ウクライナ元首相ティモシェンコ氏を起訴、議員買収疑惑の背景と影響

by nicoxz

はじめに

2026年1月14日、ウクライナの国家汚職対策局(NABU)は、ユーリヤ・ティモシェンコ元首相を議員買収容疑で起訴したと発表しました。同氏が代表を務める野党「祖国(バトキフシナ)」の党本部も家宅捜索を受けています。

ティモシェンコ氏といえば、2004年のオレンジ革命で「革命のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた政治家です。その後も波乱に満ちた政治人生を歩んできましたが、今回の起訴は、ロシアとの戦争が続くウクライナにおける汚職対策の難しさを浮き彫りにしています。

本記事では、ティモシェンコ氏への起訴内容、その政治的背景、そしてウクライナのEU加盟に向けた汚職対策の現状について詳しく解説します。

ティモシェンコ氏起訴の詳細

議員買収スキームの構図

NABUと特別汚職対策検察(SAPO)によると、ティモシェンコ氏は他党に所属する国会議員に対し、法案への賛成や反対、棄権などの見返りとして金銭を提供していた疑いが持たれています。

捜査当局は、これが一度きりの取引ではなく、前払いを含む長期的な協力体制を構築しようとしていたと指摘しています。報道によれば、議員に対して月額1万ドルが支払われる約束だったとされています。

NABUは、ティモシェンコ氏と他の議員との間で行われたとされる盗聴録音を公開しました。この録音には、議会での投票に対する報酬について話し合う内容が含まれていると主張されています。

捜索と本人の反応

1月14日未明、30人以上の武装した捜査官が祖国党の党本部を捜索しました。ティモシェンコ氏によれば、令状の提示なく建物を事実上占拠し、従業員を人質のように拘束したとのことです。

ティモシェンコ氏は自身のFacebookで、捜索は「法や正義とは無関係」であり、「政治的な命令」による「壮大なPRショー」だと主張しています。仕事用の電話、議会関連文書、個人の貯金が押収されたと訴えています。

有罪となった場合、ウクライナ刑法第369条第4項に基づき、5年から10年の禁固刑と財産没収が科される可能性があります。

ティモシェンコ氏の政治的経歴

「ガスの王女」から政界へ

ユーリヤ・ティモシェンコ氏は1960年生まれで、現在65歳です。ソ連崩壊後の1990年代、エネルギー関連企業を経営し、1995年にはガス輸入最大手「統一エネルギー機構」の社長に就任しました。ロシアからウクライナへの天然ガス輸入で巨額の富を築き、「ガスの王女」「ウクライナで最も裕福な女性」と呼ばれました。

1996年に国会議員となり政界入り。1999年にはクチマ政権でエネルギー担当副首相を務めましたが、2001年に解任され、ガス会社時代の汚職容疑で逮捕されています。

オレンジ革命のヒロイン

2004年の大統領選挙では、親欧米派のユシチェンコ候補を支持し、不正選挙に対する大規模な抗議運動「オレンジ革命」で中心的な役割を果たしました。世界のメディアは彼女を「オレンジ革命のジャンヌ・ダルク」と称えました。

2005年に首相に就任しましたが、ユシチェンコ大統領と対立して同年中に解任。2007年に首相に復帰し、ロシアとの天然ガス価格交渉で手腕を発揮しました。

投獄と復帰、そして再びの疑惑

2009年のロシアとの天然ガス契約をめぐり、2011年にキエフの裁判所から禁固7年の実刑判決を受けました。この判決は国際社会から政治的動機による弾圧として批判されました。

2014年、ヤヌコビッチ政権崩壊後に釈放されましたが、2019年の大統領選挙ではゼレンスキー氏に敗北しています。現在、祖国党は議会で25議席を保有する野党です。

ウクライナの汚職対策と政治的背景

反汚職機関をめぐる攻防

今回の起訴の背景を理解するには、2025年に起きた反汚職機関の独立性をめぐる攻防を知る必要があります。

2025年7月、ゼレンスキー大統領はNABUとSAPOの権限を縮小する法案に署名しました。これに対し、ロシアとの戦争開始後初となる大規模な反政府デモがキーウ、リビウ、ドニプロなど各地で発生。国際社会からも強い批判を受け、7月31日には反汚職機関の独立性を回復する新法案が賛成331票で可決されました。

興味深いことに、ティモシェンコ氏の祖国党は当初、反汚職機関の権限縮小法案にほぼ全員が賛成票を投じていました。彼女自身も、7月31日の権限回復法案には投票しなかった数少ない議員の一人でした。

12月の与党議員摘発との関連

今回のティモシェンコ氏起訴の直前、2025年12月にはゼレンスキー大統領の与党「国民の僕」所属の議員複数が議員買収容疑で捜査を受けています。NABUは議会の交通・インフラ委員会事務所を捜索し、ユーリー・キセル議員らを容疑者として特定しました。

捜査当局によれば、この12月の摘発後、ティモシェンコ氏は一部の議員と接触し、組織的な買収スキームの構築を始めたとされています。

EU加盟への影響

汚職対策はウクライナのEU加盟交渉における重要条件です。NABUとSAPOは2015年、まさに国際社会の要請を受けて設置された機関です。

トランスペアレンシー・インターナショナルの2024年調査では、ウクライナの腐敗度は世界105位と依然として深刻な状況にあります。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、法の支配と汚職対策の改革がEU加盟に不可欠だと繰り返し強調しています。

今後の展望と注意点

政治的駆け引きの可能性

ティモシェンコ氏は今回の起訴を「政治的命令」と主張しており、単純な汚職事件として片付けられない側面があります。与野党問わず議員買収が横行している実態が明らかになる中、誰が標的にされ、誰が見逃されるのかという問題は、ウクライナ政治の不透明さを示しています。

ただし、NABUが与党議員と野党有力者の両方を捜査していることは、機関の独立性を示す証拠とも解釈できます。

戦時下の汚職対策の難しさ

ロシアとの戦争が続く中、ウクライナは西側諸国からの軍事・財政支援に依存しています。その支援を継続するためにも、汚職対策での実績が求められています。しかし同時に、政治的安定も維持しなければならないという矛盾を抱えています。

2025年11月にはゼレンスキー大統領の最側近イェルマーク大統領府長官が汚職捜査を受けて辞任するなど、政権中枢も無傷ではありません。

まとめ

ティモシェンコ元首相の起訴は、オレンジ革命から20年以上が経過したウクライナ政治の複雑さを象徴する出来事です。かつて「革命のヒロイン」と称えられた政治家が、再び汚職疑惑に直面しています。

今回の事件は、ウクライナの反汚職機関が与野党を問わず捜査を行う姿勢を示すものである一方、政治的駆け引きの道具として使われている可能性も否定できません。

ロシアとの戦争、EU加盟交渉、そして国内政治の安定という複数の課題を抱えるウクライナにとって、汚職対策の透明性と公正性をどう確保するかは、今後の国際的信頼を左右する重要な課題となっています。

参考資料:

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