ウナギ規制否決の背景にある日欧の科学論争とは
はじめに
2025年11月、ウズベキスタン・サマルカンドで開催されたワシントン条約(CITES)第20回締約国会議(COP20)で、ウナギの国際取引規制をめぐる採決が行われました。EUなどが提案したウナギ属全種の附属書II掲載は、賛成35、反対100という大差で否決されています。
この結果の背景には、ウナギの資源量をめぐる日本とEUの根本的な見解の相違があります。EU側は「資源が減少している」と主張し、日本側は「回復傾向にある」と反論しました。しかし、専門家からはいずれの主張も科学的根拠が十分ではないとの指摘が出ています。
本記事では、ウナギの国際取引規制をめぐる日欧の対立構造と、その根底にある科学的評価の課題について解説します。
COP20での否決と日欧の対立構造
EU側の提案内容
EUとパナマは、すでに附属書IIに掲載されているヨーロッパウナギ(Anguilla anguilla)に加え、ニホンウナギ(Anguilla japonica)やアメリカウナギ(Anguilla rostrata)を含む残り16種のウナギ全種を附属書IIに掲載することを提案しました。
EU側の主な論拠は2つです。第一に、ニホンウナギやアメリカウナギの資源量が著しく減少しているという点。第二に、ヨーロッパウナギが他のウナギ種と偽って違法に取引されている実態があり、全種を規制対象にすることで密輸を防止できるという点です。
日本の反対姿勢
日本政府はこの提案に一貫して反対の立場をとりました。水産庁は「ニホンウナギの資源量は十分確保されており、国際取引による絶滅のおそれはない」と主張しています。
日本側が根拠として重視したのは、2025年8月に公表された国連食糧農業機関(FAO)の専門家パネルによる評価です。このパネルは、ニホンウナギとアメリカウナギについて資源減少の掲載基準に合致しないと結論づけました。また、類似種としての掲載基準についても満たさないと評価しています。
採決の結果
2025年11月27日、サマルカンドの「シルクロード・サマルカンド」で行われた第1委員会の秘密投票では、投票国143カ国のうち100カ国が反対し、賛成はわずか35カ国にとどまりました。反対票が全体の約74%を占め、提案は明確に否決されています。
科学的根拠の乏しさという本質的な問題
資源評価が困難なウナギの生態
ウナギの資源量を正確に把握することは、他の水産資源と比べて格段に難しいとされています。その最大の理由は、ウナギの複雑な生活史にあります。
ウナギは海で産卵し、稚魚(シラスウナギ)が海流に乗って沿岸に到達した後、河川を遡上して成長します。成熟すると再び海に戻って産卵するという、海と川をまたぐ生活サイクルを持っています。このため、河川での漁獲量だけでは海洋全体の資源量を推定することが困難です。
「減少」と「回復」、両方の根拠の弱さ
EU側が主張する「資源の減少」には一定の根拠があります。日本のシラスウナギの採捕量は、1970年代には100トンを超える年もありましたが、その後は減少を続け、1990年以降は10トン台に落ちる年も出てきました。河川での成魚(黄ウナギ)の漁獲量も、2000年代前半の600トン超から2020年には過去最低の65トンまで減少しています。
一方、日本政府が主張する「回復傾向」についても、専門家からは疑問の声が上がっています。水産庁は1990年以降のシラスウナギの池入れ量などのデータから回復を示唆していますが、シラスウナギの採捕量には密漁や無報告漁獲が含まれておらず、統計データ自体の信頼性に課題があるとの指摘があります。
データの空白地帯
ニホンウナギの資源評価を困難にしている最大の要因の一つが、データの不足です。中央大学の海部健三教授の研究室によれば、国内で採捕されたシラスウナギの相当量が密漁や密売によるもので、正確な漁獲統計が存在しないとされています。
持続可能な消費上限を設定するためには正確な資源量データが不可欠ですが、その基礎となるデータ自体に大きな空白があるのが現状です。このため、「減少している」とも「回復している」とも断定しにくい状況が続いています。
ヨーロッパウナギの教訓と密輸問題
深刻な資源減少の先例
ヨーロッパウナギは、ウナギの資源管理がいかに難しいかを示す先例となっています。IUCNによって「近絶滅種(Critically Endangered)」に分類されており、1970年代と比較して個体数が90%以上減少したとされています。
2007年にワシントン条約の附属書IIに掲載され、EUは「ウナギ規則」を採択して域内からの輸出入を禁止しました。しかし、規制強化は密漁と密輸の増加という皮肉な結果をもたらしています。
巨額の違法取引
ヨーロッパウナギのシラスウナギの違法取引は、世界で最も利益率の高い野生生物犯罪の一つとなっています。欧州刑事警察機構(ユーロポール)の評価によれば、ピーク時にはシラスウナギの違法取引が年間最大30億ユーロ(約3,500億円)規模に達したとされています。
EU側がCOP20でウナギ全種の規制を提案した背景には、このヨーロッパウナギの密輸経験があります。規制対象外のウナギ種に偽装して取引されるケースが後を絶たないため、全種を規制することで抜け穴を塞ぎたいという意図がありました。
注意点・展望
否決は「問題なし」を意味しない
今回の否決をもって、ウナギの資源に問題がないと解釈するのは早計です。ニホンウナギは2014年にIUCNのレッドリストで絶滅危惧IB類(EN)に分類されており、環境省も同様の評価を行っています。国際会議での否決は、あくまで「現時点でワシントン条約による貿易規制という手段が適切かどうか」についての判断にすぎません。
日本に求められる実効的な資源管理
日本は、中国、韓国、チャイニーズ・タイペイとの4者間でシラスウナギの池入れ量上限を設定し、国際的な資源管理に取り組んでいます。日本国内ではニホンウナギの池入れ量上限を21.7トンに設定するなど、養殖業の許可制度を通じた管理を行っています。
しかし、密漁・無報告漁獲の問題が解消されない限り、正確な資源評価は難しく、国際社会からの信頼を得ることも困難です。FAO専門家パネルも、ワシントン条約による貿易規制の代わりに、より実効的な保全・管理措置の優先を推奨しています。
次回会議に向けた課題
ワシントン条約の締約国会議は約3年ごとに開催されます。次回会議では再びウナギの規制が議題に上がる可能性があり、それまでに科学的な資源評価の精度を高め、実効性のある管理体制を構築できるかが日本にとっての課題となります。
まとめ
ウナギの国際取引規制をめぐる日欧の対立は、単なる政治的駆け引きではなく、科学的根拠の不足という根本的な問題を映し出しています。EU側の「減少している」という主張も、日本側の「回復している」という主張も、いずれも決定的なデータに欠けているのが実情です。
今回の否決は日本にとって一つの成果ですが、同時に課題も浮き彫りになりました。密漁対策の強化、正確な漁獲統計の整備、そして科学的な資源評価体制の構築が急務です。ウナギという身近な食材の未来は、こうした地道な取り組みの成否にかかっています。
参考資料:
- 「ワシントン条約(CITES)第20回締約国会議」の結果について - 水産庁
- ワシントン条約によるウナギ貿易規制提案に関する解説 - 海部研究室
- EU eel proposal: CoP20 delegates reject call to tighten trade of all eel species - AgTechNavigator
- Eel Populations Are Falling, and New Protections Were Defeated - US News
- ウナギに関する情報 - 水産庁
- Glass eel smuggling booms despite bans, leaving species on the brink - Mongabay
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