洋上風車世界最大手ベスタスが日本に工場、調達コスト低減へ
はじめに
洋上風力発電に使う風車の世界最大手、デンマークのベスタスが2029年度までに日本国内に工場を設ける方針を明らかにしました。経済産業省とベスタスは3月9日に覚書を交わし、工場候補地として北九州市や北海道室蘭市が挙がっています。
日本は風車を輸入に大きく依存してきましたが、国内にサプライチェーンが整備されれば調達コストの低減が見込まれ、洋上風力発電の採算性が大幅に改善する可能性があります。2030年に10GW、2040年に30〜45GWという政府目標の実現に向けた大きな追い風となりそうです。
日本の洋上風力市場と海外依存の現状
拡大する市場と野心的な目標
日本政府は洋上風力発電を「再生可能エネルギーの切り札」と位置づけ、2030年までに10GW、2040年までに30〜45GWの案件形成を目標に掲げています。再エネ海域利用法に基づく促進区域の指定と入札制度を通じて、着実にプロジェクトが進行中です。
第1ラウンドでは三菱商事グループが3海域を獲得、第2ラウンドでは秋田県沖や長崎県沖などで複数のコンソーシアムが選定されました。第3ラウンドでは青森県と山形県の2海域で事業者が決定しています。2025年2月には洋上風力推進法(ワンストップ法)も可決され、許認可手続きの効率化が図られました。
風車メーカー不在という構造的課題
しかし、日本には大型洋上風車メーカーが存在しないという構造的な課題があります。近年の洋上風車は15〜20MW級と大規模化し、ブレード長は100m以上、ナセル重量は数百トンに達します。こうした大型部材の製造には高度な技術と巨額の設備投資が必要で、現在は欧州や中国のメーカーに依存している状態です。
風車を海外から輸入する場合、輸送コストに加えて納期の不確実性やメンテナンス体制の課題が生じます。国内にサプライチェーンがないことが、洋上風力の発電コスト引き下げの障壁となっていました。
ベスタスの日本進出計画
経済産業省との官民協力枠組み
ベスタスと経済産業省は、風力発電分野における官民協力枠組みを設立しています。2025年7月には経済産業省の松尾竹彦国際担当審議官の立ち会いのもと、正式な覚書締結式が開催されました。
この枠組みでは、継続的かつ安定的な風力発電プロジェクトの形成、ベスタスの風車サプライチェーンへの日本企業の参入、そして風車主要部品の日本への投資促進が主要テーマとして扱われます。3月9日にはさらに踏み込んだ覚書が交わされ、2029年度までの国内工場設置が具体的に明記されました。
工場候補地:北九州市と室蘭市
工場候補地としては北九州市と北海道室蘭市が挙がっています。いずれも重工業の集積地であり、港湾設備が整っている点が強みです。
北九州市は九州地方の洋上風力プロジェクトへの近接性に加え、鉄鋼・重機産業の基盤があります。室蘭市は北海道・東北地方で計画されている大規模洋上風力プロジェクトの拠点として有利な立地です。どちらも大型部材の海上輸送に適した港湾機能を持っています。
日本製鉄との連携
ベスタスは日本製鉄とも覚書を締結し、タワー用鋼材の供給に関する協業を開始しています。日本製鉄の東日本製鉄所(君津地区)と九州製鉄所(大分地区)から、欧州・アジア・日本市場向けのタワー用鋼材を供給する計画です。
さらに両社は、グリーンスチールやTMCP(熱加工制御)鋼材での将来的な協力も模索しています。持続可能な製造と強靭なサプライチェーンの構築を目指す動きです。
国内サプライチェーンがもたらす効果
調達コストの低減
国内に風車製造拠点が設置されれば、輸送コストの大幅な削減が見込まれます。100mを超えるブレードや数百トンのナセルを海外から輸送するコストは莫大であり、国内生産への切り替えは発電コスト全体の引き下げにつながります。
政府は2040年までにライフタイム全体での国内調達比率を60%とする目標を掲げています。ベスタスの国内工場設置はこの目標の実現に大きく寄与する可能性があります。
日本企業の参入機会拡大
ベスタスのサプライチェーンに日本企業が参入する道が開かれる点も重要です。すでに三菱電機とはスイッチギア(受配電設備)の共同開発、富士電機とはパワー半導体の共同開発が進んでいます。タワー用鋼材の日本製鉄からの供給も含め、日本の製造業にとって新たな成長分野となる可能性があります。
アジア市場への展開拠点
ベスタスが日本に工場を設ける背景には、日本市場だけでなくアジア全体の需要を取り込む狙いがあります。台湾、韓国、ベトナムなどアジア各国でも洋上風力の導入拡大が進んでおり、日本を製造・供給のハブとして活用する構想です。
注意点・展望
ベスタスの国内工場設置は画期的な動きですが、いくつかの注意点もあります。まず、過去にベスタスは長崎県での工場建設計画を撤回した経緯があります。入札制度の度重なるルール変更や、小規模な市場の制約が海外メーカーの投資判断を揺るがしてきた実情があります。
今回の計画を確実に実現するには、安定的なプロジェクトパイプラインの確保が不可欠です。入札制度の予見可能性を高め、海外メーカーが安心して投資できる環境を整えることが求められます。
また、世界的な洋上風力発電のコスト上昇も課題です。EYの調査によれば、洋上風力プロジェクトのコストは2019年から39%上昇しており、今後10年で約2,800億ドルの追加投資が必要とされています。国内製造による調達コスト低減がどこまで実現するかは、市場環境の変化にも左右されるでしょう。
まとめ
世界最大手のベスタスが日本に風車工場を設ける計画は、国内洋上風力発電の本格的な産業化に向けた大きな一歩です。経済産業省との官民協力枠組みや日本製鉄との連携により、国内サプライチェーンの構築が加速する見通しです。
日本の洋上風力は海外依存からの脱却という大きな転換点を迎えています。安定的な入札制度の運営と産業基盤の整備が進めば、再生可能エネルギーの主力電源としての洋上風力がいよいよ本格始動することになるでしょう。
参考資料:
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