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by nicoxz

村木厚子氏が語る障害者自立支援法の舞台裏と教訓

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はじめに

日本経済新聞の連載「私の履歴書」で、元厚生労働事務次官の村木厚子氏が自身のキャリアを振り返っています。2026年3月25日掲載の第24回では、2003年から2005年にかけて障害保健福祉部企画課長を務めた時代に焦点が当てられました。

当時、障害者福祉サービスの財政が行き詰まり、介護保険制度との統合案も浮上するなど混迷の時代でした。最終的に成立した「障害者自立支援法」は、応益負担をめぐり障害者団体から強い反発を受けました。村木氏はそれぞれの立場に「真実」があると語っています。本記事では、この法律の成立経緯と、そこから得られる教訓について解説します。

障害者福祉サービスの財政危機と介護保険統合案

支援費制度の行き詰まり

2003年に施行された「支援費制度」は、それまでの行政による措置制度から、障害者自身がサービスを選択・契約する制度へと転換した画期的な仕組みでした。しかし、制度変更によりサービス利用者が急増し、予算不足が深刻化しました。

村木氏が企画課長に就任した2003年は、まさにこの財政危機の渦中でした。障害者福祉に恒久的な財源を確保することが喫緊の課題となっていたのです。

介護保険との統合案の浮上と消滅

財源問題の解決策として浮上したのが、介護保険制度との統合案です。2003年には7県知事が「障害者福祉は介護保険で」との共同アピールを発表し、169市町村が加盟する「福祉自治体ユニット」も介護保険の年齢制限撤廃を提言しました。

しかし、この統合案には双方から懸念が示されました。障害者側からは「高齢者にないサービスが削られるのではないか」という不安が、介護保険制度側からも「対象拡大に伴う財政負担増」への警戒がありました。最終的にこの統合案は実現しませんでした。

障害者自立支援法の成立と応益負担の波紋

安定財源確保と引き換えの応益負担

介護保険との統合が見送られた後、2005年に「障害者自立支援法」が国会に提出されました。同法は障害種別(身体・知的・精神)ごとに分かれていたサービス体系を一元化し、国が費用の2分の1を義務的に負担する仕組みを導入しました。これにより安定的な財源が確保されることになります。

しかし、この法律には大きな論争点がありました。サービス量に応じた定率の利用者負担、いわゆる「応益負担」の導入です。障害が重くサービスの必要性が高い人ほど負担が増えるという仕組みは、障害者団体から「障害を自己責任とするものだ」と強い批判を受けました。

反対運動から違憲訴訟へ

応益負担の原則は、障害者やその家族の生活を圧迫しました。2008年10月には全国各地で違憲訴訟が提起されます。原告側は、障害者が社会参加するために必要なサービスに負担を課すことは、憲法が保障する生存権や平等権に反すると主張しました。

2009年の民主党政権誕生を契機に、国は和解を提案し、2010年1月に基本合意が成立しました。この合意では障害者自立支援法を廃止し、新たな法律を制定することが約束されました。その結果、2012年に「障害者総合支援法」が成立し、応益負担から応能負担(所得に応じた負担)へと見直されました。

村木厚子氏のキャリアとそれぞれの「真実」

現場と制度の間に立つ官僚として

村木氏は1978年に労働省(現・厚生労働省)に入省し、職業安定局や労働基準監督署での勤務を経て、福祉分野へとキャリアを広げました。障害保健福祉部企画課長として自立支援法の検討に携わった当時、財政の安定と障害者の権利保障という相反する要請の間に立っていました。

村木氏が語る「それぞれの真実がある」という言葉は、この経験から生まれたものです。財源の安定を求める行政の論理、サービス削減を恐れる障害者の不安、そして財政負担を懸念する自治体の立場。いずれも正当な根拠を持つ「真実」であり、一方の視点だけでは全体像を把握できません。

冤罪事件を超えて

村木氏は後に雇用均等・児童家庭局長に就任しましたが、2009年に郵便不正事件で逮捕・起訴されるという冤罪事件に巻き込まれました。大阪地検特捜部の検事による証拠改ざんが発覚し、2010年に無罪が確定しています。この経験を経ても村木氏は公務に復帰し、2013年には厚生労働事務次官に就任しました。女性としては16年ぶり2人目の事務次官でした。

現在は全国社会福祉協議会の会長を務めるなど、福祉分野での活動を続けています。

注意点・展望

障害者自立支援法から障害者総合支援法への移行は、日本の障害者福祉における重要な転換点でした。しかし、制度の課題がすべて解決されたわけではありません。障害福祉サービスの報酬体系や人材確保、地域間格差などの問題は今なお続いています。

村木氏の「それぞれの真実がある」という視点は、現在の社会保障制度の議論にも通じるものです。高齢化が進む中、限られた財源をどう配分するかという問いに、唯一の正解はありません。異なる立場の「真実」を理解したうえで、対話を重ねていくことの重要性を、この回の連載は示しています。

まとめ

村木厚子氏が「私の履歴書」で語った障害者自立支援法の立法過程は、日本の福祉政策における財源と権利のジレンマを浮き彫りにしています。支援費制度の財政破綻、介護保険との統合断念、応益負担導入への反発という一連の経緯は、社会保障改革の難しさを物語っています。

「それぞれの真実がある」という村木氏の言葉は、政策立案に携わるすべての人にとって重要な教訓です。多様な当事者の声に耳を傾け、対話を通じて合意形成を図ることが、持続可能な福祉制度の構築には不可欠です。

参考資料:

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