原油100ドル突破で株安加速、有事の投資戦略を考える
はじめに
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの大規模軍事攻撃を開始してから約10日が経過しました。当初は「短期間で終結する」との楽観的な見方もありましたが、戦闘の長期化懸念が強まり、原油価格は1バレル100ドルを突破しています。
株式市場では「遠くの戦争は買い」という古くからの相場格言が知られています。しかし今回の事態では、ホルムズ海峡の通航が事実上の封鎖状態に陥り、世界の原油供給に深刻な打撃を与えています。過去の地政学イベントを振り返ると、原油の供給懸念が強まった局面では市場の動揺が長引く傾向があります。本記事では、原油高と株安の連鎖メカニズムを分析し、投資家が注視すべきポイントを整理します。
原油100ドル突破の背景と市場への衝撃
急騰する原油価格の実態
WTI原油先物価格は、攻撃開始前の2月27日時点で1バレル約67ドルでした。それが3月8日には一時111ドルを記録し、わずか10日間で66%もの急騰を見せています。これは過去40年以上で最も急速な原油価格の上昇です。
急騰の主因はホルムズ海峡の事実上の封鎖にあります。イランがペルシャ湾岸地域での軍事行動を活発化させた結果、3月1日のホルムズ海峡の通航隻数は2019年の統計公表以降で最低の26隻にまで落ち込みました。ホルムズ海峡は世界の海上原油輸送量の25%以上、世界の石油消費量の約20%を担う要衝です。この海峡が封鎖されれば、原油価格が140ドルにまで急騰するとの試算も出ています。
世界の株式市場に走った衝撃波
原油価格の急騰は、直ちに世界の株式市場に波及しました。日経平均株価は3月4日に前日比2,033円安(3.6%下落)の54,245円を記録し、その後も下げ幅を拡大しています。3月9日には前営業日比2,892円安の52,728円で取引を終え、歴代3位の下げ幅となりました。
米国市場も大きく動揺し、ダウ先物は一時1,000ポイント以上下落しています。アジア市場も総崩れの展開で、韓国株も急落するなど、世界的なリスク回避の動きが鮮明です。Bloomberg報道によれば、原油が100ドル前後で推移する場合、個人消費に支えられた米経済が圧迫される恐れがあり、「押し目買い」は危険との警告も出ています。
「遠くの戦争は買い」が通用しない理由
相場格言の前提が崩れるとき
「遠くの戦争は買い、近くの戦争は売り」は、日本の株式市場で長く語り継がれてきた格言です。遠方で発生した紛争は自国経済への直接的な被害が限定的であるため、株価下落は一時的であり「買い場」になるという考え方です。実際、第一次世界大戦では戦禍から遠い日米両国で「特需」が発生し、朝鮮戦争でも日本は高度経済成長への助走となる特需を経験しました。
しかし、過去50回の地政学イベントを分析した研究では、S&P500は地政学ショック後に平均約5%下落し、通常3週間程度で底を打ち、1〜2か月で回復するとされています。ただし、これは原油供給に深刻な影響がなかった場合に限られます。1973年のヨム・キプール戦争とアラブ石油禁輸、1990年のイラク・クウェート侵攻など、原油供給の混乱を伴った事例では、株式市場は2桁の下落を記録し、回復にも長い時間を要しました。
グローバル経済が「遠い戦争」を許さない
現代のグローバル経済では「遠い戦争」は存在しないとも指摘されています。2022年のロシアによるウクライナ侵攻は、世界的なインフレと食糧・エネルギー供給の混乱を引き起こしました。情報伝達のスピードが格段に速くなり、世界経済が複雑なサプライチェーンで結ばれている現在、地理的な距離は市場への影響を軽減する要因にはなりません。
特に日本にとっては、中東との経済的な距離が極めて近いという現実があります。日本の原油は中東依存度が約94%に達し、そのうち約9割がホルムズ海峡を経由しています。今回のイラン攻撃は、日本経済にとって「遠くの戦争」どころか、エネルギー安全保障の根幹を揺るがす事態です。
スタグフレーション懸念と今後の市場見通し
高まるスタグフレーションリスク
原油高騰がもたらす最大の懸念は、スタグフレーション(景気停滞と物価上昇の同時進行)のリスクです。Bloombergの報道によれば、円安と原油高騰の二重苦により、日本ではスタグフレーションに陥るリスクが高まっています。
野村総合研究所の試算では、WTI原油先物が1バレル100ドルで推移した場合、日本の実質GDPは1年間で0.30%低下し、物価は0.52%上昇するとされています。さらに、ホルムズ海峡の封鎖が長期化した場合、日本総合研究所はGDPを3%押し下げる可能性を指摘しています。原油高は輸入物価の上昇を通じてインフレを加速させる一方、家計の実質所得を低下させ個人消費を悪化させるため、景気と物価が逆方向に動くスタグフレーション的な状況を生み出します。
金融政策の「凍結」という難題
原油高騰は日米の金融政策にも大きな制約を課しています。インフレ圧力が高まれば利下げは難しくなりますが、景気悪化への対応には金融緩和が必要です。この矛盾した状況が、日米両国の中央銀行を「動けない」状態に追い込んでいます。モルガン・スタンレーの分析では、原油価格の急騰が持続すれば「短期的には経済にスタグフレーション的な影響をもたらす可能性がある」としています。
G7は原油備蓄の放出を含めた対応策の準備を表明していますが、その効果は限定的との見方が支配的です。市場では、戦闘が4週間程度で終結するとの見方がゴールドマン・サックスの分析で示されていますが、長期化した場合の影響は計り知れません。
注意点・展望
投資家が注視すべきポイントは3つあります。第一に、ホルムズ海峡の通航状況です。海峡の封鎖が解除されるかどうかが、原油価格の行方を左右する最大の要因です。第二に、米国による戦闘終結の時期です。トランプ大統領は「間もなく終結する」と述べていますが、イラン側は攻撃拡大を警告しており、先行きは不透明です。
第三に、各国のインフレ指標と中央銀行の対応です。原油高がコアインフレに波及する速度と程度が、金融政策の方向性を決定します。過去の事例が示すように、原油供給への懸念が後退すれば市場は比較的速やかに回復する傾向がありますが、供給途絶が長期化した場合は株式市場の調整も長引く可能性があります。
まとめ
今回のイラン攻撃に伴う原油価格100ドル突破は、「遠くの戦争は買い」という相場格言が通用しない典型的な事例です。ホルムズ海峡の事実上の封鎖による原油供給の途絶は、世界経済に直接的な打撃を与えており、特にエネルギーの中東依存度が高い日本経済への影響は深刻です。
過去の地政学イベントの分析からは、原油供給の懸念が伴わない紛争では株価は早期に回復する一方、供給途絶を伴う場合は調整が長引くという明確なパターンが読み取れます。投資家にとっては、戦闘の終結時期とホルムズ海峡の正常化のタイミングが最重要の判断材料です。短期的な値動きに一喜一憂せず、原油供給の回復状況を冷静に見極める姿勢が求められます。
参考資料:
- 原油価格が1バレル=100ドル突破、イラン情勢悪化で - Bloomberg
- Oil surges and stock futures sink as war in Iran threatens crude supply - CNN Business
- Oil Prices Have Skyrocketed 66% Since the Iran War Began - The Motley Fool
- 日経平均は大幅反落、イラン情勢の長期化懸念で歴代3位の下げ幅 - Newsweek日本版
- イラン攻撃で高まる原油価格上昇リスクと日本経済への影響試算 - 野村総合研究所
- 円安と原油高騰の二重苦、日本で高まるスタグフレーションのリスク - Bloomberg
- イスラエル・イラン紛争は原油価格を押し上げ、ホルムズ海峡封鎖で140ドルに急騰も - 日本総研
- 原油100ドルなら米株押し目買いは危険、スタグフレーションを意識 - Bloomberg
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