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by nicoxz

欧州に波及するソフトウエア株売り、AI時代のSaaS危機

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はじめに

米国で始まったソフトウエア株の急落が、欧州市場にも深刻な影響を及ぼしています。欧州のソフトウエア・IT関連企業で構成する株価指数は2025年末と比較して約2割の下落を記録しました。「SaaSpocalypse(SaaS黙示録)」とも呼ばれるこの売りの波は、生成AIの急速な進化がもたらす構造的な脅威を反映しています。

独ソフトウエア大手SAPが2025年末比で19%安、仏コンサルティング大手キャップジェミニは同3割近い下落となりました。仏ダッソー・システムズは過去最大の日中下落率を記録するなど、欧州テック企業が軒並み打撃を受けています。

この記事では、ソフトウエア株売りが欧州に波及した背景と、AIがSaaSビジネスモデルに与える影響を解説します。

「SaaSpocalypse」の発端と波及

Anthropicの新ツールが引き金に

2026年1月末から2月初頭にかけてのソフトウエア株急落の直接的な引き金となったのは、AIスタートアップのAnthropicが発表した新たなAIエージェントツールです。法務分析、マーケティング、カスタマーサービスなどの業務を自動化するこのツールは、従来のSaaS企業が提供してきたサービスをAIが代替する可能性を鮮明に示しました。

1月30日から2月4日のわずか5営業日で、アプリケーションソフトウエアセクターから約3,000億ドルの時価総額が消失しました。米国ではServiceNowが年初来28%安、Salesforceが同26%安と、代表的なSaaS企業が大きく売り込まれました。

ゴールドマン・サックスのソフトウエア銘柄バスケットは直近7営業日で約15%下落し、ピーク時からは約25%の下落を記録しています。

欧州への波及

米国発の売り圧力は急速に欧州に伝播しました。STOXX欧州ソフトウエア・コンピュータサービス指数は1セッションで5%以上下落する場面がありました。欧州企業は米国のSaaS大手と比較して事業規模が小さく、AI投資の余力にも差があるため、市場はより悲観的に反応しています。

欧州主要企業の苦境

SAP:9カ月連続下落の異例の事態

欧州最大のソフトウエア企業であるSAPの株価は、2025年末比で約19%下落し、2025年2月のピークからは約40%下げています。さらに注目すべきは、9カ月連続の下落という事態で、同社の30年以上の上場歴のなかで一度もなかった記録です。

直接の引き金は、SAPが発表した2026年のクラウド受注残高と売上見通しが市場予想を下回ったことでした。AIコーディングツールの進化により、ERPソフトウエアの開発・カスタマイズ需要が減少するのではないかという懸念が、投資家心理を冷やしています。

ダッソー・システムズ:過去最大の急落

仏ダッソー・システムズは2月11日、株価が一時21%急落し、上場以来最悪の取引日となりました。2025年第4四半期のソフトウエア売上が前年同期比5%減となり、通年の売上高は62億4,000万ユーロと、アナリスト予想の63億ユーロを下回りました。

2026年の売上成長率は3〜5%と予想されていますが、アナリストの平均予想5.9%を大幅に下回る水準です。欧州の自動車産業の低迷も重なり、主力顧客からの需要回復に時間がかかるとの見方が広がっています。

キャップジェミニ:コンサル市場の転換点

キャップジェミニの株価は2025年末比で約3割近い下落となっています。ITコンサルティング市場では、AIが従来のシステム導入・運用支援の一部を代替する可能性が意識されており、コンサルティング企業の成長モデルそのものに疑問が投げかけられています。

AIが揺るがすSaaSビジネスモデル

「シートベース課金」の崩壊リスク

ソフトウエア株売りの根本には、SaaSの収益モデルが構造的に脅かされているという認識があります。従来のSaaS企業は、ユーザー数(シート数)に応じたサブスクリプション課金で安定した収益を確保してきました。

しかし自律型AIエージェントが普及すれば、この前提が崩れます。たとえば、10のAIエージェントが100人の営業担当者の業務を代行できるなら、必要なSalesforceのライセンス数は90%減少することになります。「AIがソフトウエア予算を食べている」という表現がウォール街で広がっているのは、このような構造変化を指しています。

クラウド移行からAI移行へ

この変化は、2010年代のオンプレミスからクラウドへの移行に匹敵するパラダイムシフトと見なされています。しかし今回の変化はより急速で、既存のSaaS企業が自らAI機能を統合する時間的余裕が限られている点が異なります。

企業のIT予算が「SaaS利用料」から「AI基盤投資」にシフトする動きが加速しており、ソフトウエア企業は収益モデルの抜本的な見直しを迫られています。

注意点・展望

この売りが行き過ぎている可能性も指摘されています。JPモルガンのストラテジストは「市場は短期的には実現しない最悪のAI破壊シナリオを織り込んでいる」と分析しています。モーニングスターの評価では、欧州テックセクターは公正価値推定に対して6%のディスカウントで取引されており、割安感が出始めています。

一方で、ゴールドマン・サックスのベン・スナイダー氏は「長期的な下振れリスク」を警告しており、市場関係者の見方は分かれています。

投資家にとって重要なのは、個別企業のAI対応力を見極めることです。自社製品にAI機能を効果的に統合し、「AIネイティブ」なサービスへの転換を進められる企業と、従来型のSaaSモデルに依存し続ける企業では、今後の株価パフォーマンスに大きな差が生じるでしょう。

また、ソフトウエア株全体が売られるなかで、AIインフラ(半導体、データセンター、クラウド基盤)への投資が加速している点も見逃せません。「ソフトウエアからハードウエアへ」という資金シフトが、セクター間の明暗を分けています。

まとめ

欧州に波及したソフトウエア株売りは、生成AIがSaaSビジネスモデルを根本から変えようとしていることへの市場の警戒感を反映しています。SAP、ダッソー・システムズ、キャップジェミニなどの大手企業の大幅な株価下落は、「SaaSpocalypse」の深刻さを物語っています。

短期的には売られ過ぎとの見方もある一方、AIによるソフトウエア市場の構造変化は不可逆的なトレンドです。投資家は個別企業のAI対応力を精査し、この転換期を乗り越えられる企業を見極める必要があるでしょう。

参考資料:

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