。衆院では自民党が単独で3分の2を確保した一方、参院では維新と国民民主を加えてなお「ぎりぎり」の多数にすぎません。だからこそ自民党は、参政党やチームみらいにも協力の余地を探る必要があります。
ただし、参政党は自民党型の緊急事態条項に明確に反対し、チームみらいは手続きの妥当性を重視しています。実際に前に進みやすいのは、政府権限の拡張ではなく、選挙困難時の国会機能維持に論点を絞る案でしょう。今後の憲法審を見るうえでは、「緊急事態条項」という大きな看板より、その中で何を切り出して合意形成を狙うのかを追うことが重要です。
参考資料:
- 衆院憲法審査会が初の実質審議、緊急事態条項の原案作成を自民・維新・国民が求める…参政党は条項創設に反対
- 令和8年4月9日(木) 衆議院会議情報
- 会議日誌・会議資料 - 衆議院憲法審査会
- 日本国憲法 第九十六条
- 参議院の緊急集会
- 会派別所属議員数一覧 第219回国会 令和8年1月22日現在
- 第51回衆議院議員総選挙(衆院選2026)|選挙ドットコム
- 条文案を起草し、憲法改正の早期実現を目指す | Jファイル2026 | 自由民主党
- 緊急事態への対応を強化(条文の新設) | 自由民主党
- 参院の緊急集会をテーマに討議 船田議員が憲法改正の必要性訴え | 自由民主党
- 緊急時の国会機能維持へ丁寧な議論を | 公明党
- 国民の権利、自由を守る | 公明党
- 維新八策2026 個別政策集|日本維新の会
- 憲法 | 国民民主党 特設サイト2026
- 参政党が緊急事態条項に反対する理由 | 参政党
- 新日本憲法(構想案) | 参政党
- チームみらい 公式ホームページ
- チームみらいについて
- 選挙結果 | 衆議院選挙2026 | チームみらい
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