石油節約で世界が動く ホルムズ危機と各国の苦悩
はじめに
2026年3月のイラン革命防衛隊(IRGC)によるホルムズ海峡封鎖宣言を受け、世界の石油供給は深刻な混乱に陥っています。国際エネルギー機関(IEA)はこれを「近代史上最大の供給ショック」と位置づけ、各国政府に迅速な石油需要の削減を求めています。
こうした中、週4日勤務の導入や車両使用の制限、在宅勤務の推進など、石油消費を抑制するための施策が世界各地で加速しています。一方で日本を含む多くの国では、燃料価格の高騰を和らげるための補助金や減税措置も同時に実施されており、「需要抑制」と「購入支援」という相矛盾する政策のはざまで各国が苦悩する構図が浮かび上がっています。
本記事では、ホルムズ海峡危機を背景に世界で広がる石油節約の動きと、日本が直面する政策的ジレンマについて解説します。
アジアで先行する石油需要の抑制策
週4日勤務と在宅勤務の拡大
石油供給の逼迫が最も深刻な影響を及ぼしているのがアジア諸国です。ホルムズ海峡は世界の石油輸送量の約2割を担っており、中東からの原油に大きく依存するアジアの国々では、燃料消費を直接的に削減する施策が相次いで導入されています。
スリランカは毎週水曜日を公的機関の休日とする週4日勤務制を導入しました。同国の石油備蓄は約6週間分とされ、燃料消費を少しでも抑制するための緊急措置です。給油制限に加え、計画停電も実施されています。
フィリピンでは政府職員を対象に週4日勤務制が採用され、可能な限り在宅勤務とする方針が打ち出されました。パキスタンでも一部の政府機関で週4日勤務が導入されたほか、公立学校の休校や対面会議の禁止が実施されています。さらに、すべての公的・民間企業に対して従業員の50%を在宅勤務とするよう義務付ける措置も取られています。
車両使用制限と速度制限
パキスタンでは高速道路の制限速度が時速120キロメートルから100キロメートルに引き下げられました。IEAの試算によると、高速道路の速度を時速10キロメートル引き下げるだけで、個々のドライバーの燃料消費を5〜10%削減できるとされています。
ベトナムでは自転車の利用や相乗り、公共交通機関の活用が政府によって推奨され、個人車両の使用制限が進められています。タイでは冷房負荷を下げるため、オフィスワーカーに半袖シャツの着用を政府が呼びかけるなど、ユニークな省エネ施策も登場しています。
欧州の対応――減税・価格抑制と需要削減の同時進行
EU全体の方針と各国の温度差
欧州でもホルムズ海峡封鎖の影響は大きく、EUはガス価格が約70%、原油価格が約50%上昇し、化石燃料の輸入コストが推定130億ユーロ増加したと報告しています。
欧州委員会のダン・ヨルゲンセン・エネルギー担当委員は4月1日、加盟国に対して石油・ガスの使用削減を求める声明を発表しました。具体的には「可能な場合は在宅勤務」「高速道路の制限速度を時速10キロメートル引き下げ」「公共交通機関の利用促進」「私用車のアクセスの交互制限」「カーシェアリングの拡大」「エコドライブの実践」などが推奨されています。
しかし、ブリュッセルからの統一的な対応策が示されない中、各国は独自の施策を模索しています。
スペイン・ポルトガルの減税措置
スペイン政府は50億ユーロ規模の対策パッケージを閣議決定し、ガソリンを含むすべてのエネルギーに対するVAT(付加価値税)を21%から10%に引き下げました。適用期限は2026年6月末までとされています。
ポルトガルのルイス・モンテネグロ政権は、ディーゼル燃料税を1リットルあたり3.55セント引き下げる「一時的かつ臨時の」措置を発表しました。電気料金は約13%削減され、ガソリンとディーゼルは1リットルあたり約30セント安くなるとされています。
このように欧州では需要抑制の呼びかけと、価格上昇の負担を和らげる減税措置が並行して進められており、政策の一貫性が問われる状況です。
日本の対応と政策的ジレンマ
ガソリン補助金の拡充と備蓄放出
日本政府はホルムズ海峡封鎖を受けて、燃料油の価格抑制策を2026年3月19日から再開しました。3月26日以降の補助金支給単価は、ガソリン・灯油・重油で1リットルあたり48.1円、軽油で65.2円と、2022年1月の制度開始以来の過去最高額に達しています。政府はガソリン小売価格を全国平均で1リットルあたり170円程度に抑えることを目指しています。
石油備蓄についても、3月16日から15日分の民間備蓄の放出が開始され、続いて3月26日からは国家備蓄の放出も始まりました。放出予定の総量は約850万キロリットル(約5,400億円相当)で、国内需要の約1カ月分に相当します。
「節電排除せず」と補助金の矛盾
高市早苗首相は、節電や石油製品の節約を国民に要請する可能性を「排除しない」との姿勢を示しています。しかし、首相周辺からは「まだ石油の備蓄がある中、経済活動の制限は大きな損失になる」との声が上がっており、経済活動の継続を優先する方針がにじみます。
ここに構造的な矛盾があります。補助金によってガソリン価格が比較的低く抑えられれば、消費者の節約インセンティブは弱まり、ガソリン車の使用は減りません。需要抑制を呼びかけながら、同時に価格を引き下げる補助金を出すという二つの政策は本質的に相反しています。
さらに、補助金の財源問題も深刻です。野村総合研究所の試算では、現行の補助水準を維持した場合、追加された8,000億円の予算も早期に枯渇する可能性が指摘されています。財政負担の拡大は円安圧力を生み、燃料を含む物価のさらなる上昇を招くリスクがあります。
トランプ大統領の「自力確保」要求
この問題をさらに複雑にしているのが、トランプ大統領の姿勢です。4月1日のホワイトハウスでの国民向け演説で、トランプ氏はホルムズ海峡を経由して石油を調達する国々に対し、「米国から石油を購入するか、海峡の安全を自ら確保せよ」と要求しました。
米国はペルシャ湾のエネルギー資源に依存していないことを強調した上で、フランスや日本を名指しして「自分たちで海峡を通り、自分たちで対処すればいい」と述べています。日本がホルムズ海峡経由の石油輸入に大きく依存している現実を踏まえれば、この発言は日本のエネルギー安全保障に根本的な問いを突きつけるものです。
注意点・今後の展望
需要抑制と価格支援の両立は可能か
各国が直面している最大の課題は、石油需要の抑制と国民生活の保護をいかに両立させるかです。減税や補助金は短期的に消費者の負担を和らげますが、需要抑制のシグナルを弱めるという副作用があります。
IEAは在宅勤務を週3日追加するだけで国全体の自動車向け石油消費を2〜6%削減できると試算しています。価格政策だけでなく、労働形態の変革や交通手段の転換といった構造的な対策が求められています。
日本のエネルギー安保の再考
ホルムズ海峡の封鎖は、日本のエネルギー供給の脆弱性を改めて浮き彫りにしました。代替ルートとしてUAEのフジャイラ港やサウジアラビアの紅海沿岸ヤンブー港の活用が進んでいますが、輸送コストの大幅な増加は避けられません。中長期的には調達先の多角化、再生可能エネルギーの拡大、省エネ技術の導入加速が不可欠です。
まとめ
ホルムズ海峡封鎖という未曽有の事態を受け、世界各国は週4日勤務制の導入、車両使用制限、在宅勤務の推進など、石油消費を直接的に抑える施策を展開しています。一方で、燃料価格の高騰から国民生活を守るための補助金や減税も同時に行われており、需要抑制と価格支援という矛盾した政策のバランスに各国が苦慮しています。
日本では経済活動の継続を優先する方針の下でガソリン補助金が過去最高水準に拡充されていますが、トランプ大統領の「自力確保」要求や備蓄の限界を考えると、より踏み込んだ需要抑制策の検討も避けられない局面に差しかかっています。今こそ短期的な価格対策だけでなく、エネルギー安全保障の全体像を見据えた議論が求められています。
参考資料:
- ホルムズ海峡封鎖、原油不足で生活はどうなる? 給油制限、週休3日……各国の状況 - ピースウィンズ
- IEA urges swift cuts in oil demand, encourages remote work, less air travel - Euronews
- Fuel caps, VAT cuts, and waiting: How Europe is responding to the energy price shock - EU Perspectives
- 節電・節約の要請、慎重に検討 電気・ガソリン補助金に「矛盾」疑問視も - 時事ドットコム
- 高市首相「ガソリン補助金復活」で170円に抑える腹だけど…財源2800億円は「1カ月強で底つく」試算も - 東京新聞
- トランプ大統領のイラン情勢に関する国民向け演説要約 - JETRO
- 原油の国家備蓄放出を開始へ - 野村総合研究所
- Sri Lanka just launched a four-day work week - Fortune
- Asia rolls out four-day weeks and work-from-home as emergency measures - Fortune
関連記事
オイルショックの教訓が今こそ問われる理由
1970年代の石油危機を乗り越えた経営者たちの証言とホルムズ海峡危機への示唆
トランプ氏がウクライナ支援を条件化、欧州安保が直面する厳しい現実
ホルムズ海峡を巡る対欧圧力とNATO結束、ウクライナ支援連動の地政学リスク
トランプ氏のホルムズ終戦論、封鎖残存で揺れる同盟国と原油市場
ホルムズ海峡の再開を後回しにする米戦略と同盟国負担、原油・LNG市場への広範波及
日米首脳会談で浮上したエネルギー安保の課題
高市首相とトランプ大統領の日米首脳会談で議論されたエネルギー価格安定策やホルムズ海峡問題、11兆円規模の対米投資について詳しく解説します。
自衛隊の中東派遣が焦点に ホルムズ海峡問題の行方
トランプ大統領がホルムズ海峡の安全確保に向けて日本に艦船派遣を要請。日米首脳会談を前に、自衛隊派遣の法的課題とエネルギー安全保障の現実を解説します。