ROIC経営が注目される理由と個人投資家の活用法
はじめに
東証が2023年に打ち出した「資本コストや株価を意識した経営」の要請以降、日本企業の資本効率に対する注目度が急速に高まっています。従来は自己資本利益率(ROE)が代表的な指標として使われてきましたが、最近は投下資本利益率(ROIC)という指標が注目を集めています。
ROICは、企業の「稼ぐ力」をより正確に測る指標として、機関投資家だけでなく個人投資家にも重要な物差しとなりつつあります。本記事では、ROICの基本的な仕組みからROEとの違い、企業ランキングの見方、そして実際の投資判断への活用法まで、わかりやすく解説します。
ROICとは何か — 基本を押さえる
計算式と意味
ROICとは「Return on Invested Capital」の略で、日本語では「投下資本利益率」と呼ばれます。計算式は以下の通りです。
ROIC = 税引後営業利益(NOPAT) ÷ 投下資本(有利子負債 + 株主資本)
ROICは、企業が事業に投じたすべての資本(株主資本だけでなく借入金も含む)を使って、どれだけ効率的に利益を生み出したかを示します。つまり、企業の本業における「資金の使い方のうまさ」を数値化した指標です。
一般的に、ROICが7〜8%以上であれば資本コスト(WACC)を上回り、企業価値を創出していると判断されます。業種によって目安は異なりますが、10%を超える企業は資本効率に優れていると評価できます。
ROICの業種別目安
情報通信業界は平均ROICが高く、20%を超える企業も珍しくありません。一方で、インフラや重工業などの資本集約型の業種は、投下資本が大きいため、ROICは低くなる傾向があります。投資判断では、同業種内での比較が有効です。
ROEとROICの決定的な違い
ROEの弱点 — レバレッジの影響
ROE(自己資本利益率)は「当期純利益 ÷ 自己資本」で計算されます。株主の出資分に対するリターンを示す指標として広く使われてきましたが、大きな弱点があります。
それは、借入金を増やして自己資本比率を下げると、ROEが高くなるという点です。つまり、財務レバレッジを効かせることで、本業の収益力が向上していなくてもROEを高く見せることが可能です。これは投資家にとって判断を誤らせるリスクがあります。
ROICが優れている3つの理由
1. 財務構成に左右されにくい ROICは有利子負債と株主資本の合計を分母とするため、借入金を増やしても数値が自動的に改善されることはありません。企業の本質的な収益力を反映します。
2. 事業部門ごとの評価が可能 ROICは事業部門ごとに算出できるため、どの事業が資本を効率的に使っているかを可視化できます。ポートフォリオ経営の判断に適しています。
3. 資本コストとの比較がしやすい ROIC > WACC(加重平均資本コスト)であれば、企業は投資家の期待リターンを上回る価値を生み出していると判断できます。この比較により、企業が本当に株主価値を創出しているかどうかが明確になります。
東証改革とROIC経営の広がり
PBR1倍割れ問題が契機に
2023年3月、東証はプライム市場・スタンダード市場の上場企業に対して、「資本コストや株価を意識した経営の実現」を求める要請を出しました。この背景には、当時プライム市場の約半数がPBR(株価純資産倍率)1倍割れという深刻な状況がありました。
PBR1倍割れは、市場が「この会社は投下した資本に見合う価値を生み出していない」と評価していることを意味します。東証はこの状況を問題視し、企業に改善策の開示と実行を促しました。
ROIC経営の先駆者たち
国内でROIC経営の先駆者として知られるのがオムロンです。同社は2013年にいち早くROICを経営指標に導入し、「ROIC逆ツリー」と呼ばれる独自の管理手法を構築しました。ROICを現場の具体的なKPIに分解し、各事業部門が改善すべきポイントを明確にする仕組みです。
この取り組みの結果、オムロンのROICは導入前と比べて約13ポイント上昇し14.1%に達しました。売上総利益率も9.7ポイント改善するなど、目覚ましい成果を上げています。
また、SWCC(旧昭和電線ホールディングス)は2019年度からROIC経営を推進し、導入前の3.8%から7.1%へとROICを改善しました。三菱ケミカルグループもROICツリーを活用した全社改善活動に取り組んでいます。
個人投資家がROICを活用するポイント
ランキングの読み方
ROICランキングを見る際、単純に数値が高い企業を選べばよいというわけではありません。以下の点に注意が必要です。
同業種内で比較する: 情報通信企業と重工業企業のROICを比較しても意味がありません。同じ業界内での相対的な位置づけを確認しましょう。
トレンドを重視する: ある一時点のROICよりも、過去3〜5年間の推移が重要です。ROICが継続的に改善している企業は、経営努力が実を結んでいる可能性が高いです。
WACCとの関係を確認する: ROICがWACCを上回っているかどうかが最も重要な判断基準です。ROICが高くてもWACCを下回っていれば、企業価値は毀損されています。
投資判断での実践的な使い方
個人投資家がROICを活用する具体的な方法として、以下のステップが有効です。
まず、スクリーニングツールや金融情報サイトでROICランキングを確認します。ストレイナーや株探などのサービスで、業種別のROICデータを無料で閲覧できます。
次に、ROICが安定的に高い企業をリストアップし、PERやPBRなどの株価指標と組み合わせて割安度を判断します。ROICが高いにもかかわらずPBRが低い企業は、市場から過小評価されている可能性があります。
注意点・展望
ROICの限界も理解する
ROICは優れた指標ですが、万能ではありません。ROICを高めることだけを重視すると、成長投資を控えて短期的な利益を追求する傾向が生まれるリスクがあります。設備投資や研究開発を抑制すれば投下資本が減少しROICは改善しますが、長期的な競争力は低下します。
また、ROICは過去の実績を示す指標であり、将来の成長性を直接反映するものではありません。成長企業は大規模な先行投資によって一時的にROICが低下することもあります。
今後の展望
東証改革の影響で、ROIC経営を導入する企業は今後さらに増加する見通しです。中期経営計画でROIC目標を掲げる企業も増えており、投資家との対話においてROICは不可欠な指標となりつつあります。個人投資家にとっても、ROICを理解し活用することは、投資判断の精度を高める有効な手段です。
まとめ
ROICは、企業が投下した資本をどれだけ効率的に活用しているかを示す指標です。ROEと比べて財務レバレッジの影響を受けにくく、事業の本質的な収益力を把握できるという強みがあります。
東証改革を契機にROIC経営を導入する企業が増加しており、オムロンやSWCCなどの成功事例も蓄積されてきました。個人投資家としては、ROICランキングを同業種内で比較し、中長期のトレンドやWACCとの関係に注目することで、より精度の高い投資判断が可能になります。まずは保有銘柄や注目銘柄のROICを確認するところから始めてみてはいかがでしょうか。
参考資料:
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