日系損保3社、中東で船舶戦争保険の上乗せエリア拡大を検討
はじめに
中東情勢の急激な緊迫化を受け、東京海上日動火災保険、三井住友海上火災保険、損害保険ジャパンの日本の大手損害保険3社が、船舶戦争保険の保険料上乗せエリアを中東で拡大するかどうかの検討に入りました。新たにカタール周辺水域などが追加保険料の対象に指定される可能性があります。
米国・イスラエルによるイラン攻撃を背景にホルムズ海峡の通航リスクが急上昇し、国際的な海上保険市場では保険の引き受け停止や保険料の大幅な引き上げが相次いでいます。本記事では、船舶戦争保険の仕組みと、日系損保の動き、そしてエネルギー供給への影響を解説します。
船舶戦争保険とは何か
通常の海上保険ではカバーされないリスク
船舶保険には、通常の航海リスク(衝突、座礁、火災など)をカバーする「普通保険」と、戦争や内乱、テロなど政治的リスクに起因する損害をカバーする「戦争保険」の2種類があります。
戦争保険は、戦争行為や暴動、テロ攻撃、機雷、魚雷などによって船舶が被った損害を補償します。通常の海上保険では免責となるこれらのリスクを、別契約として引き受ける仕組みです。
追加保険料(AP)の仕組み
船舶戦争保険では、紛争地域やリスクの高い海域を「指定水域」として設定し、その水域を航行する場合には基本保険料に加えて「追加保険料(Additional Premium)」を徴収します。ロンドンの合同戦争委員会(JWC)が高リスク地域のリストを定期的に更新し、世界の海上保険市場における基準として機能しています。
追加保険料の水準は保険会社と船舶会社の個別交渉で決まりますが、リスクが高まれば急激に跳ね上がることがあります。
中東情勢の緊迫化と保険市場への衝撃
ホルムズ海峡の事実上の封鎖
2026年2月末から3月にかけて、米国・イスラエルによるイラン攻撃を受け、ホルムズ海峡周辺の緊張が一気に高まりました。イランによる船舶への威嚇行為や海上でのリスク増大を背景に、多くの海運会社がホルムズ海峡の航行を控える事態に至っています。
ホルムズ海峡は世界の原油輸送の約2割、LNG輸送の約3割が通過する要衝です。この海域のリスクが高まることは、エネルギー市場全体に大きな影響を及ぼします。
国際保険市場の対応
ロンドンのJWCはバーレーン、ジブチ、クウェート、オマーン、カタールなどを新たに高リスク地域に追加しました。これに伴い、国際保険市場では戦争保険の引き受け停止や大幅な保険料引き上げが相次いでいます。
具体的には、ペルシャ湾とホルムズ海峡を通航する船舶の戦争リスク保険料率が、船体価額の0.25%から1%にまで4倍に跳ね上がった事例が報告されています。1億ドルの船舶の場合、1回の航行あたりの追加保険料が約25万ドルから100万ドルに増加する計算です。保険は7日間ごとの更新制となっており、長期化すればコストは膨大になります。
米国による保険・護衛の提供表明
こうした状況に対し、トランプ米大統領は3月3日、ホルムズ海峡を航行する石油タンカーなどの船舶に対して米国が保険を提供し、必要に応じて海軍が護衛すると表明しました。しかし、市場関係者の間では「中途半端な対応」との見方もあり、民間保険市場の混乱は完全には収まっていません。
日系損保3社の対応と今後
カタール周辺水域の追加指定を検討
東京海上日動、三井住友海上、損保ジャパンの3社は、国際的な高リスク地域の拡大を踏まえ、日本の船舶戦争保険においてもカタール周辺水域を追加保険料の対象エリアに加えるか検討しています。
カタールは世界最大のLNG輸出国であり、同国周辺水域が高リスク指定されれば、日本のLNG調達コストに直接的な影響を与えます。日本はエネルギーの多くを中東からの輸入に依存しており、保険料の上昇は最終的にエネルギー価格に転嫁される可能性があります。
最終判断は情勢次第
日系損保3社は、米国・イスラエルによるイラン攻撃の今後の推移を見極めたうえで最終判断を下す方針です。追加保険料の水準は個別の交渉事項であり、船舶の種類や航路、契約条件によって異なります。
注意点・展望
海上保険料の上昇は、海運コストの増加を通じて貿易全体に波及します。特にLNGや原油の輸送コスト上昇は、日本のエネルギー価格に直結する問題です。中東依存度の高いアジア各国にとって、保険市場の動向は景気の先行指標とも言えます。
一方で、ロンドンの保険市場では一部の保険会社が高い保険料率で引き受けを再開する動きも出ています。リスクが高い分だけ保険料収入も大きく、保険ビジネスとしてはリスクとリターンのバランスを見る局面です。
紛争が長期化すれば、ホルムズ海峡を迂回する航路(喜望峰経由など)の需要が高まり、海運コストの構造的な上昇につながる可能性もあります。
まとめ
中東情勢の緊迫化は、海上保険市場に大きな混乱をもたらしています。日本の大手損保3社がカタール周辺水域を含む追加保険料エリアの拡大を検討していることは、リスクの深刻さを示しています。
ホルムズ海峡の安定がいつ回復するかは不透明であり、保険料の動向はエネルギーコストや物価に影響を及ぼします。中東からのエネルギー輸入に大きく依存する日本にとって、今後の保険市場と地政学リスクの推移を注視する必要があります。
参考資料:
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