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by nicoxz

トランプ複合危機に日本経済は本当に関税と原油途絶へ備えられるのか

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はじめに

2025年4月2日にトランプ政権が打ち出した相互関税は、世界経済の転調を象徴する出来事でした。ただ、いま振り返ると本当の問題は関税率そのものではありません。関税、地政学的衝突、原油輸送の途絶、気候政策の反転が重なり、企業や政府の意思決定を難しくする「複合危機」に変わったことです。

日本にとってこの論点が重いのは、輸出依存だけでなく、エネルギーの海外依存度も高いからです。しかも2026年3月には、イラン情勢の悪化とホルムズ海峡の実質的な通行困難を受け、経済産業省が実際に備蓄放出へ動きました。複合危機は将来の想定ではなく、既に政策対応を迫る現実です。本稿では、関税ショックの実像、エネルギー安全保障の弱点、気候政策反転の意味をつなぎ、日本に必要な耐性強化を考えます。

関税ショックが序章にすぎなかった理由

2025年4月2日の制度転換

トランプ政権は2025年4月2日、国際緊急経済権限法に基づく国家非常事態を宣言し、全ての国に10%の追加関税を課す方針を公表しました。これが、いわゆる相互関税体制の出発点です。その後も中国、カナダ、メキシコ、自動車、鉄鋼などを巡って追加措置や修正が重なり、通商政策は固定ルールではなく、更新され続ける不確実性の源泉になりました。

この点で重要なのは、関税はもはや「対中政策」だけではないことです。2025年10月時点のニューヨーク連銀の分析では、実現ベースの関税率は国によって大きく異なり、日本向けは15%、中国向けは40%、カナダとメキシコは5%未満と大きな差がありました。つまり企業は、単に「米国向けは高関税」と捉えるのではなく、国別、品目別、協定別に異なる負担を前提に供給網を組み替える必要があります。

しかも、関税の波及は見かけより広いです。2026年2月のニューヨーク連銀ブログによると、2025年の米輸入平均関税率は2.6%から13%に上昇し、経済的負担のほぼ9割は米企業と消費者に落ちました。6月の別の調査でも、関税で仕入れコストが増えた企業の約4分の3が、少なくとも一部を価格転嫁したとされています。関税は輸出先の問題にとどまらず、需要減退、価格転嫁、在庫積み増し、サプライヤー変更を通じて日本企業の投資判断を揺らします。

マクロの底堅さと安心の誤読

もっとも、足元のマクロデータだけを見ると、危機感がやや薄れやすいのも事実です。IMFは2026年1月の世界経済見通しで、2026年の世界成長率を3.3%とし、技術投資や民間の適応力が通商政策の逆風を相殺していると評価しました。日本銀行の高田審議委員も2月26日の講演で、2025年春に懸念された日本経済の下押しは、結果として想定ほど大きくなかったと述べています。

ただ、ここで安心してしまうと見誤ります。IMFは同時に、地政学緊張の激化を主要な下振れリスクに挙げています。2025年の関税ショックを乗り切れたことは、耐性の証明ではあっても、免疫の完成ではありません。

複合危機が日本に波及する経路

ホルムズ海峡とエネルギー脆弱性

複合危機が最もわかりやすく表れたのが、2026年3月の中東情勢です。IEAは、ホルムズ海峡を2025年平均で日量2,000万バレル、世界の海上石油貿易の約25%が通過する最重要チョークポイントと位置づけています。LNGでも世界貿易の約2割が同海峡を通り、アジア向け比率が高いため、日本を含む輸入国への影響は直撃型です。

資源エネルギー庁によると、日本のエネルギー自給率は2022年度で12.6%にとどまり、原油は中東地域に90%超依存しています。そのため、ホルムズ海峡の障害は価格上昇だけでなく、物理的な供給不安に直結します。IEAの2026年2月更新ファクトシートでも、海峡を迂回できるパイプライン余力は日量3.5百万から5.5百万バレル程度に限られるとされ、完全な代替にはなりません。

実際、日本政府は行動に出ました。経済産業省は2026年3月16日、民間備蓄義務量を70日から55日へ15日分引き下げ、当面1か月分の国家備蓄石油を放出すると決定しました。3月24日には、放出予定総量を約850万キロリットルと公表しています。JOGMECの基礎データでは、日本は2024年3月末時点で国家備蓄142日分、民間85日分、産油国共同備蓄8日分を保有していました。関税で始まった不安が、現実のエネルギー安全保障へ移ったことを示す出来事でした。

気候政策反転と投資判断の再編

もう一つ見落としやすいのが、気候政策の反転です。トランプ政権は2025年1月20日にパリ協定からの離脱通知を命じ、同日に「Unleashing American Energy」でエネルギー関連規制の大幅見直しを開始しました。さらにEPAは2026年2月、2009年の温室効果ガスエンダンジャメント・ファインディングの撤回と、自動車向け温室効果ガス規制の廃止を最終化しました。

この変化は、日本にとって単なる環境政策ニュースではありません。EV、電池、水素、省エネ機器、素材産業では、どの市場でどの規制が残るかで投資採算が変わります。米国が短期的に化石燃料と従来型自動車を優遇し、他方でEUや日本が脱炭素投資を続けるなら、企業は製品設計や工場立地を複線で考えなければなりません。

注意点・展望

誤解しやすい論点

ありがちな誤解は、第一に「関税は相手国が払う」という見方です。ニューヨーク連銀の分析は、2025年の負担の大半が米企業と消費者に残ったことを示しています。第二に、「日本は備蓄があるから大丈夫」という安心です。備蓄は重要ですが、供給途絶が長引けば補充コストや物流の偏在が問題になります。第三に、「景気が底堅いなら政策リスクは大したことがない」という認識です。足元の成長率の底堅さと、下振れリスクの蓄積は両立します。

日本に必要な耐性強化

必要なのは、短期と中長期を分けた備えです。短期では、原油・LNG・重要部材の在庫運用、代替調達ルート、為替と燃料価格のヘッジ、価格転嫁ルールの明確化が欠かせません。中長期では、エネルギー自給率の引き上げ、原発再稼働と再エネ・蓄電池の現実的な拡大、対米依存の高い輸出構造の見直しが必要です。

政策当局にも「ショックごとの対策」からの脱却が求められます。関税対策、エネルギー安保、GX、経済安全保障を別々に扱うだけでは、複合危機には追いつきません。

まとめ

トランプ複合危機の本質は、相互関税の高さそのものより、不確実性が戦争、資源、制度変更へ連鎖する点にあります。2025年の関税は、米国内にもコストを押し返しながら、企業の供給網と価格設定を揺らしました。2026年3月には、ホルムズ海峡の混乱が日本の備蓄放出を招き、危機が現実の供給問題へ進んだことが明確になりました。

日本経済はここまで想定以上の底堅さを示してきましたが、それは危機が去ったことを意味しません。むしろ、関税、エネルギー、気候政策の三つを同時に読む力が求められる局面に入っています。耐性強化とは、景気が崩れる前に、調達、投資、制度の前提を複線化しておくことです。

参考資料:

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