学研HDが高専受験塾を買収、理系人材育成市場に本格参入
はじめに
学研ホールディングス(HD)が、高等専門学校(高専)の受験対策塾を運営するエニバ(仙台市)を買収することが明らかになりました。学研HD傘下の学研教育ホールディングスが、エニバの発行済み株式を全て取得します。
高専は近年、起業家やデジタル人材の輩出機関として大きな注目を集めています。しかし、高専入試は普通高校とは異なる独自の出題形式を持ち、対策ノウハウを持つ塾は全国的に非常に限られています。学研HDはこの買収を通じて、成長が見込まれるニッチ市場への参入を図ります。
高専受験市場の特殊性と成長性
普通高校とは異なる入試制度
高専の入試は、一般的な高校入試とは大きく異なる特徴を持っています。出題範囲や問題形式が独自であり、理数系科目を中心に高度な思考力が問われます。そのため、普通の学習塾では十分な対策が難しく、専門的な指導ノウハウが必要です。
全国に51校ある国立高専と3校の公立高専を合わせても、受験者の母数は限られています。このため、大手学習塾チェーンが専門コースを設けるには採算が合いにくく、対策塾の数は極めて少ない状況が続いてきました。
情報系学科で倍率3倍超も
2026年度(令和8年度)の入学者選抜では、全国54高専から過去に匹敵する規模の応募がありました。特に情報系学科への人気が顕著で、阿南高専の情報コースでは倍率3.5倍、木更津高専や東京高専の情報工学科でも3.2倍を記録しています。
DX人材やIT人材の需要増加を背景に、実践的な技術教育を提供する高専への関心は年々高まっています。一方で、地方の一部高専では定員割れも見られ、学科や地域による二極化が進んでいます。
エニバの事業と買収の狙い
高専専門塾「ナレッジスター」の実績
エニバは仙台市に本社を置き、高専受験に特化した学習塾を運営しています。同社が展開するオンライン指導では、全国の高専受験生を対象としたカリキュラムを提供しています。
高専での学習は大学に近い環境で行われ、授業の進度も速いため、入学後に自立した学習習慣が求められます。エニバの指導では、単なる受験対策にとどまらず、高専入学後を見据えた「自立型学習」の育成にも力を入れている点が特徴です。
学研HDのM&A戦略との整合性
学研HDは近年、M&Aを積極的に活用して教育事業を拡大してきました。市進学院や文理学院、白石学習院など、各地域の有力学習塾を相次いで傘下に収めています。2025年9月には日本生命保険との資本業務提携も締結し、教育・介護分野での事業基盤を強化しています。
今回のエニバ買収は、従来の「地域密着型学習塾の買収」という戦略に加え、「専門特化型の教育サービス」への投資という新たな方向性を示すものです。高専受験というニッチ市場において高いノウハウを持つエニバを取り込むことで、学研HDの全国ネットワークを活用した事業拡大が期待されます。
高専が注目される背景
起業家・スタートアップの輩出
高専は近年、スタートアップ育成の場としても脚光を浴びています。国立高等専門学校機構によれば、この5年間で延べ37社の高専発スタートアップが誕生しました。文部科学省も「高等専門学校スタートアップ教育環境整備事業」を推進し、起業家工房の整備など各高専の取り組みを支援しています。
2026年2月には第3回「高専起業家サミット」が一橋講堂で開催され、全国から起業を目指す高専生が集まりました。また、高専生がディープラーニング技術の事業化を競う「DCON2026」には過去最多の119作品が集まるなど、高専生の起業意欲は急速に高まっています。
産業界からの高い評価
高専卒業生は、電気電子・情報・AI・IoT・ロボティクスといった成長産業分野で即戦力として高く評価されています。5年間の一貫教育による実践的なスキルと、早期からの専門教育が、企業側のニーズと合致しているためです。
2024年4月に開校した私立の「神山まるごと高専」(徳島県)では、大手IT企業などの出資による基金で授業料を実質無料にするなど、産業界の高専への期待の大きさがうかがえます。
注意点・今後の展望
地域間格差への対応が課題
高専人気が高まる一方で、情報系学科への志願者集中と地方高専の定員割れという二極化が進んでいます。2026年度入試では、秋田高専で0.66倍、富山高専で0.68倍と、学力選抜で定員割れとなるケースも見られました。
学研HDがエニバのノウハウを活用して全国展開する場合、こうした地域間の温度差にどう対応するかが重要な課題となります。
学科再編の動きにも注目
高専では2026年度に向けて、入学時に学科を固定しない「くくり募集」の導入が広がっています。1年次に基礎を横断的に学び、AIや半導体を軸にした「デジタル×専門」の学びを展開する動きが加速しています。こうした制度変更に対応したカリキュラム開発が、今後の競争力を左右するでしょう。
まとめ
学研HDによるエニバの買収は、高専受験というニッチ市場に大手教育企業が本格参入する画期的な動きです。高専への注目度が高まる中、受験対策の需要は今後さらに拡大する可能性があります。
学研HDの全国ネットワークとエニバの専門ノウハウが組み合わさることで、これまで限られた選択肢しかなかった高専志望者にとって、より質の高い受験対策が全国で利用できるようになることが期待されます。教育業界においても、専門特化型のM&Aが新たなトレンドとなるか、注目が集まります。
参考資料:
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