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by nicoxz

村木厚子元厚労次官が退官後に見出した産官学それぞれの役割と視点

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はじめに

2026年3月、日本経済新聞の名物連載「私の履歴書」に元厚生労働事務次官・村木厚子氏が登場しています。約40年にわたる公務員生活を経て2015年に退官した村木氏は、その後、企業の社外取締役や大学教授、社会福祉団体の代表など、多彩な分野で活躍を続けてきました。

連載第28回では、退官後に「産」(産業界)と「学」(学術界)の世界に飛び込み、そこで得た新たな視点や、産官学それぞれが持つ固有の役割について語られています。官僚として政策立案に携わった経験を持つ村木氏が、民間企業や大学で何を学び、どのような気づきを得たのか。本記事では、村木氏の退官後のキャリアを独自に調査し、産官学連携の意義を掘り下げます。

約40年にわたる公務員生活とその軌跡

入省から事務次官までの歩み

村木厚子氏は1955年に高知県で生まれ、高知大学を卒業後、1978年に労働省(現・厚生労働省)に入省しました。以来、女性政策や障がい者政策、働き方改革など幅広い分野で政策立案に携わり、キャリアを積み重ねてきました。

2013年7月には厚生労働事務次官に就任しています。女性の事務次官就任は、松原亘子労働事務次官以来16年ぶり2人目という快挙でした。そして2015年10月に退任し、約40年近くに及ぶ公務員生活に幕を下ろしました。

郵便不正事件という試練を乗り越えて

村木氏のキャリアを語る上で避けて通れないのが、2009年の郵便不正事件です。厚生労働省の企画課長だった村木氏は、障害者団体向け郵便割引制度をめぐる虚偽公文書作成の容疑で逮捕されました。164日間にわたる勾留を経験しましたが、2010年9月に大阪地裁から無罪判決を受けています。

その後、検察特捜部による証拠改ざんが発覚するという前代未聞の事態に発展しました。村木氏は復職を果たし、その後事務次官にまで上り詰めるという、まさに逆境を乗り越えたキャリアを歩みました。また、冤罪事件に関する国家賠償で得た賠償金は、累犯障がい者を支援する「共生社会を創る愛の基金」に寄付しています。この経験が、退官後の社会活動の原動力の一つになっていると考えられます。

退官後に挑んだ「産」と「学」の新世界

企業の社外取締役として知った「機動力」

村木氏は退官にあたり、産官学のうち「官」は十分に経験したため、残る「産」と「学」に取り組みたいと考えていたとされています。その最初の大きな機会が、2016年6月の伊藤忠商事の社外取締役就任でした。

伊藤忠商事では、村木氏が社外取締役に就任する以前から先進的な働き方改革に取り組んでいました。午後8時以降の残業を原則禁止し、朝5時から8時の早朝勤務を奨励する「朝型勤務」制度を導入しています。その成果は数字にも表れており、女性社員の合計特殊出生率は2010年度の0.94から2021年度には1.97へとおよそ2倍に上昇し、同年の全国平均1.30を大きく上回りました。また、共働きを選択する男性社員の割合も、2000年度の9%から2021年度には43%にまで増加しています。

2021年10月には社内に「女性活躍推進委員会」が設置され、村木氏が委員長を務めました。官僚時代に政策として女性活躍推進に取り組んでいた経験を、企業の現場で実践する立場へと変わったのです。村木氏は2023年6月まで約7年間にわたり伊藤忠商事の取締役を務めました。

さらに、2017年にはSOMPOホールディングスの監査役(2019年から取締役)、2018年には住友化学の取締役にも就任し、複数の大手企業でコーポレートガバナンスに携わっています。官僚時代には見えにくかった企業の「機動力」、すなわち意思決定の速さや柔軟な組織運営を、身をもって体験することになりました。

大学教授・社会福祉活動で広がる視野

「学」の分野では、2017年に津田塾大学総合政策学部の客員教授に就任し、次世代の育成にも力を注いでいます。行政の現場で培った知見を学生に伝えるとともに、若い世代の視点から新たな刺激を受ける場にもなっています。

社会福祉の分野での活動も精力的です。2016年4月には弁護士の大谷恭子氏とともに一般社団法人「若草プロジェクト」を立ち上げました。生きづらさを抱える少女や若年女性を支援するこの活動は、村木氏が官僚時代から取り組んできた社会的弱者の支援という使命の延長線上にあります。

2023年6月には全国社会福祉協議会の会長にも就任し、地域共生社会の実現や孤独・孤立対策に取り組んでいます。企業やスポーツ団体なども巻き込みながら、従来の福祉の枠を超えた連携を模索しているとされています。

産官学それぞれの役割と今後の展望

三者が持つ固有の強み

村木氏の退官後の歩みは、産官学それぞれのセクターが持つ固有の強みを浮き彫りにしています。「官」は法制度や政策を通じて社会の枠組みを作る力を持ち、「産」は機動力と実行力で素早く成果を出す力があります。そして「学」は長期的な視点で人材を育成し、理論的な基盤を提供する役割を担っています。

村木氏が伊藤忠商事で目の当たりにした企業の機動力は、官僚時代には実感しにくかった視点です。政策は立案から施行まで時間がかかりますが、企業はトップの決断一つで改革を推進できます。一方で、制度的な裏付けがなければ企業の取り組みは個別の事例にとどまりかねません。

女性活躍と働き方改革の今後

村木氏が長年取り組んできた女性活躍推進と働き方改革は、日本社会にとって依然として重要な課題です。企業での実践を通じて得た知見が、今後の政策提言や社会活動にどのように反映されるかが注目されます。

特に、村木氏が複数の企業で社外取締役を経験したことで、業種を超えた課題やベストプラクティスを俯瞰できる立場にいることは大きな強みです。全国社会福祉協議会の会長として、福祉分野に企業の視点を持ち込むなど、セクター横断的な取り組みが今後さらに広がっていく可能性があります。

まとめ

村木厚子氏は、約40年の公務員生活を経て退官した後、企業の社外取締役、大学教授、社会福祉団体の代表といった多様な立場を経験してきました。冤罪事件という大きな試練を乗り越え、事務次官を務めた後も歩みを止めることなく、新たな分野で学び続けている姿勢は印象的です。

産官学それぞれのセクターには固有の強みがあり、社会課題の解決にはその連携が不可欠です。日経新聞「私の履歴書」での連載を通じて語られる村木氏の経験は、セカンドキャリアを考える人々にとっても、また産官学連携のあり方を模索する社会にとっても、貴重な示唆を与えるものといえるでしょう。

参考資料:

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