日経平均2892円安、崩れた「イラン楽観シナリオ」
はじめに
2026年3月9日、東京株式市場で日経平均株価は終値で2,892円12銭安の52,728円72銭を記録しました。この下げ幅は、2024年8月の日銀追加利上げショック(4,451円安)、1987年10月のブラックマンデー(3,836円安)に次ぐ歴代3位の大きさです。午前中には一時4,200円超の急落となり、「パニック売り」の様相を呈しました。
「有事の株安は長続きしない」という市場の楽観シナリオは完全に後退し、原油高を背景としたスタグフレーション(物価高と景気後退の同時進行)への懸念が急速に広がっています。株安・円安・債券安の「トリプル安」という、日本経済にとって最も厳しい展開が現実味を帯びてきました。
楽観シナリオはなぜ崩壊したか
当初の市場の読み
2月28日に米国がイスラエルとともにイランを攻撃し、最高指導者ハメネイ師が死亡した直後、市場には一定の楽観論がありました。「指導者を排除すれば紛争は4~5週間で収束する」「有事の株安は歴史的に短期で終わる」という見方です。実際に2024年4月のイスラエル・イラン間の限定的な軍事衝突では、市場への影響は短期間で収束しました。
しかし、今回の紛争は根本的に異なる展開をたどっています。
想定外の長期化リスク
3月8日、イラン国営メディアはハメネイ師の後継として次男のモジタバ・ハメネイ師が新たな最高指導者に選出されたと報じました。体制転換ではなく体制の継続が選択されたことで、イラン側の抵抗が続く可能性が高まりました。
さらに、トランプ米大統領は「必要ならいくらでもやる」と発言し、当初見込んでいた4~5週間より「はるかに長い時間」攻撃を続ける可能性を示唆しました。これにより「早期終結」という楽観シナリオの根拠が大きく揺らいでいます。
ホルムズ海峡の事実上の封鎖
市場を最も動揺させたのは、ホルムズ海峡の商業航行が事実上停止していることです。イランは反撃としてUAEやサウジアラビアなど湾岸諸国を攻撃し、ホルムズ海峡の封鎖を示唆しました。物理的な封鎖は行われていないものの、保険会社がこの海域を航行する船舶への保険引き受けを停止したため、事実上の航行不能状態に陥っています。
これは世界の石油供給の約20%が影響を受ける、歴史上最大規模の石油供給途絶です。1956年のスエズ危機を超える規模とされ、イラクは産油量を60%削減し、日量約430万バレルから170~180万バレルに減少。クウェートやUAEも生産を縮小しています。
スタグフレーションの現実味
原油119ドルが突きつける問題
ブレント原油先物が1バレル119ドルに達したことで、スタグフレーション懸念が一気に浮上しました。原油高はガソリンや電気料金の上昇を通じて消費者物価を押し上げると同時に、企業のコスト増加を通じて経済活動を冷え込ませる「二重の悪影響」をもたらします。
モルガン・スタンレーの分析によれば、原油価格の持続的な上昇はインフレを加速させ、家計消費を圧迫する可能性があります。中央銀行はインフレ抑制のために金融引き締めを維持せざるを得ず、景気後退リスクが高まるという悪循環に陥りかねません。
日本経済への特有のリスク
エネルギー自給率が極めて低い日本にとって、中東からの原油供給途絶は特に深刻です。日本のエネルギー輸入の約9割が中東経由であり、ホルムズ海峡の航行停止は直接的な打撃となります。
3月9日の東京市場では株安だけでなく、円安と債券安(金利上昇)も同時に進行し、「トリプル安」の様相を呈しました。通常、有事には安全資産として円が買われますが、今回はエネルギー輸入コストの増大が日本の経常収支を悪化させるとの見方から、円売りが進んでいます。
世界市場からの資金流出
イラン紛争の開始以降、世界の株式市場から約6兆ドル(約952兆円)の時価総額が消失したとされています。投資家は現金やゴールドなどの安全資産に資金を移しており、リスク資産全般からの資金流出が続いています。
注意点・展望
今後の展開を読む上で、3つのシナリオが考えられます。
シナリオ1:早期収束(楽観) - 米国とイランが停戦に合意し、ホルムズ海峡の航行が再開される。原油価格は急落し、株式市場は急速に回復する。ただし、イラン新指導者の強硬姿勢を考えると、短期的な実現可能性は低下しています。
シナリオ2:長期化(基本) - 紛争が数カ月単位で続き、原油価格は高止まり。スタグフレーション懸念が本格化し、株式市場は不安定な展開が続く。
シナリオ3:エスカレーション(悲観) - ホルムズ海峡の物理的封鎖や紛争の地域的拡大が起こり、原油価格が150ドルを超える。世界的なリセッションに発展する。
個人投資家にとっては、このような不透明な局面で「底値を狙う」ことは極めてリスクが高い判断です。投資判断は地政学リスクの帰趨を見極めてからでも遅くありません。
まとめ
日経平均株価の歴代3位となる2,892円安は、「イラン楽観シナリオ」の崩壊を市場が織り込んだ結果です。ホルムズ海峡の事実上の封鎖による史上最大規模の石油供給途絶、新指導者の選出による紛争長期化リスク、そしてスタグフレーションへの懸念が重なり、投資家心理は大きく冷え込んでいます。
日本は中東エネルギーへの依存度が高いだけに、株安・円安・債券安の「トリプル安」という最悪の展開も視野に入っています。地政学リスクの推移を冷静に見極めながら、ポートフォリオの防御的な見直しを進めることが重要な局面です。
参考資料:
- 日経平均は大幅反落、イラン情勢の長期化懸念で歴代3位の下げ幅 - Newsweek Japan
- 東京株2892円安、過去3番目下げ - 時事ドットコム
- The U.S.-Iran war is the biggest oil supply disruption in history - CNBC
- Oil, gas prices spike as Iran war thrusts Strait of Hormuz into crisis - Axios
- イラン情勢 早期終結シナリオと長期化シナリオ - Invesco
- スタグフレーション取引一色、供給ショック長期化織り込む金融市場 - Bloomberg
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