原油高と訪日客減少で円安加速、旅行収支の防波堤に亀裂
はじめに
2026年3月、東京外国為替市場でドル円相場が159円台前半に達し、160円台突破が現実味を帯びています。背景にあるのは、中東情勢の緊迫化による原油価格の急騰と、それに伴うドル高・円安の流れです。
これまで日本の経常収支を下支えしてきたのが、インバウンド(訪日外国人客)の急増による旅行収支の黒字でした。しかし、原油高が長期化すれば訪日客の減少につながり、「円買い」の縮小という新たな円安要因が加わる可能性があります。
本記事では、原油高と旅行収支の関係、そして円安がさらに進むリスクについて詳しく解説します。
原油高騰の背景と為替への影響
イラン情勢が引き金に
2026年2月末、米国とイスラエルがイランへの軍事攻撃に踏み切ったことで、原油市場は一変しました。WTI原油先物価格は攻撃前の1バレル67ドル程度から急騰し、3月上旬には一時120ドル近くまで上昇しています。
さらに、北海ブレント原油先物は終値で1バレル100ドルを超え、2022年8月以来の高水準を記録しました。イランの主要輸出拠点であるカーグ島への空爆により、中東全体の供給リスクが一段と高まっています。
原油高がドル高・円安を後押し
原油価格の高騰は、複数の経路で円安を加速させます。まず、原油取引は米ドル建てで行われるため、原油高はドル需要を押し上げます。日本は原油の大半を輸入に頼っており、エネルギー輸入額の増加は貿易赤字の拡大に直結します。
3月12日の東京市場では円が一時1ドル=159円24銭まで下落し、年初来安値に接近しました。テクニカル分析でも、ドル円は週足・日足ともに強気のトレンドが継続しており、160円突破は時間の問題との見方が広がっています。
旅行収支の「防波堤」が揺らぐ構造
インバウンド黒字が経常収支を支えてきた
近年、日本の経常収支を語るうえで旅行収支の存在感は急速に高まっていました。2025年の訪日外国人消費額は9兆4,559億円と過去最高を記録し、訪日客数も4,268万人に達しています。
旅行収支の黒字は6兆円を超える規模に成長し、貿易赤字やデジタル関連のサービス収支赤字を補う「防波堤」としての役割を果たしてきました。2025年の経常収支は32兆1,220億円の黒字と3年連続で史上最高額を更新する見通しですが、その内実は第一次所得収支(海外投資からの利子・配当金)に大きく依存しています。
2026年は訪日客の減少が予測される
JTBの推計によると、2026年の訪日外国人旅行者数は前年比2.8%減の4,140万人にとどまる見通しです。中国・香港からの訪日需要の減退が主因ですが、原油高による航空運賃の上昇も旅行意欲を冷やす要因となります。
訪日客が減少すれば、外国人が日本国内で使う外貨(=円買い)が縮小します。これまで旅行収支の黒字が生み出していた「実需の円買い」が細ることで、為替市場における円の下支えが弱まるのです。
原油高が「二重の円安圧力」を生む仕組み
原油高は日本にとって「二重の円安圧力」をもたらします。第一に、エネルギー輸入の増加による「円売りの拡大」です。第二に、航空運賃の上昇を通じたインバウンド減少による「円買いの縮小」です。
この2つの力が同時に働くことで、円安の進行スピードが加速する恐れがあります。野村総合研究所の分析によれば、原油価格の高騰は物価上昇率を再び押し上げ、国民生活への悪影響も懸念されています。
為替介入の可能性と限界
160円ラインの攻防
政府・日本銀行による為替介入への警戒感は高まっています。しかし、市場関係者の間では「原油高がドル高の背景にあるため、円買い介入のハードルは高い」との見方が優勢です。
Bloombergの報道によれば、高市政権は為替に対するけん制発言を強めているものの、原油高と円安の二重苦のなかで手詰まり感がにじんでいます。日韓協調介入の可能性も一部で浮上していますが、実現には多くの調整が必要です。
構造的な円安圧力が続く
仮に為替介入が実施されても、原油高という構造的な要因が解消されない限り、効果は一時的にとどまる可能性があります。2025年度のサービス収支は3兆2,390億円の赤字で、デジタル関連収支の赤字拡大もサービス収支全体を圧迫しています。
旅行収支の黒字だけでは、貿易赤字とデジタル赤字の両方を補いきれない構造が鮮明になりつつあります。
注意点・展望
原油価格は中東情勢次第で大きく変動するため、今後の地政学リスクの動向が最大の変数です。イラン情勢が沈静化に向かえば、原油価格の下落とともに円安圧力も和らぐ可能性があります。
一方で、ホルムズ海峡の通航リスクが長期化すれば、原油の安定供給そのものが脅かされ、日本経済にスタグフレーション(景気停滞下の物価上昇)のリスクをもたらしかねません。
観光庁は2026年度予算を前年比約2.4倍の1,383億円に増額し、国際観光旅客税も1,000円から3,000円に引き上げる方針です。オーバーツーリズム対策と並行して、インバウンドの「量より質」への転換が急がれます。
まとめ
原油高による円売り圧力の拡大と、訪日客減少による円買い力の縮小という「二重の円安要因」が、日本の為替市場に重くのしかかっています。これまで経常収支の防波堤として機能してきた旅行収支の黒字は、原油高の長期化によってその効力が弱まりつつあります。
今後の為替動向を見極めるうえでは、中東情勢の推移と原油価格の動き、そしてインバウンド需要の変化を総合的に注視する必要があります。円安は輸出企業にとって追い風となる一方、エネルギーコストや生活物価の上昇を通じて家計を圧迫するため、バランスのとれた政策対応が求められます。
参考資料:
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