急落でも「買い場」と見る投資家の死角とは
はじめに
2026年3月18日、東京株式市場で日経平均株価は前日比1,539円高(2.87%)の5万5,239円で取引を終えました。5営業日ぶりの大幅反発です。中東情勢の緊迫化で急落が続いた相場に対し、長期目線の投資家たちは「買い場」と見て動いています。
しかし、この強気姿勢には死角があります。原油価格の高騰が長期化すれば、景気後退と物価上昇が同時進行する「スタグフレーション」に陥るリスクが存在するからです。
この記事では、3月の相場急変動の背景と、投資家が見落としがちなリスクについて解説します。
急落と反発の背景
中東情勢と原油価格の急騰
2026年3月に入り、米国・イスラエルとイランの軍事的緊張が一気に高まりました。イラン攻撃前のWTI原油先物価格は1バレル67ドル程度でしたが、3月9日には100ドルを超え、一時111ドルまで急騰しました。
この原油急騰を受けて世界の株式市場は大混乱に陥りました。日経平均は3月9日に一時4,100円超の下落を記録。世界全体では約6兆ドル(約952兆円)の時価総額が消失する事態となりました。
ホルムズ海峡の航行に対する懸念が特に大きく、日本が輸入する原油の約9割が同海峡を通過するため、エネルギー供給への不安が市場を直撃しました。
3月18日の大幅反発
しかし3月18日、市場の雰囲気は一変しました。ホルムズ海峡で一部航行が再開されたとの報道を受け、原油価格がWTIベースで100ドル台から90ドル台へ急落。過度な地政学リスク懸念が後退し、幅広い銘柄に買いが入りました。
午後に入ると原油先物相場がさらに水準を切り下げ、日経平均はじわじわと上げ幅を拡大。結局、高値引けとなりました。半導体関連の強気見通しやAI関連銘柄への期待も、投資家心理の改善に寄与しています。
「買い場」派の論理と見落とされるリスク
長期投資家が強気を維持する理由
中東情勢に振り回される展開が続く中でも、長期目線を自認する投資家は動じていません。その根拠は主に以下の3点です。
第一に、バリュエーション(株価評価指標)の観点です。急落によってPER(株価収益率)が低下し、割安感が出た銘柄が増えています。
第二に、過去の地政学リスク発生時のパターンです。歴史的に、地政学的なショックによる株価下落は一時的であり、数カ月以内に回復するケースが多いとされています。
第三に、日本企業のファンダメンタルズ(基礎的条件)の堅調さです。企業業績の回復基調や、東京証券取引所の改革による株主還元の拡大が下支え要因となっています。
スタグフレーションという死角
しかし、こうした強気姿勢には重大な死角があります。原油価格の高止まりが長期化した場合に起こりうるスタグフレーションです。
スタグフレーションとは、景気停滞(スタグネーション)とインフレーション(物価上昇)が同時に進行する現象です。通常のインフレであれば金融引き締めで対応できますが、スタグフレーションでは景気対策と物価抑制が矛盾するため、政策対応が極めて困難になります。
複数のエコノミストが指摘するように、原油価格が100ドルで高止まりするシナリオでは、日本経済はスタグフレーション的な色合いが強まります。具体的には、輸入物価の上昇がインフレを押し上げる一方で、家計の実質所得を低下させ、個人消費を悪化させるという二重苦が生じます。
トヨタやホンダなど製造業大手は、中東経由の部品調達遅延とエネルギーコスト上昇による工場稼働コストの増加に直面しています。実質賃金の伸び悩みによる国内消費の減退と合わせ、企業業績への下押し圧力は無視できません。
注意点・展望
投資家が注意すべきポイントは、原油価格の動向と中東情勢の行方です。ホルムズ海峡の航行が完全に正常化するかどうかが、今後の相場を左右する最大の変数です。
野村證券の試算によれば、原油価格が100ドルで高止まりした場合と、早期に70ドル台に戻る場合とでは、日本のGDPへの影響が大きく異なります。前者のシナリオでは実質GDPの押し下げ効果が顕在化し、スタグフレーション懸念が現実味を帯びてきます。
一方、資源価格の高騰は商社が保有する資源権益の価値を数千億円単位で押し上げるため、セクターによって明暗が分かれる展開となります。防衛関連銘柄やエネルギー関連銘柄への物色が活発化する可能性もあります。
短期的な反発に安心するのではなく、原油価格の推移と実体経済への波及を注視することが重要です。
まとめ
3月18日の日経平均の大幅反発は、ホルムズ海峡の一部航行再開を受けた安心感によるものでした。長期投資家は急落局面を買い場と捉えていますが、中東情勢の長期化による原油高が続けば、スタグフレーションリスクが顕在化する可能性があります。
「急落は買い場」という判断自体は過去の実績に基づいたものですが、今回はエネルギー供給リスクという構造的な要因が絡んでいます。セクター別の影響度を見極めながら、スタグフレーションシナリオへの備えも怠らないバランスの取れた投資判断が求められるでしょう。
参考資料:
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