学研HDの「ゆるいM&A」戦略が介護事業を成長の柱に変えた理由
はじめに
学研ホールディングス(HD)といえば、「学研の科学」や「学研教室」など、教育・出版事業のイメージが強い企業です。しかし近年、同社は医療福祉分野への積極的なM&A(合併・買収)を通じて、事業構造を大きく変革しています。
グループ企業数は15年間で3倍超に増加し、売上高は16期連続の増収を記録しました。特筆すべきは、後発で参入した介護・医療福祉事業が祖業の教育・出版と並ぶ収益の柱に育った点です。その成長を支えるのが、買収先の自主性を尊重する「ゆるいM&A」と呼ばれる独自の手法です。本記事では、学研HDの成長戦略の全体像と今後の展望を解説します。
「ゆるいM&A」とは何か
買収先の強みを活かす統合手法
一般的なM&Aでは、買収後に親会社のシステムやブランドに統一する「ハードPMI(買収後統合)」が主流です。しかし学研HDが採用するのは、買収先の経営陣や企業文化をできる限り維持する手法です。
この「ゆるいM&A」の特徴は、買収先が持つ地域密着型の顧客基盤やブランド力、専門的なノウハウをそのまま活かす点にあります。学研グループは「0から1を創り、1から10に、そしてグループインを重ねて10から100、1000へ大きく成長させる」という戦略を企業DNAとして掲げています。
PMI成功のカギは「任せる経営」
買収先企業に対して過度な統制を行わず、経営の自律性を保つことで、買収後の人材流出や士気低下を防いでいます。介護や福祉の現場では、地域ごとの特性や利用者との信頼関係が事業の根幹を成すため、画一的な統合よりも現場の裁量を重視する方が合理的です。
一方で、財務管理やコンプライアンス、ITインフラなどバックオフィス機能はグループ共通基盤として統合し、効率化を図っています。この「緩やかな統合」が、多数の子会社を束ねながらもグループ全体の成長を実現するカギとなっています。
医療福祉事業が成長エンジンに
売上高の約4分の1を占める規模に
学研HDの2025年9月期の売上高は前期比13.1%増の1,855億円を記録し、過去最高を更新しました。この成長を牽引しているのが医療福祉事業です。同事業は今やグループ全売上高の約4分の1を占める規模にまで拡大しています。
約5年間でグループ全体の売上高は約600億円、率にして30%の成長を遂げましたが、そのうち半分以上は介護事業の伸長によるものです。教育・出版という祖業に後から加わった介護事業が、まさにグループの屋台骨を支える存在に変貌しました。
ココファンを中心とした高齢者住宅事業
医療福祉事業の中核を担うのが、サービス付き高齢者向け住宅「ココファン」シリーズです。2025年4月時点で全国223拠点・11,604居室を展開しており、2026年には香川県初の拠点となる「ココファン高松西宝町」のオープンも予定されています。
事業内容は大きく3つに分かれます。サービス付き高齢者向け住宅を中心とした「高齢者住宅事業」、認知症グループホームの運営を行う「認知症グループホーム事業」、そして保育園・学童施設などを展開する「子育て支援事業」です。2050年には5人に1人が認知症になるとの推計もあり、認知症ケアへの注力は中長期的な需要拡大を見据えた布石といえます。
教育からの「全世代戦略」への転換
子どもから高齢者まで寄り添う企業体
学研HDのビジョンは「人の一生に寄り添う企業集団」です。子ども向けの学習教室や教科書出版から始まり、社会人向けのリカレント・リスキリング教育、そして高齢者向けの介護サービスまで、全世代にわたるサービスを提供する体制を構築しています。
グループ企業数は約120社にのぼり、連結子会社79社、非連結子会社20社、関連会社11社という多層的な企業群を形成しています。この多角的な事業ポートフォリオにより、少子化で教育市場が縮小しても、高齢化で医療福祉市場が拡大するという、人口構造の変化に対する自然なヘッジ機能が働いています。
グローバル展開も本格化
2024年に策定した中期経営計画「Gakken2027~Value UP~」では、最終年度の2027年9月期に売上高2,150億円を目標に掲げています。国内事業の強化に加え、海外展開も加速させています。
具体的には、ベトナムの教科書大手DTP Education Solutions JSCのグループインや、ポプラ社中国現地法人との資本業務提携など、アジアを起点としたグローバル戦略を推進中です。宮原博昭社長は時価総額の「倍増」を目指し、欧米市場の攻略も模索していると報じられています。
注意点・展望
学研HDの「ゆるいM&A」戦略は多くの成果を上げていますが、課題もあります。グループ企業数の増加に伴い、ガバナンスの複雑化や経営資源の分散リスクが高まります。特に介護分野では人手不足が業界全体の課題であり、拠点数の拡大に見合う人材確保が継続的な成長のカギとなります。
また、M&Aによる成長は買収対象の質と価格に依存するため、案件の見極めが重要です。介護業界では後継者不足の中小事業者が増えており、買収機会は豊富ですが、サービスの質を維持しながらの統合にはきめ細かな対応が求められます。
今後は、2027年の売上高2,150億円目標の達成に向けて、国内での介護拠点の拡充と海外展開の両軸で成長を追求する見通しです。教育と医療福祉の融合による独自のシナジー創出にも注目が集まっています。
まとめ
学研HDは「ゆるいM&A」という独自手法で、買収先の強みを活かしながらグループの成長を実現してきました。後発で参入した介護・医療福祉事業は今やグループ売上の約4分の1を占め、16期連続増収の原動力となっています。
全世代に寄り添う企業集団への転換は、少子高齢化が進む日本において、持続的成長のモデルケースといえます。投資家や事業承継を検討している経営者にとって、学研HDのM&A手法は一つの参考になるでしょう。中期経営計画「Gakken2027」の進捗と、グローバル展開の行方に引き続き注目です。
参考資料:
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