パソナが健康経営支援に本格参入、3兆円市場へ挑む
はじめに
パソナグループが、企業の健康経営を総合的に支援する新サービスの提供を開始しました。従業員の心身の不調が企業にもたらす経済的損失を数値化し、課題に応じた施策を効率的に実行できる仕組みです。
1976年の創業から約50年にわたり人材派遣事業を中核としてきたパソナグループですが、近年はウェルビーイング事業を次の成長の柱として位置づけています。経済産業省が推計する約33兆円規模のヘルスケア産業市場のなかでも、企業向け健康経営支援は急成長が見込まれる領域です。
本記事では、パソナの新サービスの内容と、同社の事業転換の狙い、そして拡大する健康経営市場の動向について解説します。
プレゼンティーズムの可視化が核心
「出勤しているのに生産性が低い」問題
今回のサービスの中核となるのが、「プレゼンティーズム」の経済的損失を可視化する機能です。プレゼンティーズム(Presenteeism)とは、従業員が心身の不調を抱えながらも出勤し、業務を続けている状態を指します。頭痛、肩こり、メンタル不調などが代表的な原因です。
注目すべきは、プレゼンティーズムが企業の健康関連コスト全体の約78%を占めるという調査結果です。医療費が約16%であるのに対し、「出勤しているが本来の力を発揮できていない」状態による損失は圧倒的に大きいのです。
従業員1人あたりの年間損失額は約56万円とされ、1,000人規模の企業であれば年間で数億円の損失が発生していると試算されます。しかし、多くの企業ではこの「見えない損失」を把握できていないのが現状です。
データドリブンな健康施策の提案
パソナの新サービスでは、企業全体の年間損失額を具体的に試算します。たとえば「全社の年間損失額は5億5,000万円」といった形で、経営層が直感的に理解できる数値として提示します。
その上で、損失の原因となっている健康課題を分析し、優先度の高い施策から順に提案する仕組みです。従来の健康経営支援は、健康診断の実施やストレスチェックの導入といった「施策ありき」のアプローチが主流でした。パソナの新サービスは、データに基づいて「どこに投資すべきか」を明確にする点で差別化を図っています。
人材派遣業から50年、事業構造の転換
パソナグループの歩みと転換点
パソナグループは1976年、大阪で「マンパワーセンター」として創業しました。主婦の就労機会の創出を目的に人材派遣事業をスタートし、以来約50年にわたり人材サービス業界の大手として成長してきました。現在は60以上のグループ会社を擁し、人材派遣、BPO、人材紹介、教育・研修など幅広いサービスを展開しています。
しかし、人材派遣市場は成熟期を迎えており、競合との差別化が難しくなっています。こうした中、パソナグループは「PASONA GROUP VISION 2030」を掲げ、収益構造の改革と新たな事業成長を目指す方針を打ち出しました。
ウェルビーイング事業への本格投資
パソナグループがウェルビーイング領域を次の成長エンジンに位置づけている姿勢は、複数の取り組みから明確に読み取れます。
まず、Well-being領域のベンチャー企業への投資として約30億円を計画しています。また、淡路島を「ウェルビーイングアイランド」と位置づけ、禅リトリート施設の開業やビジネスコンテストの開催など、実証実験の場としても活用しています。
さらに、「パソナグループDX VISION 2030」を策定し、デジタル技術を活用したウェルビーイングの実現を推進しています。今回の健康経営支援サービスも、こうした事業転換戦略の一環と位置づけられます。
拡大する健康経営市場の追い風
経済産業省が旗振り役に
健康経営は、経済産業省が主導する政策的な後押しを受けて急速に普及しています。2026年3月には「健康経営銘柄2026」として44社が選定され、「健康経営優良法人2026」には大規模法人3,765社、中小規模法人23,085社が認定されました。
パソナグループ自身も、健康経営銘柄に選定され、健康経営優良法人の「ホワイト500」には9年連続で認定されています。自社の実践で蓄積したノウハウを外販するという構図です。
市場規模と成長ポテンシャル
経済産業省の推計によると、ヘルスケア産業の市場規模は2016年の約25兆円から2025年には約33兆円に拡大する見通しです。なかでも「健康保持・増進」分野は約9.2兆円から約12.5兆円への成長が見込まれています。
企業向けの健康経営支援に限定した市場でも、健康経営に取り組む企業数の急増を背景に拡大が続いています。健康経営優良法人の認定数は年々増加しており、特に中小企業での導入が加速しています。
競合環境と差別化ポイント
健康経営支援サービスの市場には、SOMPOヘルスサポート、empheal(東京ガスグループ)、RIZAP法人向けサービスなど、多様なプレーヤーが参入しています。
パソナの強みは、人材サービス企業として長年培ってきた企業との関係性と、人事・労務に関する深い知見です。健康経営は人事部門が主導することが多いため、人材サービスの既存顧客基盤をそのまま活用できる点は大きなアドバンテージとなります。
注意点・展望
健康経営支援サービスが実効性を持つためには、いくつかの課題があります。まず、プレゼンティーズムの測定手法は企業によってばらつきがあり、損失額の算定が過大評価になるリスクがあります。サービスの信頼性を維持するには、科学的なエビデンスに基づいた測定方法の標準化が重要です。
また、健康経営は短期的なROI(投資利益率)が見えにくい領域です。経営層に対して中長期的な価値を説得力のある形で示し続ける仕組みが求められます。
一方で、働き方改革や人的資本経営の流れは今後も続く見通しです。2023年から有価証券報告書での人的資本情報の開示が義務化されたこともあり、従業員の健康への投資を「見える化」するニーズは一層高まるでしょう。パソナグループにとって、50年の節目に踏み出すウェルビーイング事業への転換が成功するかどうかは、このサービスの普及が試金石となります。
まとめ
パソナグループの健康経営支援サービスは、プレゼンティーズムの経済的損失を可視化し、データに基づく施策提案を行う点が特徴です。人材派遣事業で培った企業との関係性を武器に、拡大するヘルスケア産業市場への参入を本格化させています。
企業にとっては、健康経営への投資を「コスト」ではなく「経営戦略」として捉え直す契機となります。従業員の健康状態と企業の生産性が数値で結びつくことで、より実効性のある施策の実行が可能になるでしょう。
健康経営に関心のある企業担当者は、まず自社のプレゼンティーズムによる損失額を把握することから始めてみてはいかがでしょうか。
参考資料:
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