ウナギ国際規制が否決、日欧で割れた資源評価と科学的空白の実像
はじめに
2025年11月、ウズベキスタンのサマルカンドで開かれたCITES第20回締約国会議では、ウナギ類を一括して付属書IIに載せる提案が否決されました。賛成より反対が大きく上回り、議論は「保全か取引か」という単純な対立では片づかない様相を示しました。
EU側は、違法取引や種の見分けにくさを理由に、国際取引の追跡を強める必要があると主張しました。一方、日本や中国などは、全種一括の規制は科学的根拠が弱く、既存の管理措置で対応すべきだと反論しました。
この論争が難しいのは、どちらか一方だけが明確に正しく、もう一方が誤っている構図ではないためです。ウナギは海で生まれ、川や沿岸で育ち、再び海へ戻る複雑な回遊魚です。資源量を直接つかみにくく、取引規制の必要性を判断する科学も、実はかなり不確実です。本記事では、否決の背景と、日欧の見解が真っ二つに割れた理由を整理します。
CITES否決を生んだ日欧の論理
EUが訴えた違法取引と見分けにくさ
EUが出した提案の核心は、ウナギ取引を禁止することではなく、合法性と持続可能性を証明しなければ輸出できない仕組みに広げる点にありました。CITES付属書IIへの掲載は全面禁輸ではありませんが、輸出国に科学的評価と許可発給を求めるため、取引の透明性は大きく高まります。
EUが重視したのは、すでに規制対象となっているヨーロッパウナギだけを管理しても、近縁種への付け替えや誤表示を通じて抜け穴が残るという点です。実際、欧州委員会はヨーロッパウナギの状態を「危機的」と位置づけ、ICESも2026年向け助言で全生息域での漁獲ゼロを勧告しています。AP通信も、主要なウナギ類の一部では1980年代以降に90%超の減少がみられると報じました。
このためEU側は、ヨーロッパウナギだけの問題ではなく、外見が似たウナギ類全体を国際的に追跡可能にしなければ、違法流通を抑え込めないと訴えました。サマルカンドの会議でEU代表は、規制強化は合法な事業者を締め出すためではなく、犯罪ネットワークの利益となっている抜け穴を塞ぐためだと説明しています。保全の論理としては一貫しています。
日本が反論した一括規制の無理
これに対し日本側は、ヨーロッパウナギの深刻な減少と、ニホンウナギやアメリカウナギまで一括規制する必要性とは別問題だと主張しました。会議報道によれば、日本はFAOやCITES事務局の検討でも、ニホンウナギとアメリカウナギは掲載基準を満たすとは言い切れないと指摘し、提案の土台が弱いと反論しました。
さらに日本、中国、韓国は、種判別の迅速検査法が実用化されていることも挙げました。つまり「似ているから全部まとめて載せる」という理屈は、執行技術の進歩を十分に反映していないという反論です。違法なヨーロッパウナギの摘発は、既存の枠組みでも可能だという考え方です。
日本の政策面でも、全面的な放任ではありません。水産庁は2026年漁期のにほんうなぎ池入数量の上限を21.7トンとし、採捕停止措置や下りウナギの採捕制限を進めています。東アジアでは日本、中国、韓国、台湾が共同声明に基づく管理協議を継続しており、日本側はこうした地域管理の積み上げを重視しています。
もっとも、日本側の主張にも弱点があります。水産研究・教育機構の2025年公表資料では、ニホンウナギの資源評価は複雑な生活史と生態の不確実性ゆえに難しく、日本のシラスウナギ採捕データも長期的には減少し、低い水準にとどまると整理されています。つまり「一括規制は乱暴だ」という反論は成立しても、「十分に回復した」と言い切れるほど強い科学があるわけではありません。
科学的根拠が弱く見える理由
回遊生態が招く資源評価の限界
ウナギをめぐる議論が噛み合いにくい最大の理由は、そもそも資源量を直接数えにくいことです。ウナギは外洋で産卵し、仔魚が海流に運ばれ、沿岸に近づいた後にシラスウナギとして河川や汽水域へ入り、成長後に再び海へ下ります。このため、ある年の河口への加入量、内水面での漁獲量、養殖池への池入量といった断片的な指標はあっても、個体群全体の「総量」をつかむのは容易ではありません。
しかも、加入量は漁獲圧だけでなく、海流の変動、気候、河川環境、ダムや堰、汚染、病気、密漁など多くの要因で揺れます。EUが強調する違法取引の問題は確かに重要ですが、それだけで減少の原因を説明できるわけではありません。逆に、日本側が示す最近の管理強化や年ごとの採捕変動も、資源の回復をそのまま証明するものではありません。
要するに、EUは「違法取引と歴史的減少」という強い危機感を持ちながら、全種一括規制の必要性を十分に数量化しきれていません。日本は「一括規制は科学的に飛躍がある」と批判できますが、資源回復を裏づける包括的評価までは持っていません。双方の主張がかみ合わないのは、使っている指標が違うからでもあります。
回復と減少が同時に語られる構造
ここで起きているのは、同じウナギでも「ヨーロッパウナギの危機」と「ウナギ類全体の一括規制の妥当性」が混同されやすいことです。ヨーロッパウナギの厳しい状況は、欧州委員会やICESの説明からみても比較的明確です。しかし、そのことだけでニホンウナギやアメリカウナギまで同じ法的扱いにすべきかは、別の検討を要します。
一方で、東アジアの管理措置や種判別技術の存在も、現行制度で十分だと即断させる材料にはなりません。取引の追跡性が国や流通段階ごとにばらつけば、合法流通と違法流通の境目は依然として曖昧になり得ます。会議で否決されたからといって、保全面の論点が消えたわけではありません。
このため「EUは保護を言い過ぎている」「日本は産業保護を優先している」と単純化すると、実態を見誤ります。より正確には、EUは危機の大きさに比べて証明の精度が足りず、日本は規制の過剰さを批判しながら自らの回復主張を十分に立証できていない、というのが現状に近い整理です。
注意点・展望
今後の論点は、賛否そのものよりも「どの指標で資源の健全性を測るのか」に移ります。河口加入、漁獲量、池入量、DNA判別、違法取引の摘発件数などを別々に見るだけでは、政策判断の土台として弱いままです。海洋環境の変動まで含めた国際共同研究と、流通追跡の標準化が欠かせません。
注意したいのは、CITES掲載の否決が「ウナギは安全」という意味ではないことです。同時に、ヨーロッパウナギの深刻な減少が「全種一括規制が自動的に正しい」ことを意味するわけでもありません。次の焦点は、EUがより精密な種別データと違法流通の証拠を積み増せるか、日本を含む東アジア側が地域管理の効果を第三者が検証できる形で示せるかにあります。
まとめ
サマルカンドでの否決は、保全重視派の敗北でも、産業重視派の勝利でもありませんでした。浮かび上がったのは、ウナギという生物の特殊さゆえに、資源評価も取引管理も不確実性が大きいという現実です。
EUは違法取引と見分けにくさを根拠に規制強化を求め、日本は全種一括規制の飛躍を批判しました。どちらにも一理がありますが、決定打となる科学は十分ではありません。読者としては、今後の議論で「減っているか、増えているか」だけでなく、「何をどう測った結論なのか」を見極めることが重要です。
参考資料:
- ウナギに関する情報:水産庁
- 令和6年度 国際漁業資源の現況 82 ニホンウナギ - 水産研究・教育機構
- European eel throughout its natural range - ICES
- Eel - Oceans and fisheries - European Commission
- Eel populations are falling, and new protections were defeated. Japan and the US opposed them - AP News
- CITES Parties Miss a Chance to Ensure a Future for Endangered Eels - WCS
- ‘Not supported by science’: CoP20 delegates reject EU proposal to tighten trade of eel - AgTechNavigator
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