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by nicoxz

村木厚子が問う負の回転ドアと日本の再犯防止の本当の課題は何か

by nicoxz
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はじめに

村木厚子氏が語る「負の回転ドア」という言葉には、日本の再犯防止政策の弱点が凝縮されています。罪を犯した人が、刑務所から地域へ戻っても居場所や支援につながれず、再び罪に問われて刑事司法の入口へ戻される。その循環は、本人の意思の弱さだけでは説明できません。背景には、障害、貧困、孤立、そして司法と福祉の分断があります。

村木氏自身は2009年の郵便不正事件で逮捕され、2010年に無罪が確定しました。その経験を経て、障害のある人が適正な取り調べや裁判を受けられているのかという問題意識を深め、国家賠償請求で得た資金をもとに「共生社会を創る愛の基金」を立ち上げています。本記事では、「負の回転ドア」が何を意味するのかを整理したうえで、日本の再犯防止政策がいま何を変えようとしているのか、どこに限界が残るのかを解説します。

「負の回転ドア」が示す構造

村木厚子の問題意識の重さ

村木氏の問題提起に重みがあるのは、冤罪の当事者として刑事司法の圧力を経験したからです。東京都人権啓発センターのインタビューによれば、村木氏は164日間の勾留を経て無罪を獲得しました。取り調べや勾留の場で、自分の言い分を貫くことの難しさを実感したことが、後の活動につながっています。

「共生社会を創る愛の基金」は、その経験から、障害のある人にとって適正な刑事司法プロセスを保障し、社会復帰を進める仕組みづくりを掲げています。同基金の設立趣旨では、障害のある人は人口のおよそ5%とされる一方、刑務所入所者の約2割に知的障害があるという調査結果に触れ、自らの居場所がなく刑務所への出入りを繰り返す現象を「負の回転ドア」と表現しています。つまり問題の核心は、処罰の軽重だけでなく、入口の司法手続きと出口の地域生活の双方に支えが足りないことです。

この見方は、法務省の調査とも整合的です。法務省矯正局は2020年度の特別調査で、全国に知的障害を有する、またはその疑いのある受刑者が1,345人おり、そのうち療育手帳を取得している人は414人だったと公表しました。支援ニーズが制度に十分つながっていない可能性が、この数字からも見えてきます。

数字が示す再犯防止の壁

再犯防止の課題は、特定の少数事例ではありません。法務省の再犯防止推進白書によると、2022年の刑法犯検挙者中の再犯者数は81,183人、再犯者率は47.9%でした。新受刑者に占める再入者率も同年56.6%です。刑法犯全体の検挙人員が減っても、再犯者率が高止まりしやすい構造は続いています。

より深刻なのは、障害や生活困窮を抱える層で再犯リスクが高まることです。長崎刑務所の知的障害受刑者支援モデル事業を報じた長崎放送によれば、矯正局特別調査の速報値として、2022年の2年以内再入率は出所者全体が13%だったのに対し、知的障害のある人は25.8%でした。平均入所回数が5.5回、9割が窃盗というモデル事業対象者の姿は、再犯が処遇の問題である前に生活の問題であることを示しています。

再犯防止を支える支援の接続

住居と就労を切らさない仕組み

法務省は、帰住先がない者ほど刑務所への入所を繰り返し、再犯までの期間も短いと説明しています。また、2022年に刑務所へ再入所した人の約7割は再犯時に無職でした。住まいと仕事が再犯防止の中核にあるのは明らかです。

このため、法務省と厚生労働省は2006年度から「刑務所出所者等総合的就労支援対策」を実施しています。ハローワークと矯正施設、保護観察所が連携し、職業相談や紹介、面接支援を行う仕組みです。加えて、法務省の協力雇用主制度には全国で約25,000の事業者が参加しています。民間雇用の受け皿を増やす試みは前進ですが、就職先を紹介するだけでは十分ではありません。

日本財団職親プロジェクトが示すように、社会復帰に必要なのは「就労」だけでなく、「教育」「住居」「仲間づくり」です。本人に合わない就業先や、孤立したままの住居だけでは、生活の立て直しは続きません。村木氏が言う「回転ドア」を止めるには、出所直後の一点支援ではなく、生活が落ち着くまでの伴走が欠かせません。

福祉と司法をつなぐ地域支援

もう一つの柱が、福祉との接続です。厚生労働省の地域生活定着促進事業は2009年度に始まり、釈放後に直ちに福祉サービスが必要な高齢者や障害者について、地域生活定着支援センターが拘束中から釈放後まで一貫して相談支援を行う仕組みです。2021年度からは、被疑者・被告人の段階にある人への支援も始まりました。これは「出口」だけでなく「入口」でも支える方向への重要な転換です。

長崎刑務所のモデル事業も、この接続の有効性を示しています。2025年1月時点の中間報告では、2024年9月までに出所した28人のうち27人が帰住先を確保し、割合は96.4%でした。再入者は5人で17.9%です。件数自体はなお重いものの、住まいの確保や自己肯定感の向上が数字として表れ始めています。再犯防止は、刑務所内の更生プログラムだけで完結しないということです。

制度全体でも、再犯防止推進計画は2023年に第二次計画へ移行し、就労・住居、保健医療・福祉、地域による包摂など七つの重点課題を掲げました。2025年6月に導入された拘禁刑も、個々の特性に応じたきめ細かな処遇で改善更生と円滑な社会復帰を図ることを目的にしています。方向性は明確ですが、実効性は地域側の受け皿次第です。

注意点・展望

注意すべきなのは、障害のある人を危険視する議論に流れないことです。村木氏や愛の基金が訴えているのは、「障害があるから犯罪をする」という見方ではありません。支援の欠如や不適切な手続きが、司法への巻き込まれやすさと社会復帰の困難を増幅しているという指摘です。

また、拘禁刑や計画改定だけで状況が自動的に改善するわけでもありません。刑務所内で個別処遇を充実させても、地域に住宅支援、福祉サービス、理解ある雇用先、相談相手がなければ、出所後の生活は不安定なままです。地方自治体の再犯防止推進計画や民間支援団体との協働をどこまで厚くできるかが、次の焦点になります。

今後は、司法手続きの初期段階での合理的配慮、出所前からの住居調整、就労後の定着支援、そして地域での孤立防止を一体で考える必要があります。村木氏の「負の回転ドア」という表現は、その全体像を見失わないための言葉だと言えます。

まとめ

村木厚子氏がなくしたいと訴える「負の回転ドア」は、刑務所と地域を往復する個人の問題ではなく、司法、福祉、雇用、住居支援が切れている社会の問題です。冤罪の当事者となった経験を経たからこそ、村木氏は適正手続きと社会復帰支援をひと続きの課題として見ています。

日本では、第二次再犯防止推進計画、地域生活定着促進事業、協力雇用主制度、拘禁刑の導入など、制度面の前進は進んでいます。ただし、制度が増えることと、回転ドアが止まることは同義ではありません。再犯防止を本気で進めるなら、出所者を「管理対象」としてではなく、地域で暮らし直す主体として支える視点が必要です。そこに村木氏の問題提起の核心があります。

参考資料:

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