介護施設の事故報告、自治体5割が分析せず放置の実態
はじめに
全国の介護施設で死傷事故が相次いでいます。日本経済新聞が東京23区や政令指定都市など主要109自治体を対象に実施した調査では、自治体の5割が介護施設側から提出される事故報告書を分析していないことが明らかになりました。
利用者が死亡した事故は2024年度までの3年間で少なくとも計4,844件に上り、死亡原因では誤嚥(ごえん)や転倒が目立っています。介護事故の再発防止には、報告書の分析と知見の共有が不可欠ですが、現状では十分な体制が整っていません。この問題の背景と対策について解説します。
調査結果の概要
分析されない事故報告書
日経新聞の調査によると、主要109自治体のうち約5割が、介護施設から提出された事故報告書を分析していませんでした。事故報告書は施設側に提出が義務付けられていますが、受け取った自治体側で有効活用されていない実態が浮き彫りになりました。
事故報告の対象となるのは、主に死亡に至った事故と、医師の診断を受け投薬・処置等何らかの治療が必要となった事故です。死亡または重体に至った事故の場合は、把握時点での電話報告が求められ、事故報告書は発生から5日以内に提出することとされています。
3年間で4,800件超の死亡事故
調査では、利用者が死亡した事故が2024年度までの3年間で少なくとも4,844件に上ることが判明しました。死亡原因としては誤嚥や転倒が目立っており、適切な予防策があれば防げた可能性のある事故も含まれていると考えられます。
介護事故の実態
転倒・転落が最多
介護現場で最も多い事故は転倒・転落です。厚生労働省の調査報告によると、重大な介護事故として消費者庁に報告された事例のうち、「転倒・転落・滑落」が65.6%を占めています。続いて「誤嚥・誤飲・むせこみ」が13%となっています。
傷病の種類別では「骨折」が70.7%で最多であり、「死亡」が19.2%を占めています。これらの事故の約9割が入所施設で発生しています。
転倒事故のリスク
転倒事故は、移乗、排泄、入浴などあらゆる介助の場面で発生する可能性があります。特に見守り中や少し目を離した隙、他の利用者を見ている時など、介護が手薄になった状況で多く発生しています。
高齢者にとって転倒は深刻な結果を招きかねません。骨折や怪我から合併症を引き起こし、死亡につながるケースも少なくありません。介護が必要となった原因として「骨折・転倒」は、「認知症」「脳血管疾患」「高齢による衰弱」に次いで4番目に多く、全体の13.0%を占めています。
誤嚥事故の深刻さ
誤嚥(ごえん)事故も重大な結果を招きやすい事故類型です。施設内で意識消失し、後方病院へ搬送された後に死亡するケースが報告されています。
特に問題なのは、誤嚥発生時に医療スタッフによる救急回避措置(タッピング・ハイムリック法・吸引等)を実施しても、回避が困難なケースが多いことです。食事中の見守りや、利用者一人ひとりの嚥下機能に応じた食事形態の選択など、予防的な取り組みが重要です。
なぜ分析されないのか
自治体のリソース不足
事故報告書が分析されない背景には、自治体側のリソース不足があります。介護施設の監督業務を担当する職員数は限られており、提出された報告書を一つひとつ詳細に分析する余裕がないのが実情です。
報告書の受理と保管は行われていても、傾向分析や施設間での情報共有、再発防止策の検討まで手が回らないケースが多いと考えられます。
分析の仕組みの未整備
自治体ごとに事故報告の様式や運用が異なることも、広域的な分析を困難にしている要因です。厚生労働省は2024年11月に事故報告の標準様式を改訂し、電子的な報告・受付への対応を進めていますが、全国的な浸透にはまだ時間がかかります。
一部自治体の先進的取り組み
一方で、事故報告を有効活用している自治体もあります。福岡市では、サービス事業所から報告を受けた事故報告を集計し、各事業所・施設が事故再発防止等のために活用できるよう情報を公開しています。こうした取り組みの横展開が求められます。
事故防止の重要性
再発防止の基本的考え方
介護事故は、どれだけ気を付けていても起きてしまうことがあります。しかし、同種の事故が繰り返し発生する場合、それは事業所の責任となります。1度目は予測できなくても、2度目以降は予見・防止し得るとされているためです。
事故報告書は再発防止のために作成するといっても過言ではありません。可能な限り原因分析や再発防止策はチームで話し合い、さまざまな専門職が多角的な視点で分析することで、事故リスクを減らすことができます。
厚生労働省のガイドライン
厚生労働省は「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」を策定しています。このガイドラインでは、日常的な「事故予防対策」とともに、「事故発生時の適切な対応」および「防止策の検討」が不可欠としています。
ガイドラインは3部構成で、介護事故予防の基本的な考え方、施設内の仕組みの意義や運用上の留意点、推奨されるケアの具体的技術について解説しています。
組織的な取り組みの必要性
介護現場における事故防止活動では、職員の注意力だけで事故を防ぐのではなく、組織で取り組み、仕組みで事故を防ぐことが重要です。「全ての事故は防げない」というのが介護の事故防止活動の大きな特徴であり、人の生活を援助する仕事である以上、避けられないリスクがあることも事実です。
だからこそ、起きた事故を確実に分析し、防げる事故を着実に減らしていく姿勢が求められます。
背景にある人手不足
深刻な介護人材不足
介護施設での事故増加の背景には、慢性的な人手不足があります。公益財団法人介護労働安定センターの調査によると、約7割近い介護施設が人材の不足感を抱えています。
厚生労働省の推計では、2026年度には約240万人、2040年度には約272万人の介護職員が必要とされています。2040年には約57万人が不足する見込みで、これは10名体制が必要な現場に8名しか配置できない状況を意味します。
人手不足がもたらす影響
人材不足により介護職員一人あたりの負担が増え、見守りが手薄になる時間帯が生まれやすくなります。転倒事故の多くが「介護が手薄になった状況」で発生していることを考えると、人手不足と事故リスクは密接に関連しています。
また、長時間労働や職場環境の悪化は離職率の上昇を招き、さらなる人材不足につながる悪循環が懸念されています。
今後の展望と課題
国による情報収集・分析の動き
厚生労働省は、全国の介護施設で発生した事故による死者数や原因を収集・分析し、結果を公表する方針を固めています。これにより、自治体ごとにばらばらだった情報が一元化され、全国的な傾向分析や効果的な再発防止策の検討が可能になることが期待されます。
求められる対策
事故の再発防止には、複数の取り組みが必要です。まず、自治体における事故報告書の分析体制の強化が急務です。専門職員の配置や、分析ツールの導入などが考えられます。
次に、施設間での情報共有の仕組みづくりです。一つの施設で起きた事故の教訓を、他の施設でも活かせるような枠組みが必要です。
さらに、根本的な解決には介護人材の確保が欠かせません。賃金引き上げ、職場環境の改善、IT化による業務効率化、外国人材の活用など、多角的なアプローチが求められます。
まとめ
介護施設の事故報告書が自治体の半数で分析されていない現状は、再発防止の観点から深刻な問題です。3年間で4,800件を超える死亡事故が発生している中、報告書を「受け取るだけ」で終わらせず、分析・活用する体制の構築が急務です。
介護事故の完全な防止は困難ですが、転倒や誤嚥といった防げる事故を減らす努力は可能です。自治体、施設、国が連携し、事故情報の収集・分析・共有を進めることで、高齢者が安心して過ごせる介護環境の実現を目指す必要があります。介護を必要とする高齢者が増え続ける中、この問題への取り組みは社会全体の課題といえます。
参考資料:
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