富士通が成果主義の失敗から学んだ3つの教訓とは
はじめに
富士通は1990年代、日本の大企業として先駆けて成果主義を導入しました。しかし、その試みは様々な問題を引き起こし、見直しを余儀なくされました。当時、人事部門は「低迷の元凶」とまで見なされる事態に陥っています。
しかし富士通は、その失敗から貴重な教訓を学び取りました。現在は「ジョブ型人事制度」への大規模な改革を成功させ、人事領域で再び注目を集めています。本記事では、富士通の平松浩樹CHRO(最高人事責任者)が語る教訓と、現在の人事改革について解説します。
1990年代の成果主義導入とその失敗
導入の背景
1990年代初頭、バブル崩壊に伴う業績悪化により、日本企業は人件費削減を迫られていました。年功序列制度では、成果にかかわらず勤続年数の長い社員に高い給与を払う必要があります。そこで注目されたのが、成果を基準に報酬を決める「成果主義」でした。
富士通は1993年頃、日本企業の先駆けとして成果主義を導入しました。社員一人ひとりに目標を設定させ、その達成度を上司が評価する「目標管理評価制度」を採用しています。当時としては画期的な試みでした。
何が問題だったのか
しかし、この制度は想定外の問題を引き起こしました。達成度のみで評価されるため、社員は無難な目標ばかり設定するようになったのです。チャレンジングな目標を掲げれば、達成できない可能性が高まり、評価が下がるためです。
結果として、新規性の高い目標や中長期的な視点での取り組みが減少しました。挑戦する風土が失われ、成長率もダウンしています。さらに、降格制度が整備されていなかったため、年功序列時代に昇進した社員は既得権を維持したまま、若手の昇進が停滞するという不公平も生じました。
組織への悪影響
成果主義の導入により、「努力が正当に評価されていない」という不満が広がりました。人事部門への信頼は大きく損なわれ、2003年3月期には2期連続の最終赤字を計上するなど、経営面でも厳しい局面に立たされています。
後に元富士通社員の城繁幸氏が『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』を出版し、内情が広く知られるようになりました。人事部門は「低迷の元凶」と見られ、外資系企業の担当者から「あなたたちのような日系企業には無理でしょう。社員が自立していないから」と言われた経験もあるといいます。
平松CHROが語る3つの教訓
富士通の平松浩樹CHROは、当時から人事を担当していた立場として、3つの教訓を挙げています。
教訓1: 現場の共感を得られていなかった
成果主義は目標管理制度と併せて導入されましたが、「何を目指すのか」という方向性よりも、施策の導入自体が目的化してしまいました。社員からは「何をすれば評価されるんですか」という受け身の反応が返ってきたといいます。
現在の富士通では、まず事業も含めた目指す方向性を明確に示すようにしています。制度設計や発信するメッセージの中に伝えたいことを組み込み、経営戦略と人材戦略を連動させることが重要です。
教訓2: 制度の一貫性が欠けていた
「ジョブ型雇用VS終身雇用」「海外型VS日本型」といった二項対立ではなく、自社の目指す姿に合った一貫性のある制度設計が必要です。バラバラの施策を導入しても、現場は混乱するだけです。
現在の富士通は、パーパス(存在意義)から始まり、ジョブ型人事制度、ポスティング制度、新卒一括採用廃止まで、一貫したメッセージを持つ改革を進めています。
教訓3: 過去を否定してはいけない
「これまでの制度はここが悪かったから、こう変えます」という過去の否定は避けるべきです。過去を否定して新しい仕組みを入れると、現場からすれば「どうせ今回も変わらない」という諦めにつながり、形骸化してしまいます。
過去の取り組みを踏まえつつ、時代の変化に合わせて進化させるというスタンスが重要です。
失敗を乗り越えたジョブ型人事制度
DX企業への転換がきっかけ
富士通が人事改革に本格的に乗り出したのは、2019年6月の時田隆仁社長就任がきっかけです。「IT企業からDX企業へ」というメッセージが社内外に発信され、それに合わせた人材戦略の構築が求められました。
平松氏は時田社長に「我々はこの日のために準備してきた。最速でやれる。ジョブ型だって1年で導入できる」と大見得を切ったといいます。過去の失敗を糧に、入念に準備を進めていたのです。
ジョブ型導入の目的
ジョブ型導入の最大の目的は、社員の自律性を高めることでした。従来のメンバーシップ型では、ローテーションも昇進も基本的に会社が決めるため、個人の自律を阻害する面がありました。
会社と個人を対等な関係にして、社内外を問わず人が自由に流動する形にしなければ、多様なコラボレーションもイノベーションも起こらないという認識がありました。
具体的な制度改革
2020年、富士通は管理職1万5,000人を対象に、報酬と職務を紐づけるジョブ型人事制度を導入しました。同時に、空いたポストを公開し、希望する社員が手挙げできる「ポスティング制度」も大幅に拡充しています。
2022年にはジョブ型の対象を一般社員4万5,000人に広げました。人員計画の権限も人事から事業部門に移譲し、ビジネスプランに必要な人材の中期計画を作成してもらう形に変更しています。
改革の成果
エンゲージメントサーベイの結果を見ると、2019年の63%から2022年には69%まで上昇しています。3年間で6ポイントの向上は、大規模組織としては顕著な成果です。2025年の目標である75%に向けて、着実に前進しています。
2023年には平松氏が「HRアワード2023」最優秀個人賞を受賞するなど、人事領域で再び注目を集めるようになりました。
日本企業全体への示唆
成果主義の失敗パターン
富士通以外にも、日本マクドナルドやサイボウズなど、成果主義の導入で苦労した企業は少なくありません。日本マクドナルドでは、ベテラン社員が自分の成果を優先するあまり後進育成をしなくなり、定年制を復活させています。サイボウズでは成果主義導入後、離職率が28%まで跳ね上がりました。
共通する問題点は、評価基準のあいまいさ、個人プレーへの傾斜、チームワークの軽視などです。アメリカ由来の成果主義をそのまま導入しても、日本の企業文化には合わない部分が多いのです。
成功のためのポイント
成果主義を導入する際には、目的と評価基準を明確にすることが重要です。成果以外の多面的な評価も取り入れ、評価者を支える仕組みも必要です。いきなり完全に切り替えるのではなく、既存の制度を見直しながら少しずつ移行するのがスムーズです。
富士通の事例が示すように、失敗を恐れず試行錯誤し、教訓を学び取ることが、最終的な成功につながります。
注意点と今後の展望
ジョブ型の課題
ジョブ型人事制度にも課題はあります。職務記述書(ジョブディスクリプション)の作成・更新には労力がかかります。また、職務に紐づいた採用・配置は、日本企業が得意としてきた「人を見て育てる」文化とは異なる面があります。
富士通も新卒一括採用を廃止するなど、大胆な改革を進めていますが、これが長期的にどのような効果をもたらすかは、まだ見極めが必要です。
人事部門の役割変化
成果主義の失敗と再生を経て、人事部門の役割も変化しています。かつては管理・統制の機能が中心でしたが、現在は経営戦略のパートナーとしての役割が求められています。
平松CHROが示すように、人事は経営と一体となって組織の方向性を示し、社員の自律を支援する存在へと進化しています。
まとめ
富士通の成果主義の失敗は、日本企業の人事制度改革における貴重な教訓を残しました。現場の共感を得ること、制度の一貫性を保つこと、過去を否定しないこと。これら3つの教訓は、あらゆる組織変革に通じる普遍的な原則といえます。
重要なのは、失敗を恐れず挑戦し、そこから学び続ける姿勢です。富士通がジョブ型人事制度で成果を上げているのは、過去の失敗に真摯に向き合い、教訓を活かしたからにほかなりません。人事制度改革を検討する企業にとって、富士通の30年にわたる歩みは参考になるはずです。
参考資料:
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