ネタニヤフ政権、イラン攻撃でも支持率伸びず
はじめに
イスラエルの地元紙マアリヴが2026年3月11〜12日に実施した世論調査によると、ネタニヤフ首相率いるリクード党の支持率は、イラン攻撃後も顕著な上昇を見せていません。軍事作戦そのものへの賛意は高いにもかかわらず、ネタニヤフ首相個人や連立政権への支持は伸び悩んでいます。
この結果は、イスラエル社会に深い分断が存在していることを示しています。本記事では、世論調査の詳細と、イスラエル国内で何が起きているのかを解説します。
イラン攻撃への国民の反応
軍事作戦への高い支持
2026年2月28日に始まったイスラエル・米国によるイラン攻撃に対し、イスラエル国民の支持は圧倒的に高い水準にあります。イスラエル民主主義研究所が3月4日に発表した世論調査では、ユダヤ系イスラエル人の93%が攻撃を支持すると回答しました。
3月12日に公表された後続調査でも、対イラン軍事作戦への支持率は全体で81.0%と依然として高い水準を維持しています。核の脅威排除や弾道ミサイル兵器庫の破壊といった作戦目標に対し、国民の多くが必要な行動だと認識していることがうかがえます。
さらに、ネタニヤフ首相の作戦運営能力について、ユダヤ系イスラエル人の74%が「信頼している」または「ある程度は信頼している」と回答しています。軍事的リーダーシップに対する一定の評価は存在しています。
政権支持率は伸び悩み
しかし、こうした軍事作戦への高い支持は、ネタニヤフ政権の政治的支持には直結していません。マアリヴ紙の世論調査によると、仮に今すぐ選挙が実施された場合、リクード党の想定獲得議席数は27議席にとどまりました。イラン攻撃の直前と比較しても1議席増にすぎません。
ネタニヤフ首相が率いる連立政権全体でも51議席にとどまり、過半数の61議席に遠く及びません。一方、野党陣営の想定議席数は59議席と、連立政権を大きく上回っています。国会(クネセト)の定数は120議席であり、現状では野党優位の構図が続いています。
イスラエル社会の分断
強権化への懸念
ネタニヤフ首相への支持が伸びない背景には、同首相の強権的な政治姿勢に対する根深い懸念があります。2023年にネタニヤフ政権が推進した司法改革は、最高裁判所の権限を制限し、判事の選定に政府の意向を反映させる内容でした。
この司法改革に対しては、イスラエル史上最大規模の反対デモが発生しました。主催者側の発表によると、全国で63万人が反対の声を上げています。法案成立後の世論調査では、28%が国外移住を検討中と回答するなど、社会の分断は深刻化しました。
ネタニヤフ首相自身が汚職・腐敗容疑で裁判中であるにもかかわらず、司法制度の改革を推し進めたことが、国民の不信感を強めた要因の一つです。
戦時と政治の乖離
イラン攻撃を支持する一方でネタニヤフ政権を支持しないという世論の「ねじれ」は、イスラエル特有の政治文化を反映しています。国家の安全保障に関わる軍事行動については超党派的に支持する傾向がある一方、内政面での不満や指導者個人への評価は別の基準で判断されています。
つまり、イスラエルの有権者は「イランへの攻撃は正しいが、ネタニヤフがこの国のリーダーであるべきかは別問題」と考えているのです。この乖離は、2026年秋までに予定されている総選挙に向けて大きな意味を持ちます。
2026年秋の総選挙に向けて
ネタニヤフ首相の政権維持戦略
イスラエル議会は2026年秋に4年の任期を迎え、総選挙が行われる見通しです。ネタニヤフ首相はあらゆる手段を使って政権維持を図っていると報じられています。
報道によると、ネタニヤフ首相は自身の汚職裁判に関して「判決前の恩赦」を大統領に要請したほか、アラブ系会派を議会から排除しようとする動きも伝えられています。これらの行動は、ネタニヤフ首相が政治的生き残りに危機感を抱いていることを示唆しています。
野党陣営の動向
世論調査では野党陣営が59議席と連立政権を上回っていますが、イスラエルの多党制の下では、野党が一枚岩で連立を組めるかは不透明です。過去にも世論調査の予測と実際の選挙結果が大きく異なった例は多く、選挙までの政局次第で情勢は大きく変動する可能性があります。
注意点・展望
イスラエルの世論調査を読む際には、いくつかの注意点があります。まず、ユダヤ系市民とアラブ系市民で回答傾向が大きく異なることです。軍事作戦への支持率93%はユダヤ系の数字であり、アラブ系市民を含めた全体像はこれとは異なります。
また、イラン攻撃が長期化するにつれ、経済的負担や国際的孤立への懸念が高まり、世論が変化する可能性もあります。ホルムズ海峡の通航停止に伴う原油価格の高騰は、イスラエル経済にも影響を及ぼします。
2026年秋の総選挙は、イスラエルの進路を決める重要な転換点となります。イラン攻撃の帰趨、人質問題の進展、経済状況など、複数の要因が有権者の判断を左右するでしょう。
まとめ
イスラエル国民はイラン攻撃を強く支持する一方で、ネタニヤフ政権の政治的支持は伸び悩んでいます。リクード党の想定議席は27にとどまり、連立政権全体でも過半数に遠く及ばない51議席です。軍事的リーダーシップへの評価と政治的支持の乖離は、司法改革や汚職裁判をめぐる国民の不信感に根ざしています。
2026年秋の総選挙に向けて、ネタニヤフ首相がこの「ねじれ」を克服できるかが焦点です。イラン攻撃という安全保障上の危機が、政権への追い風にはなっていないという現実は、イスラエル社会の深い分断を如実に映し出しています。
参考資料:
関連記事
イランがイスラエル核施設周辺を攻撃 報復の連鎖が示す危機
イランがイスラエル南部ディモナの原子力施設周辺にミサイル攻撃を実施し、180人以上が負傷。核施設を標的とした報復の応酬が意味する中東危機の新局面を解説します。
イラン人の結束力の源泉「敗者の誇り」とは
アラブ征服からモンゴル侵攻、そして現代の米・イスラエルとの対立まで。大国に敗れるたびに結束を強めてきたイラン人の国民性と歴史的背景を、世界史の視点から解説します。
イスラエルがイラン安保トップのラリジャニ氏殺害
イスラエル軍がイラン最高安全保障委員会のラリジャニ事務局長を殺害したと発表。ハメネイ師に続く要人殺害がイラン指導部に与える打撃と中東情勢への影響を解説します。
イスラエルがラリジャニ氏殺害、イラン新体制に大打撃
イスラエルがイラン最高安全保障委員会のラリジャニ事務局長を殺害したと発表。核交渉や政策調整の要を失ったイラン新指導部への影響と今後の中東情勢を解説します。
イラン抗戦2週間、消耗戦の全貌と今後の展望
米国・イスラエルによるイラン攻撃開始から2週間。徹底抗戦を続けるイランの消耗戦戦略と、ミサイル・ドローン無力化が困難な理由、世界経済への影響を解説します。
最新ニュース
アクティビストの標的が変化、還元から再編へ
割安株の減少でPBR1倍超え企業も標的に。アクティビストの投資戦略が株主還元から事業再編へとシフトする背景と今後の展望を解説します。
アームが初の自社製チップ発表、AI半導体市場に本格参入
ソフトバンクグループ傘下の英アームが35年の歴史で初めて自社製チップ「AGI CPU」を発表。メタやOpenAIを顧客に迎え、5年で年間150億ドルの売上を目指す戦略転換の全容を解説します。
Armが半導体自前開発に参入、AI向けCPUで事業転換
ソフトバンク傘下の英Armが35年間のIPライセンスモデルを転換し、自社開発チップ「AGI CPU」でメタやオープンAIにAI半導体を直接供給する戦略の背景と影響を解説します。
イビデン大幅続伸の背景と半導体銘柄上昇の全貌
2026年3月25日、イビデンが特別利益491億円の計上発表で大幅続伸。半導体関連銘柄が軒並み上昇した背景には、米イラン停戦期待による原油下落と投資家心理の改善がありました。
イラン強硬派「3人組」の実権と米15項目和平案の行方
ハメネイ師亡き後のイランで実権を握る革命防衛隊出身の強硬派3人組と、トランプ政権が提示した15項目の和平案の内容・交渉の行方を詳しく解説します。