中東危機で日本車に逆風、減産と部品不足が拡大
はじめに
中東情勢の緊迫化が、日本の自動車産業に深刻な影響を及ぼし始めています。2026年2月末の米国・イスラエルによるイラン攻撃を契機にホルムズ海峡が事実上封鎖され、物流の停滞が現実のものとなりました。
日産自動車は国内の九州工場で1,200台規模の減産を実施し、トヨタ自動車も中東向けに4万台規模の生産削減に踏み切っています。さらに、自動車部品に不可欠な石油化学原料の調達にも影響が及んでおり、事態は輸出停滞にとどまらない広がりを見せています。
本記事では、中東危機が日本の自動車産業に与える影響の全体像を整理し、今後の見通しについて解説します。
日本の自動車メーカーに広がる減産の波
日産:九州工場で1,200台規模の減産
日産自動車は、子会社の日産自動車九州(福岡県苅田町)の工場で月内に1,200台規模の減産を行うことを明らかにしました。同工場ではミニバン「セレナ」やSUV「エクストレイル」を製造しています。
減産の直接的な理由は、中東向け車両の輸出が滞っていることにあります。ホルムズ海峡の通航が事実上停止しているため、完成車を出荷できず、一時的に保管スペースの確保が必要になったとみられます。
日産のCEOは、車両の配送面では影響が出ているものの、部品サプライチェーンへの即座の影響は限定的との認識を示しています。ただし、状況の長期化に備えた対応は進めているとされています。
トヨタ:中東向け4万台の大幅減産
トヨタ自動車はより大規模な対応を迫られています。3月上旬から中東向け車両の生産を大幅に削減し、4月末までの2カ月間で約4万台の減産を計画しています。
減産の中心はSUV「ランドクルーザー」です。ランドクルーザーは中東市場で圧倒的な人気を誇り、トヨタの中東向け輸出の主力車種です。物流網の混乱と現地のリスク高まりを受け、輸出の大幅な削減を余儀なくされました。
国内では、ランドクルーザーの長期にわたる納車待ちが社会的な話題となっていますが、中東向けの減産分がそのまま国内供給に振り向けられるかは不透明です。生産ライン全体の調整が必要となるためです。
輸出停滞の構造的な背景
ホルムズ海峡封鎖の経緯
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランに対する軍事攻撃を実施しました。これを受けてイラン革命防衛隊はホルムズ海峡の通航を「許可しない」と警告し、海峡を通過する船舶のトラフィックは約70%減少しました。
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾と外洋を結ぶ唯一の海上交通路です。世界の原油輸送の約2割、アジア向け原油の約8割がこの海峡を経由しています。封鎖により、中東諸国との間の物流は事実上停止状態に陥りました。
中古車輸出にも打撃
新車の輸出だけでなく、中古車市場にも深刻な影響が出ています。2025年の日本の中古車輸出先ではUAE(アラブ首長国連邦)が22万3,999台で首位でした。中東13カ国に関わる日本企業1,515社のうち、227社が自動車・付属品卸売に該当します。
ペルシャ湾の入口が封鎖された現在、これらの事業者は代替ルートの確保や出荷の一時停止を余儀なくされています。迂回ルートを利用する場合、輸送日数は10〜14日程度の追加が見込まれ、コスト増も避けられません。
部品原料の調達危機
ナフサ不足が生産を直撃する恐れ
中東危機の影響は、完成車の輸出停滞にとどまりません。自動車部品の原料となる石油化学製品の調達にも深刻な懸念が広がっています。
現代の自動車には1台あたり150〜200kgのプラスチックやゴム部品が使用されています。これらの原料であるナフサの国内生産量は需要の約3割にとどまり、残りの7割をUAE、クウェート、カタールなどからの輸入に頼っています。ホルムズ海峡の封鎖でこの供給が途絶える事態となっています。
石油化学メーカーの減産が波及
大手化学メーカーはすでに対応に動いています。三菱ケミカルグループや三井化学は、3月上旬から国内のエチレン生産設備(クラッカー)の稼働率を引き下げました。出光興産も、封鎖の長期化に備えて一部設備の停止の可能性を取引先に事前通知しています。
石油化学原料の価格は短期間で15〜25%上昇しており、自動車メーカーにとって数千万ドルから数億ドル規模の追加コストとなる見込みです。この影響は部品サプライヤーを通じて、最終的に自動車の生産台数や価格に跳ね返ってくる構造です。
注意点・展望
中東依存のリスクが顕在化
日本の原油の中東依存度は約94%に達しています。2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、ロシア産原油の輸入を事実上停止したことで、中東への依存がさらに高まっていました。今回の危機は、こうしたエネルギー供給構造の脆弱性を改めて突きつけています。
自動車産業としては、原油由来の素材に依存する部品の代替素材開発や、サプライチェーンの多元化が中長期的な課題として浮上しています。
事態の長期化に備える必要
ホルムズ海峡の封鎖がいつ解消されるかは、国際情勢次第で予測が困難です。日本政府は石油の国家備蓄の放出で一時的な対応を図っていますが、根本的な解決策にはなりません。
自動車メーカー各社は、代替物流ルートの確保、在庫水準の見直し、生産計画の柔軟な調整といった対応を急いでいます。影響が数カ月単位で続く場合、生産停止に至るメーカーが出てくる可能性も指摘されています。
まとめ
中東危機による日本の自動車産業への影響は、輸出の停滞と部品原料の調達不安という二つの側面で広がっています。日産の1,200台規模の減産やトヨタの4万台削減は、その影響の大きさを物語っています。
特に注視すべきは、ナフサをはじめとする石油化学原料の供給不安です。化学メーカーの減産が本格化すれば、自動車部品のサプライチェーン全体に波及し、影響はさらに拡大する恐れがあります。エネルギー安全保障とサプライチェーンの強靱化が、日本の製造業にとって喫緊の課題であることが改めて浮き彫りになりました。
参考資料:
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