第174回芥川賞・直木賞が決定、3氏が受賞の栄誉

by nicoxz

はじめに

2026年1月14日、第174回芥川龍之介賞・直木三十五賞の選考会が東京・築地の料亭「新喜楽」で開催されました。

芥川賞は鳥山まこと氏(33)の「時の家」と畠山丑雄氏(33)の「叫び」のダブル受賞、直木賞は嶋津輝氏(56)の「カフェーの帰り道」に決定しました。

2025年7月の前回(第173回)は両賞とも「該当作なし」という結果で、1998年以来27年半ぶりの異例の事態でした。今回はその反動もあってか、充実した受賞作が揃い、文学ファンにとって喜ばしい発表となりました。

本記事では、3名の受賞者と受賞作品の魅力を詳しく解説します。

芥川賞:鳥山まこと「時の家」

建築士が紡ぐ「家と記憶」の物語

鳥山まこと氏は1992年、兵庫県宝塚市生まれ。京都府立大学を卒業後、九州大学大学院修士課程を修了しました。現在は明石市で暮らしながら、建築士として活動しています。

小説家としては、2023年に「あるもの」で第29回三田文學新人賞を受賞してデビュー。2025年に発表した「時の家」は、野間文芸新人賞を受賞し、今回の芥川賞は初の候補入りでの受賞となりました。

作品の魅力

「時の家」は、ある一軒の平屋を舞台に、三代の住人たちの人生を描いた作品です。物語は「訪問者」である青年のスケッチによって、家に宿る記憶が呼び起こされていく形式で進みます。

建築士である初代の住人・藪さんが魂を込めて設計した家は、丸柱や天井、漆喰の壁といった細部まで美しく描かれています。そこには住人たちの記憶と感情が宿り、彼らが笑い、悲しみ、愛した時間が壮大なスケールでよみがえります。

震災の記憶、コロナ禍の日々、家族との思い出が交差し、人の記憶と時間の複雑な関係性が浮かび上がります。鳥山氏自身が建築士であることから、空間の描写がとても繊細で、壁や床、部屋の温度、光の入り方などが登場人物たちの感情を包み込む器として機能しています。

選考委員の評価

選考委員の平野啓一郎氏は「スピードが求められる世の中で、ディテールにこだわって描写し尽くした」と高く評価しました。「群像」掲載時からその傑出した完成度が話題を呼んでおり、受賞は順当との声が多く聞かれます。

芥川賞:畠山丑雄「叫び」

地方公務員から文学の道へ

畠山丑雄氏は1992年、大阪府吹田市生まれ。京都大学文学部を卒業後、大学在学中の2015年に「地の底の記憶」で第52回文藝賞を受賞してデビューしました。

現在は大阪府茨木市在住で、地方公務員の傍ら執筆活動を続けています。2024年には「改元」が三島由紀夫賞候補となり注目を集めていました。芥川賞は今回が初の候補入りでの受賞です。

作品の魅力

「叫び」は、大阪の茨木、満州、そして2025年大阪万博を舞台に、銅鐸を作り、歴史を学び、恋をした男の物語です。

畠山氏の作風に共通するのは、声高な主張ではなく、沈黙のなかに滲む情感です。登場人物たちは何かを失い、あるいはうまく言葉にできない違和感を抱えながら、日常を生きています。「政と聖を描く」という紹介文が示すように、歴史と現代を行き来しながら、日本という国の深層に迫る意欲作です。

「新潮」2025年12月号に掲載された本作は、実に2年半ぶりの文芸誌発表作品でした。その間の熟成が、「戦後日本」を問う圧巻の現代小説として結実しました。

直木賞:嶋津輝「カフェーの帰り道」

遅咲きの実力派が栄冠に

嶋津輝氏は1969年、東京都荒川区生まれ。日本大学法学部を卒業後、音響メーカーの広報、税理士法人、投資会社、法律事務所など、7社を転々としてきた異色の経歴を持ちます。

41歳のとき、投資会社時代にリーマンショックで仕事が減ったことをきっかけに小説教室に通い始めました。2016年に「姉といもうと」で第96回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。2023年には「襷がけの二人」で第170回直木賞候補となり、今回は2回目の候補入りでの受賞となりました。

受賞に際して嶋津氏は「人生経験がなければ何も書けなかったと思うので、いろいろな人、ビジネスを見てきたのは役に立った」と語っています。

作品の魅力

「カフェーの帰り道」は、大正から昭和にかけて、東京・上野の片隅にある「カフェー西行」を舞台にした連作短編集です。

あまり流行っていないこのカフェーには、個性豊かな女給たちが働いていました。竹久夢二風の化粧で注目を集めるタイ子、小説修業が上手くいかず焦るセイ、嘘つきだが面倒見のいい美登里、大胆な嘘で驚かせる年上の新米・園子。彼女たちは「西行」で朗らかに働き、それぞれの道を見つけて去っていきます。

収録作品は「稲子のカフェー」「嘘つき美登里」「出戻りセイ」「タイ子の昔」「幾子のお土産」の全5編。「百年前のわたしたちの物語」として、現代の読者にも響く普遍的なテーマが描かれています。

選考委員の評価

選考委員の宮部みゆき氏は「大戦から戦後までの空気感を知っている世代が存命だが、十分に時代の空気を出している」と評価しました。

嶋津氏は「100年前の話でも、読んだ方が何か現代と通じるものを感じてくれたらいい」と語っており、時代を超えた女性たちの生き方への共感が作品の核となっています。

注意点・展望

芥川賞・直木賞の変化

近年の芥川賞・直木賞は、従来の純文学とエンターテインメントという枠組みを超えた多様な作品が候補に挙がるようになっています。今回の受賞作も、「時の家」は建築という専門分野の知見を活かした作品、「叫び」は歴史と現代を接続する意欲作、「カフェーの帰り道」は大正・昭和の風俗を丁寧に描いた作品と、いずれも個性的です。

前回の「該当作なし」から一転

前回(第173回)は両賞とも「該当作なし」となり、1998年以来27年半ぶりの事態として大きな話題となりました。直木賞選考委員の京極夏彦氏は「1つを選ぶわけにはいかない」と難しい選考だったことを明かしていました。

今回は充実した候補作が揃い、特に芥川賞はダブル受賞という結果になりました。両賞あわせて3作品の受賞は、日本文学の層の厚さを示すものといえます。

今後の文学シーンへの期待

鳥山氏と畠山氏はともに33歳と若く、今後の活躍が期待されます。嶋津氏は56歳での受賞で、遅咲きの実力派として注目を集めることになりました。

贈呈式は2月下旬に都内で開かれ、受賞者には正賞の時計と副賞100万円が贈られます。

まとめ

第174回芥川賞・直木賞は、芥川賞に鳥山まこと氏「時の家」と畠山丑雄氏「叫び」、直木賞に嶋津輝氏「カフェーの帰り道」が選ばれました。

建築士として空間を描く鳥山氏、歴史と現代を接続する畠山氏、100年前の女性たちの姿を鮮やかに描く嶋津氏と、三者三様の個性が際立つ受賞となりました。

前回の「両賞該当なし」から一転、今回は充実した作品が揃い、日本文学の豊かさを改めて示す結果となりました。受賞作はいずれも書店で入手可能ですので、ぜひ手に取ってみてください。

参考資料:

最新ニュース