Tech Research Lab

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by nicoxz

イラン抗議デモで注目のBitchat、Bluetooth通信の仕組みと可能性

by nicoxz
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はじめに

2025年12月末から続くイランの大規模抗議デモで、インターネットを必要としない通信アプリ「Bitchat」の利用が急増しています。イラン政府が2026年1月8日に全国規模のインターネット遮断を実施したことを受け、抗議者たちはBluetoothメッシュネットワーク技術を活用した代替通信手段へと移行しました。

Bitchatは、Twitter(現X)の共同創業者であるジャック・ドーシー氏が2025年7月に発表したオープンソースのメッセージングアプリです。インターネット接続なしで端末間の通信を可能にするこの技術は、権威主義的な体制下での情報統制を回避する手段として世界的な注目を集めています。

本記事では、Bitchatの技術的な仕組み、イランでの活用状況、そして過去の香港やミャンマーでの類似技術の使用例から、抗議活動における通信手段の進化について詳しく解説します。

イランの抗議デモとインターネット遮断の現状

抗議の発端と拡大

イランでの抗議デモは2025年12月28日、首都テヘランで発生しました。急激な通貨下落と高インフレが引き金となり、デモは瞬く間に全国31州に拡大しました。米国を拠点とする人権活動家通信社(HRANA)によると、これまでに約600件の抗議活動が確認されています。

抗議者たちはイスラム共和国体制の転換を求めており、政府による弾圧は激化の一途をたどっています。アムネスティ・インターナショナルの報告によれば、2025年12月31日から2026年1月3日の間だけで、8州13都市において少なくとも28人の抗議者と傍観者が死亡しました。その中には子どもも含まれています。

大規模インターネット遮断

イラン政府は2026年1月8日午後8時30分(イラン標準時)、全国規模のインターネット遮断を実施しました。Cloudflareの分析によると、遮断開始から数時間以内にイランのIPv6アドレス空間は98.5%減少し、4,800万以上のアドレスブロックからわずか73万7,000にまで激減しました。

遮断の影響はテヘランのみならず、イスファハン、シーラーズ、ケルマーンシャーなど主要都市に及んでいます。政府はVPN接続の妨害、携帯基地局の無効化、電話回線の切断、活動家のSIMカード無効化など、複合的な手法で情報統制を強化しています。

Bitchatとは何か

ジャック・ドーシーが開発した「週末プロジェクト」

Bitchatは2025年7月6日、ジャック・ドーシー氏がX上で「週末プロジェクト」として発表したアプリケーションです。ビットコイン開発者のCalle氏との共同開発で、オープンソースコードは同年7月7日に公開されました。

このアプリの最大の特徴は、インターネットや携帯電話回線を一切必要としないことです。Bluetooth Low Energy(BLE)メッシュネットワーク技術を活用し、端末同士が直接通信を行います。

技術的な仕組み

Bitchatの動作原理は「バケツリレー」に例えることができます。各スマートフォンがクライアントであると同時に中継器の役割を担い、暗号化されたメッセージを最大30メートルの範囲で次の端末へと受け渡します。

この仕組みにより、インターネットが遮断された環境でも、Bitchatをインストールした端末が近くにある限り、メッセージは「たすきリレー」のように宛先まで到達します。メッセージの中継に参加する端末が増えるほど、ネットワークの到達範囲は広がります。

Nostrプロトコルとの統合

Bitchatは分散型通信プロトコル「Nostr」を採用しています。WhatsAppやTelegramのような中央集権型サービスとは異なり、Nostrは独立したリレーサーバーのネットワークに依存します。誰でもリレーを運営でき、特定のサーバーがダウンしてもネットワーク全体は機能し続けます。

また、2025年8月にはジオハッシュを使った「ロケーションチャット」機能の追加が発表されました。これにより、ユーザーは近隣地域の人々と匿名でチャットルームに参加できるようになります。電話番号やアカウントに紐づかない一時的な仮名が割り当てられるため、プライバシーも保護されます。

イランにおけるBitchatの普及状況

ダウンロード数の急増

Chromestatsのデータによると、インターネット遮断後のBitchatダウンロード数は1週間で約43万7,900件増加しました。1日あたりの増加数は4万3,000件に達しており、前月比で15倍以上の伸びを記録しています。

イランとウガンダでの利用急増を受け、Bitchatは2026年1月にオープンソース化を強化し、検閲に対抗するための開発を加速させています。

ペルシャ語対応版「Noghteha」

イラン国内では、Bitchatのフォーク版「Noghteha」も広く利用されています。Noghtehaは完全なペルシャ語(ファルシ語)対応、改良されたユーザーインターフェース、現地ニーズに合わせた機能を備えています。

インターネット遮断前の3日間だけで、Google PlayでのNoghtehaダウンロード数は7万件を超えました。遮断後は、ピアツーピア共有、サイドローディング、Bluetooth転送などを通じて、さらに多くのユーザーに広まったと見られています。

セキュリティ上の懸念

ただし、Noghtehaはクローズドソースであり、オリジナル開発者のCalle氏は、コードの検証ができないことを理由に使用を警告しています。セキュリティ監査が行われていないアプリを使用することには、個人情報漏洩のリスクが伴います。

一方、BitchatのオリジナルコードはオープンソースですがRoll、2025年7月時点で独立したセキュリティ監査は完了していませんでした。利用者は、利便性とセキュリティリスクを天秤にかけて判断する必要があります。

過去の抗議活動におけるメッシュネットワークの活用事例

2019〜2020年 香港民主化デモ

Bluetoothメッシュネットワーク技術が大規模に活用された先駆的な事例が、2019〜2020年の香港民主化デモです。当時、抗議者たちはメキシコ発のアプリ「Bridgefy」を使用しました。

Bridgefyを使うことで、抗議者たちは「フラッシュモブ」戦術を効果的に実行できました。特定の場所に突然集結し、当局が到着する前に解散、そして別の場所に再集結するという流動的な抗議活動が可能になったのです。

2021年 ミャンマー軍事クーデター

2021年のミャンマー軍事クーデター後、Bridgefyは100万回以上ダウンロードされました。軍事政権がインターネットを遮断した後も、抗議者たちはBluetooth通信を通じて組織的な活動を継続しました。

2014年 FireChatの先例

さらに遡ると、2014年には別のメッシュネットワークアプリ「FireChat」が台湾、イラン、イラク、そして香港の抗議活動で使用されていました。これらの事例は、権威主義的な政府による情報統制に対抗する技術的解決策の需要が長年存在してきたことを示しています。

メッシュネットワーク技術の限界と課題

Bluetooth通信の制約

Bluetoothの通信範囲は最大でも30〜100メートル程度です。効果的なメッシュネットワークを構築するには、一定の密度でアプリ利用者が存在する必要があります。人口密度の低い地域や、利用者が少ない場合、メッセージの到達は困難になります。

メタデータ漏洩のリスク

セキュリティ専門家は、ピアツーピアネットワークの脆弱性を指摘しています。「ネットワークの中心的なポイントに位置すれば、どの端末がどの端末と通信しているかというメタデータを監視できる」と警告されています。

また、Bluetoothプロトコル自体がセキュリティ面で最も堅牢とは言えないこと、誰でもメッシュに参加できることもリスク要因です。悪意のある行為者がネットワークに潜入し、通信パターンを監視する可能性は排除できません。

イランでは、SpaceXの衛星インターネットサービス「Starlink」を使って情報を外部に発信する動きも見られます。ただし、Starlinkの所持はイランでは違法であり、政府による妨害電波の発信も報告されています。

今後の展望:分散型通信技術の進化

「White Noise」の登場

ジャック・ドーシー氏は2025年7月、Bitchatに続いて2つ目の分散型メッセージングアプリ「White Noise」を発表しました。こちらはNostrプロトコルとMLS(Messaging Layer Security)プロトコルを組み合わせ、エンドツーエンド暗号化と検閲耐性を実現しています。

White Noiseはインターネット接続を必要としますが、中央サーバーに依存しない点でBitchatと同様の設計思想を持っています。OpenSatsと人権財団(Human Rights Foundation)の支援を受けており、人権保護の文脈での活用が期待されています。

ビットコイン・ライトニングネットワークとの連携

BitchatがNostrを採用していることで、ビットコインのライトニングネットワークとのネイティブ統合が可能になっています。「zap」と呼ばれる少額チップ機能により、スパム対策や投稿への支払い機能を、中央管理者なしで実現できる可能性があります。

まとめ

イランでのBitchat利用急増は、権威主義的な情報統制に対する市民の技術的な対抗手段として、分散型通信技術が重要な役割を果たし始めていることを示しています。

Bluetoothメッシュネットワーク技術には通信範囲やセキュリティ面での限界がありますが、香港、ミャンマー、そして今回のイランでの事例は、インターネット遮断下でも組織的な活動を可能にする潜在力を証明しています。

ジャック・ドーシー氏らが推進するオープンソースの分散型通信技術は、今後も世界各地での人権活動や市民運動において重要なツールとなる可能性があります。ただし、利用にあたってはセキュリティリスクを十分に理解し、状況に応じた判断が求められます。

参考資料:

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