富士通が純国産AI半導体開発へ、ラピダスに製造委託
はじめに
富士通がAI処理に特化した半導体(NPU:Neural Processing Unit)を新たに開発し、その製造を国内半導体メーカーのラピダスに委託する方針を固めました。回路線幅は1.4ナノメートル(nm)という世界最先端の微細化技術を採用し、設計から製造まで一貫して国内で完結する「純国産AI半導体」となります。
開発費は初回の審査段階で約580億円が見込まれ、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が一部を支援する見通しです。米中対立の激化や台湾海峡リスクを背景に、先端半導体の国産化は日本の経済安全保障上の最重要課題となっています。今回の取り組みは、AI時代の基幹技術を自国で確保しようとする大きな一歩といえるでしょう。
富士通が開発するAI専用チップの全容
1.4nm NPUの技術的特徴
富士通が開発するのは、AI推論処理に特化したNPU(Neural Processing Unit)です。回路線幅1.4nmは、現時点で世界最先端の微細化水準にあたります。NPUの最大の強みは、推論処理に特化した設計による圧倒的な省電力性能です。
現在、世界のデータセンターが消費する電力量は急増しています。2022年時点で約460テラワット時(TWh)だった世界のデータセンターの総エネルギー消費量は、2026年には1,000TWhに達する可能性があると予測されています。これは日本全体の電力消費量とほぼ同等の規模です。AI処理の拡大がこの傾向を加速させており、省電力で高性能なAI半導体への需要は極めて高まっています。
富士通はスーパーコンピュータ「京」や「富岳」の開発を通じて、長年にわたり省電力技術を蓄積してきました。その知見がNPU開発に直接活かされています。
FUJITSU-MONAKAとの統合構想
富士通は現在、次世代CPU「FUJITSU-MONAKA」を開発中です。MONAKAは2nmプロセスを採用したArmv9-Aアーキテクチャのプロセッサで、1ソケットあたり144コアを搭載します。高性能部分に2nmプロセス、I/O部分に5nmプロセスを採用する3Dチップレット構造により、高性能と省電力を両立する設計となっています。2027年度の商用出荷が予定されています。
今回開発するNPUは、このMONAKAの後継CPUと同一パッケージ内に組み込まれる計画です。次世代スーパーコンピュータ「富岳NEXT」への搭載が想定されており、CPUとNPUを一体化することで、汎用演算とAI処理を効率的に切り替えられるアーキテクチャを目指しています。
富岳NEXTが目指す性能
「富岳NEXT」は理化学研究所が主導し、富士通が基本設計を受注した次世代フラッグシップスーパーコンピュータです。CPU部に富士通の「FUJITSU-MONAKA-X」(仮称)、加速部にNVIDIA製GPUを搭載する構成が予定されています。「富岳」比で5倍以上のハードウェア性能を目標としており、AI処理能力の大幅な強化が見込まれています。
ラピダスの製造基盤と量産への道筋
北海道千歳工場の現状
ラピダスは北海道千歳市に先端半導体工場「IIM-1」を建設し、2025年4月に2nmチップの試作ラインを稼働させました。2027年度後半には2nm半導体の量産開始を計画しており、月産6,000枚のウエハーからスタートし、1年以内に月産25,000枚への引き上げを目指しています。
ただし、最先端半導体の量産には200以上の製造装置の同時立ち上げが必要であり、歩留まり向上が最大の技術的課題とされています。
1.4nm世代への展開計画
富士通のNPUが採用する1.4nmプロセスについては、ラピダスが第2工場の建設を2027年度にも着工する計画が報じられています。1.4nmの量産開始は2029年頃が見込まれており、2nmの量産を軌道に乗せた上で、さらなる微細化に挑むロードマップが描かれています。
この計画が実現すれば、ラピダスはTSMCやサムスンと肩を並べる最先端ファウンドリとしての地位を確立することになります。
巨額の資金調達と政府支援
ラピダスへの政府支援総額は累計で約2.9兆円に達する見通しです。2026年2月には267.6億円の資金調達を完了し、そのうち100億円は情報処理推進機構(IPA)から、167.6億円は富士通、ソニーグループ、ソフトバンク、キヤノン、NTTなど32社の民間企業から拠出されました。
政府は2030年度に向けて10兆円以上の規模で「AI・半導体産業基盤強化フレーム」を推進しており、ラピダスはその中核的存在に位置づけられています。
注意点・展望
純国産AI半導体の実現には、いくつかの重要な課題が残されています。まず、ラピダス自身が2nm量産という未踏の技術的ハードルをクリアする必要があります。さらに1.4nmへの微細化は世界でもまだ実現例がなく、技術的な不確実性は小さくありません。
開発費580億円、さらにラピダスへの累計2.9兆円という巨額の公的資金投入に対しては、投資対効果を厳しく問う声もあります。ラピダスが2030年度の黒字化と2031年度のIPOを目標に掲げていることから、商業的な成功が求められる時間軸は限られています。
一方で、台湾有事などの地政学リスクが現実味を増す中、先端半導体の調達先を国内に持つことの戦略的価値は極めて大きいといえます。富士通とラピダスの連携は、日本がAI時代の技術主権を確保するための重要な試金石となるでしょう。
まとめ
富士通が1.4nm世代のAI専用半導体(NPU)を開発し、ラピダスに製造を委託する方針は、日本の半導体戦略にとって画期的な動きです。設計から製造まで純国産で完結するAI半導体は、経済安全保障の強化と省電力技術の実現を同時に目指すものです。
NEDOの支援を受けた580億円規模の開発プロジェクトとして、「富岳NEXT」を含む次世代コンピューティング基盤の中核を担うことが期待されています。技術的・商業的な課題は残るものの、AI時代における日本の技術的自立に向けた大きな一歩として、今後の進展が注目されます。
参考資料:
- 富士通、ラピダスに半導体の生産委託へ スパコン搭載の1.4ナノメートル級 純国産で業界に追い風 - 北海道新聞
- Fujitsu plans dedicated 1.4nm AI chip manufactured entirely in Japan by Rapidus - Tom’s Hardware
- Rapidus gets its first customer - Electronics Weekly
- Rapidus Secures 267.6 Billion Yen in Funding - PR Newswire
- Rapidus targets mass 2nm chip production in 2027 - Tom’s Hardware
- Japan reportedly adding 1 trillion yen in Rapidus support - TrendForce
- 富士通、ラピダスに出資へ AI向け、先端半導体調達 - 時事通信
- 理化学研究所、富士通およびNVIDIAとの国際連携による「富岳NEXT」開発体制を始動 - 理化学研究所
- FUJITSU-MONAKA - 富士通
- 省エネAI半導体及びシステムに関する技術開発事業 - NEDO
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