ホルムズ海峡回避の原油輸送、日本海運業界の対応と課題
はじめに
2026年2月末の米国・イスラエルによるイラン攻撃を契機に、世界のエネルギー供給の要衝であるホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥っています。日本は原油輸入の約9割をこの海峡経由で調達しており、代替ルートの確保が喫緊の課題です。
こうした中、日本船主協会の長沢仁志会長が定例記者会見で、ホルムズ海峡を通らない代替調達先からの原油輸送について「要請があればしっかり応える」と表明しました。本記事では、ホルムズ海峡封鎖の現状、利用可能な代替輸送ルート、そして日本のエネルギー安全保障にとっての課題を整理します。
ホルムズ海峡封鎖の現状と影響
封鎖に至った経緯
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランの軍事施設を空爆しました。これに対し、イラン革命防衛隊は3月2日に「ホルムズ海峡は閉鎖された」と公式に宣言しています。3月1日の海峡通航隻数は、2019年の統計公表以降で最低となる26隻にまで激減しました。
平時にはホルムズ海峡を1日あたり約120隻のタンカーが通過し、世界の石油輸送量の約2割にあたる日量約2,090万バレルが運ばれていました。封鎖により、この物流が大幅に制限されています。原油価格は急騰し、ブレント原油は3月8日に1バレル100ドルを突破、ピーク時には126ドルに達しました。
日本への深刻な影響
日本にとって、ホルムズ海峡の封鎖は特に深刻です。2025年の統計では、日本の原油輸入量のうち中東産のシェアは約93.5%に達し、そのほぼ全量がホルムズ海峡を経由していました。2022年のロシア・ウクライナ侵攻を受けてロシア産原油の輸入を控えた結果、中東への依存度はさらに高まっています。
2026年1月の国別輸入量では、サウジアラビアが657万キロリットル、UAEが415万キロリットルと、この2カ国だけで中東からの輸入量の大部分を占めています。日本のエネルギー供給は、まさにホルムズ海峡という「一本の通路」に依存してきた構造的な脆弱性を抱えています。
代替輸送ルートの実態と限界
サウジアラビアの東西パイプライン
現在最も注目されている代替ルートの一つが、サウジアラビアの東西パイプラインです。ペルシャ湾岸の東部油田から紅海側のヤンブー港まで横断するこのパイプラインは、輸送能力が日量約500万〜700万バレルとされています。現時点で約240万バレル程度の余剰能力があり、ホルムズ海峡を迂回した原油輸出が可能です。
ただし、ヤンブー港からアジアへ輸送する場合、紅海を南下してアフリカ南端の喜望峰を回る長距離ルートが必要になります。輸送日数の増加はコスト上昇に直結し、タンカーの回転率も低下します。
UAEのハブシャン=フジャイラ・パイプライン
もう一つの重要なルートが、UAEのアブダビ首長国の油田からオマーン湾に面したフジャイラ首長国の港へ直接輸送できるパイプラインです。輸送能力は日量約150万〜180万バレルで、UAEの輸出量の半分以上をカバーできるとされています。
フジャイラ港はホルムズ海峡の外側に位置するため、ペルシャ湾内の危険を回避できる利点があります。アジア向けの輸送においては、サウジのヤンブー経由よりも効率的なルートです。
代替ルートの限界
しかし、これらの代替ルートを合わせても、平時にホルムズ海峡を通過していた日量約2,090万バレルを完全に代替することは不可能です。その他の候補として、ロシア(サハリン)、米国(シェールオイル)、ブラジル、西アフリカなどからの調達が検討されていますが、即時に大量の原油を確保できる体制は整っていません。
赤沢亮正経済産業相は、ホルムズ海峡を通らない代替ルートを利用した原油タンカーが3月28日に日本へ初めて到着する見込みであることを明らかにしています。これは封鎖後約1カ月での到着となり、代替調達の動きが具体化しつつあることを示しています。
日本の海運業界の対応
船主協会の姿勢
日本船主協会の長沢仁志会長(日本郵船会長)は、3月25日の定例記者会見で代替ルートでの原油輸送について前向きな姿勢を示しました。海運各社はホルムズ海峡の通航を停止しており、日本郵船や川崎汽船など国内大手海運会社も安全確保を最優先に対応しています。
代替ルートでの輸送には、航路の変更に伴う運航コストの増加や、タンカーの配船計画の見直しが必要です。しかし、エネルギー供給の確保は国家的な課題であり、海運業界として責任ある対応を取る姿勢が求められています。
求められる官民連携
今回の事態は、官民が一体となったエネルギー安全保障体制の構築が急務であることを改めて浮き彫りにしました。政府は石油備蓄の放出や代替調達先との交渉を進める一方、海運業界はタンカーの確保と運航体制の整備を急ぐ必要があります。
注意点・展望
エネルギー安全保障の構造的課題
今回のホルムズ海峡封鎖は、日本のエネルギー供給が特定の海上輸送ルートに過度に依存するリスクを改めて露呈しました。中東依存度の引き下げは長年の課題でありながら、実際には依存度は上昇を続けてきました。
短期的には、石油備蓄の戦略的活用と代替調達ルートの確保が最優先事項です。日本の国家石油備蓄は約145日分とされますが、封鎖が長期化すれば備蓄の取り崩しだけでは対応しきれません。
今後の見通し
イランとの停戦交渉の行方次第ですが、海峡の完全な正常化には相当の時間がかかる可能性があります。その間、原油価格の高止まりが続けば、日本経済へのインフレ圧力は一段と強まります。再生可能エネルギーの導入加速や、調達先の多角化といった中長期的な取り組みが、これまで以上に重要性を増しています。
まとめ
ホルムズ海峡の事実上封鎖により、日本は原油調達の9割を占めるルートを失うという深刻な事態に直面しています。日本船主協会が代替ルートでの輸送に前向きな姿勢を示したことは、官民連携の第一歩として評価できます。
しかし、サウジアラビアやUAEのパイプラインを活用した代替ルートだけでは、従来の輸送量を完全にカバーすることは困難です。今回の危機を教訓に、エネルギー調達先の多角化と、海上輸送リスクに対する備えの強化が求められます。
参考資料:
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