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by nicoxz

学問バーで楽しむ知的な夜、サイエンスカフェの進化形

by nicoxz
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はじめに

「学問は飯と心得るべし」——江戸時代の思想家、三浦梅園はそう説きました。学問は生きるために必要な糧であり、日常と切り離せないものだという意味です。

現代の東京では、この言葉を体現するかのような場所が次々と誕生しています。バーで酒を酌み交わしながら最新の学術知見を語り合い、クラブで音楽とともに研究者のパフォーマンスを楽しむ——かつては大学や学会の中に閉じていた「学問」が、夜の街に進出しているのです。

本記事では、お酒と学問を楽しめる新しいスタイルの学術イベントと、その背景にあるサイエンスコミュニケーションの潮流について解説します。

学問バーの登場と広がり

学術バーQ:上野に誕生した「知と対話の遊び場」

2024年4月、東京・上野に「学術バーQ」がオープンしました。JR御徒町駅から徒歩2分、アメ横商店街から線路を挟んで反対側の活気ある飲み屋街の中にあります。

「知と対話を愛する人のための遊び場」をコンセプトに掲げるこのバーでは、通常営業に加えて、学術に携わる研究者によるトークイベントやワークショップが日々開催されています。「ぶつりぶーと:BARで楽しむ物理学学びなおし」といった連続講義イベントや、トポロジーをテーマにした数学イベントなど、多彩なプログラムが用意されています。

席数は22席(カウンター6席、テーブル16席)で、イベント日は原則としてタイムチャージ制、それ以外の営業日は時間制飲み放題となっています。ノンアルコールドリンクも用意されており、お酒が飲めない方でも気軽に参加できます。

学問バーKisi:歌舞伎町の知的オアシス

2023年1月、新宿歌舞伎町に「学問バーKisi」がオープンしました。「お酒を片手にアカデミックな会話が楽しめるバー」がコンセプトです。

ここでは「日替わりバーテンダー」という独自のシステムを採用しています。基本的に大学院生や院卒、研究者がバーテンダーとして参加し、17時から23時の営業時間を自由に使えます。多くの場合、スライドを使った20〜30分程度のレクチャーの後、質疑応答や雑談に移る流れです。

これまでのイベントテーマは実に多彩です。「AIの基礎理論と応用について語る」「イスラム金融について語る」「物理学で楽しむ因果論」「図書館情報学徒が語る『図書館のあるき方』」「生物の入試問題を生物学者と解いてみるバー」など、理系・文系を問わず幅広いジャンルがカバーされています。

ある研究者は「Kisiは学会後の懇親会の三次会っぽい」と表現しています。お酒を飲みながら率直な意見交換ができ、分野や立場を超えてゆるくつながれる距離感が心地よいとのことです。

Science bar INCUBATOR:実験器具で楽しむサイエンスバー

四谷三丁目にある「Science bar INCUBATOR(インキュベータ)」は、サイエンスをコンセプトとした個性的なバーです。

食器はほぼ実験器具を使用しており、無料のレンタル白衣を着て、アルコールランプやピンセットを使いながら食事とお酒を楽しめます。科学をコンセプトにしたオリジナルカクテルも揃えています。

研究者を招いたトークイベントも不定期で開催しており、講演者も随時募集中です。また、学会の懇親会などへの出張サービスも行っています。

サイエンスカフェの歴史と発展

日本のサイエンスカフェ元年

学問バーの源流ともいえるのが「サイエンスカフェ」です。サイエンスカフェとは、科学の専門家と一般の人々がカフェなどの小規模な場所でコーヒーを飲みながら、科学について気軽に語り合う場のことです。

日本では2004年に『平成16年版科学技術白書』で海外事例が紹介されたことをきっかけに認知が高まりました。同年、京都市でNPO法人により国内初のサイエンスカフェが開催され、2005年は「日本のサイエンスカフェ元年」と呼ばれることもあります。

2006年4月の科学技術週間では、日本学術会議の会員が話題提供者となり、全国21カ所でサイエンスカフェが開催されました。これが日本におけるサイエンスカフェ普及の大きな転機となりました。

サイエンスコミュニケーションの発展

サイエンスコミュニケーションとは、科学のおもしろさや科学技術をめぐる課題を人々へ伝え、ともに考え、意識を高めることを目指した活動です。従来の講演会やシンポジウムとは異なり、双方向的な対話を重視しています。

2005年には、北海道大学、東京大学、早稲田大学で科学コミュニケーションに関わる人材を養成するプログラムが開始されました。東京理科大学では2026年に科学コミュニケーション学科の新設が予定されており、幅広い科学を多面的に伝える能力を持った人材の育成を目指しています。

なぜ「夜の学問」が人気なのか

敷居を下げる場の力

カフェやバーという場の落ち着いた雰囲気が、科学への敷居を低くしています。カフェには「リラックスできる」「議論を楽しめる」「好きなときに来て好きなときに帰れる」というイメージがあり、知識においては対等でなくても、敬意においては対等の関係で対話できます。

学問バーKisiでは「一見難しそうなイベントテーマでも、切り口を工夫して間口を広げ、敷居を低くすることを心がけている」と説明しています。フラットでどんなお客さんにも開かれた場を目指しているのです。

学会の外で生まれる新しい交流

大学や学会の中だけでは生まれにくい、分野横断的な交流も学問バーの魅力です。異なる専門分野の研究者が偶然出会い、思いがけないコラボレーションが生まれることもあります。

また、研究者にとっては自分の研究を一般の人にわかりやすく伝える訓練の場にもなります。学術論文とは異なる言葉で自分の研究の意義を語る経験は、研究者自身の成長にもつながります。

注意点・今後の展望

参加にあたってのポイント

学問バーに初めて参加する際は、いくつかのポイントを押さえておくとよいでしょう。まず、予約が必要なイベントと予約不要の通常営業があるため、事前にSNSや公式サイトで情報を確認することが大切です。

また、専門知識がなくても楽しめるように工夫されていますが、テーマに関心を持って参加することで、より深い学びが得られます。質問は歓迎されることがほとんどなので、積極的に発言してみましょう。

全国への広がりの可能性

現在、学問バーは主に東京都内に集中していますが、学問バーKisiは京都・一乗寺にも店舗を展開しています。地方都市にも同様のコンセプトの場が広がる可能性があります。

日本学術会議は延べ100回以上のサイエンスカフェを主催・共催してきており、日本農芸化学会も2006年から全国でサイエンスカフェを展開しています。こうした土壌の上に、より気軽に参加できる学問バーという形態が根付きつつあります。

まとめ

学問バーやサイエンスカフェは、「学問は難しいもの」「研究者は遠い存在」というイメージを覆す存在です。お酒を片手に最新の学術知見に触れ、研究者と直接対話できる場は、知的好奇心を刺激する新しい夜の過ごし方として注目を集めています。

「学問は飯と心得るべし」という三浦梅園の言葉のように、学問は日常生活と切り離されたものではありません。バーという身近な空間で学びを楽しむことで、科学や人文学がより身近なものになっていくことが期待されます。

参考資料:

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