KSKの健康経営に学ぶ「性弱説」経営とは
はじめに
「喫煙者は採用しない」「社内宴会はノンアルコールで乾杯」。一見すると行き過ぎた干渉に思えるこれらの施策を、10年以上にわたり徹底している企業があります。独立系IT企業の株式会社KSKです。
KSKは経済産業省と東京証券取引所が共同で選出する「健康経営銘柄」に7年連続で選定され、「健康経営優良法人(ホワイト500)」にも9年連続で認定されています。同社の取り組みは、単なる福利厚生の充実ではありません。「性弱説」という独自の人間観に基づき、社員を組織として守るという明確な経営方針があります。
この記事では、KSKの健康経営の具体的な施策と、その背景にある経営哲学、そしてIT業界における健康経営の重要性について解説します。
KSKの健康経営が生まれた背景
きっかけは2人の社員の病
KSKの健康経営は、2013年に始まりました。きっかけは、ヘビースモーカーだった2人の社員が立て続けにくも膜下出血で倒れたことでした。
当時社長だった河村具美氏(現会長)は、この出来事を受けて「社員の健康を守るために、徹底的に禁煙運動をやろう」と決断します。同年4月に「禁煙宣言」を発表し、全社を挙げた禁煙運動がスタートしました。
開始当初、KSK全社員の31.4%にあたる483人が喫煙者でした。しかし、河村会長の強いリーダーシップのもと、あらゆる手立てを講じた結果、わずか1年で喫煙者は5人にまで激減。2015年11月には喫煙者ゼロを達成し、以降もこの状態を継続しています。
「性弱説」に基づく経営哲学
KSKの健康経営の根底には、「性弱説」という人間観があります。これは「人間は本来弱い存在である」という考え方です。
社員の悪い生活習慣や依存傾向を、個人の「努力不足」として切り捨てるのではなく、組織の問題として捉えるのがKSKのアプローチです。たばこをやめられないのは本人の意志が弱いからではなく、やめにくい環境に問題があるという発想に立っています。
この考え方に基づき、KSKは事故・疾病・不祥事を未然に防ぐ「お節介」な施策を、10年以上にわたり積み重ねてきました。
KSKが実践する具体的な施策
禁煙誓約書と採用方針
KSKでは、喫煙者を採用しない方針を明確にしています。入社を希望する喫煙者には、禁煙を誓約したうえで入社することを求めています。
この方針は法的にも問題ありません。裁判例では、憲法の「経済活動の自由」を根拠に会社の「採用の自由」が認められており、合理的な理由があれば喫煙の有無を採用条件にすることは違法ではないとされています。
KSKでは、採用時に禁煙誓約書を取得するだけでなく、禁煙を継続するためのサポート体制も整えています。相談窓口の設置、禁煙外来治療費の補助、禁煙補助剤の購入費支給、禁煙を促すアプリの提供など、多角的な支援を行っています。
社内宴会はノンアルコールで乾杯
KSKのユニークな施策として、社内宴会でのノンアルコール乾杯があります。飲酒を強制しない環境をつくることで、アルコールに関連する健康リスクや、飲み会でのハラスメントを防止しています。
近年、厚生労働省は「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を策定し、適正飲酒の啓発を進めています。KSKの取り組みは、こうした社会的な流れを先取りしたものといえます。
定期健康診断受診率100%の継続
KSKでは、2003年以降19年連続で定期健康診断受診率100%を維持しています。IT企業で受診率100%を達成することは珍しく、業界では異例の取り組みです。
河村会長は「健康は害さないと気付かない空気みたいな存在。若いときから習慣として身に付けることが大切」と発信しています。この方針のもと、社員一人ひとりが自らの健康に関心を持つベースができていました。
エンゲージメント重視の経営
KSKでは、健康経営と並行して「エンゲージメント重視の経営」にも取り組んでいます。社員を孤独にせず、上司や同僚と支え合う心の絆を形成することを重視しています。
チーム制の導入や、社員同士が信頼と共感で結びつく企業風土の醸成に努めており、メンタルヘルスの予防にもつながっています。
IT業界で健康経営が重要な理由
長時間労働と健康リスク
IT業界は、長時間労働や精神的負荷が高い業界として知られています。IT業界の残業時間平均は23.2時間で、日本全体の平均10.5時間と比較すると、約2倍以上の差があります。
業務における過重な負荷による脳・心臓疾患や、強い心理的負荷による精神障害が多い業界でもあります。開発途中での仕様変更、ゴールの見えない作業、一人で仕事を抱え込む傾向などが、エンジニアの心身の健康を蝕んでいます。
睡眠不足と生産性低下
順天堂大学と健康長寿産業連合会の共同研究によると、睡眠により十分な休養が取れている従業員の割合が1%増加すると、離職率が0.020%、メンタルヘルス関連の欠勤率が0.005%減少することが示されています。
経済産業省の「健康経営ガイドブック」では、睡眠に課題がある従業員が会社に与える損失リスクは、運動不足や飲酒・喫煙など他の因子に比べて大きいとされています。1人当たり年間33万円近い損失があるとの試算もあります。
健康経営が採用競争力に
KSKの事例が示すように、健康経営への取り組みは採用の場面でも高く評価されています。ジャスダック上場企業で健康経営銘柄に選定されたのはKSKだけであり、この実績が社員の誇りにつながっています。
人材獲得競争が激化するIT業界において、健康経営は企業の差別化要因となりつつあります。
注意点・展望
喫煙者不採用の法的リスク
喫煙者を採用しない方針は、法的には認められていますが、注意点もあります。行政の見解では、喫煙は趣味・嗜好に関することであり、業務への適性と能力に関係がない事項を面接で尋ねることは就職差別につながるおそれがあるとされています。
導入を検討する企業は、社内ルールブックの提示や合理的な理由の説明など、応募者に会社の意図を丁寧に伝えることが推奨されます。
健康経営の今後の方向性
健康経営優良法人の認定要件には、喫煙対策として「喫煙率低下に向けた取り組み」と「受動喫煙対策に関する取り組み」が含まれています。特に後者は必須の認定要件となっており、企業の健康経営において禁煙対策は欠かせない要素です。
また、睡眠改善やメンタルヘルスケアへの注目も高まっています。仮眠室の設置、睡眠リテラシー向上セミナーの開催、カウンセリングサービスの提供など、多角的な施策を展開する企業が増えています。
まとめ
KSKの健康経営は、「性弱説」という独自の人間観に基づき、社員を組織として守るという明確な経営方針のもとで実践されています。禁煙誓約書、ノンアルコール乾杯、定期健康診断受診率100%など、「お節介」ともいえる徹底した施策が、健康経営銘柄7年連続選定という実績につながっています。
IT業界は長時間労働や精神的負荷が高く、健康経営の重要性が特に高い業界です。KSKの事例は、トップのリーダーシップと組織的なサポート体制があれば、社員の健康を守りながら企業価値を高めることができることを示しています。
健康経営に取り組む企業が増えるなか、KSKの「性弱説」に基づくアプローチは、一つの参考になるのではないでしょうか。
参考資料:
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