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by nicoxz

ANA片野坂氏のコロナ危機対応、1日19億円流出からの再建

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はじめに

ANAホールディングスは、新型コロナウイルスの世界的流行により、創業以来最大の経営危機に直面しました。2020年春、国際線旅客が前年比95%以上減少し、1日あたり約19億円もの現金が流出する事態に陥ったのです。当時社長を務めていた片野坂真哉氏は、雇用を守りながら会社を存続させるという難題に挑みました。社員の外部出向や年収3割カットなど前例のない対策を次々と実行し、「野武士集団」の精神で危機を乗り越えた手腕は、日本の企業経営における危機対応の重要な事例として注目されています。

コロナ禍がANAに与えた未曾有の打撃

旅客需要の消滅と巨額赤字

2020年初頭から急速に拡大した新型コロナウイルスは、航空業界に壊滅的な打撃を与えました。ANAホールディングスの2021年3月期(2020年度)連結決算では、売上高が前年度比63.1%減の7,286億円にまで落ち込みました。営業損失は4,647億円、最終赤字は4,046億円と、いずれも過去最大の赤字を記録しています。

国際線旅客数は前年比95.5%減のわずか43万人となり、旅客収入は92.7%減の447億円に激減しました。国内線も70.5%減の1,266万人にとどまり、航空会社としての根幹が揺らぐ事態でした。月間の固定費は約800億円に達しており、収入が途絶えた状態での現金流出は深刻を極めました。

資金繰りの危機と緊急融資

現金流出が続く中、ANAは2020年4月から6月にかけて金融機関から5,350億円の融資を受けました。さらにコミットメントライン(融資枠)を5,000億円に拡大し、日本政策投資銀行への約3,000億円の融資要請も行いました。片野坂社長は「当面は資金を確保して耐えしのぐ」方針を表明し、手元流動性の確保に全力を注ぎました。

2020年11月には公募増資により最大約3,321億円の資金調達を実施しています。調達資金のうち2,000億円はボーイング787型機の購入を含む設備投資に、残りは長期債務の返済に充てられました。株式数が約36%増加する大規模な希薄化を伴う決断でしたが、財務基盤の立て直しには不可欠な措置でした。

片野坂社長が率いた前例なき危機対応

雇用維持と給与カットの両立

片野坂社長のコロナ対応で最も特徴的だったのは、「雇用は守るが、賃金は我慢してほしい」という方針です。ANAはJALとともに、早期にリストラ(人員整理解雇)を行わないことを表明しました。国際線需要が回復した際に即座に対応できる人材を維持するという戦略的判断でした。

一方で、年収の約3割カットや冬季ボーナスのゼロ回答という厳しい措置が実施されました。役員報酬も最大15%削減され、基本給の5%カットが労働組合に提案されています。2020年4月には客室乗務員約6,400名を対象とした一時帰休(月3〜5日)も開始されました。

約2,300名の外部出向という決断

ANAグループの危機対応の中でも大きな注目を集めたのが、グループ社員約2,300名の外部企業への出向です。出向先はスーパーの成城石井、家電量販店のノジマ、人材サービス大手のパソナ、通信大手のKDDIなど多岐にわたりました。業務内容もデータ入力、コールセンター、接客マナー講師、英会話講師など、航空業務とは全く異なるものでした。

さらに、コロナ禍の時限措置として「サバティカル休暇」制度も導入されました。理由を問わず最大2年間、無給で会社を休める制度で、約300名がボランティアや自己啓発などに活用しています。キリンホールディングスや外務省など、異業種・行政機関への出向を通じて、社員が新たなスキルや視野を獲得する機会にもなりました。

事業構造改革の断行

2020年10月27日、片野坂社長は事業構造改革を発表しました。「事業モデルを劇的に変革する」と不退転の決意を表明し、3つの柱を打ち出しています。

第一に、ANAブランドの航空事業を一時的に縮小してコロナ禍を乗り越えること。当初計画で7機だった退役予定機を35機に拡大し、2021年3月のグループ総機数を当初計画比33機減の276機としました。

第二に、航空事業をアフターコロナの新常態に対応した持続的成長モデルに変革すること。ANA、Peach Aviationに加えて、ボーイング787を活用した中距離国際線向けの第三ブランド(後のAirJapan)の立ち上げが決定されました。

第三に、顧客データを活用したプラットフォーム事業の確立です。航空以外の収益源を育てることで、パンデミックのような需要消滅リスクへの耐性を高める狙いがありました。

今後の注目点と航空業界への示唆

ANAの事例は、航空業界に限らず多くの企業にとって危機管理の教訓を残しています。片野坂氏が貫いた雇用維持の方針は、需要回復局面でのスムーズな事業拡大を可能にしました。一方で、年収3割カットや外部出向は社員に大きな負担を強いるものであり、労使間の信頼関係がなければ成立しない施策だったといえます。

航空業界はパンデミック後に急速な回復を遂げましたが、新たな感染症リスクや地政学的リスクは常に存在します。ANAが進めた事業構造の多角化や、LCC新ブランドによるコスト構造の柔軟化は、次の危機に備える取り組みとして引き続き注目されます。片野坂氏の経験は、危機下における経営者のリーダーシップのあり方を考える上で、貴重な事例となるでしょう。

まとめ

ANAホールディングスは、コロナ禍により2020年度に4,046億円の最終赤字を計上し、1日あたり約19億円の現金流出という未曾有の危機に直面しました。片野坂真哉社長は、雇用維持を大前提としつつ、年収3割カット、約2,300名の外部出向、35機の退役、公募増資による3,000億円超の資金調達など、前例のない対策を矢継ぎ早に実行しました。「野武士集団」の精神で全社一丸となって危機を乗り越えたANAの経験は、企業の危機対応における重要な先例として語り継がれています。

参考資料:

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