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by nicoxz

ハルメク躍進の秘密「シニア」と呼ばない編集戦略

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はじめに

出版業界の逆風が止まりません。2025年の紙の出版市場は前年比4.1%減の9,647億円と、1975年以来初めて1兆円を割り込みました。雑誌に限れば前年比10.0%減と、さらに深刻な落ち込みです。

そんな中、定期購読のみという異色の販売方式で発行部数約46万部を誇り、女性誌トップの座を維持し続ける雑誌があります。50代以上の女性向け雑誌「ハルメク」です。

同誌の躍進を支える山岡朝子編集長は、就任以来一貫して「老」や「シニア」という言葉を使わない編集方針を貫いてきました。この記事では、デジタル全盛の時代に紙雑誌がなぜ成長できるのか、その戦略の核心に迫ります。

「シニア誌」ではなく「女性誌」への再定義

就任時の危機と発想の転換

山岡朝子氏がハルメク(当時は「いきいき」から改称直後)の編集長に就任したのは2017年のことです。当時の発行部数は約15万部で、過去最低水準にまで落ち込んでいました。大阪大学文学部を卒業後、7誌の女性誌で編集長を歴任し、在職中にMBAも取得した山岡氏が最初に取り組んだのは、雑誌そのものの再定義でした。

「ハルメクをシニア誌ではなく女性誌だと捉え直す」。この発想の転換が、すべての起点となりました。シニア向けという枠組みで作ると、どうしても啓蒙的・教育的な内容に偏りがちです。しかし女性誌として考えれば、ファッション、美容、旅行、インテリアなど、年齢を問わず女性が関心を持つテーマが自然と浮かび上がります。

「老」を排除する言葉の戦略

ハルメクの編集方針で特徴的なのは、「老」や「シニア」といった言葉を誌面から徹底的に排除していることです。これは単なる言い換えではなく、読者の自己認識に寄り添うマーケティング戦略です。

ハルメクの調査によると、60代を超えた読者の多くは自分を「おばあちゃん」ではなく「おばさん」と認識しています。敬老の日についても「老人扱いされていると感じる」というマイナスの声が多く聞かれるといいます。

この知見を活かし、ハルメクでは商品名にも工夫を凝らしています。白髪染めは「プラチナグレイカラー」、補聴器は「耳かけ集音器」、シルバーカーは「キャリーバッグ」と呼び替えることで、読者がネガティブな印象を抱かずに手に取れるようにしています。

書店に置かない定期購読モデルの強み

読者を「1冊残らず」知る仕組み

ハルメクのもう一つの大きな特徴は、書店での販売を一切行わず、定期購読のみで展開している点です。一見すると販路を狭めるリスクがあるように思えますが、このモデルには大きなメリットがあります。

まず、購読者の属性を完全に把握できることです。書店を介さず直接読者と繋がるため、「どこの誰が読んでいるか」を1冊残らず知ることができます。毎月約3,000枚届くご意見はがきにも編集部全員で目を通し、データ化して全社で共有しています。

さらに、雑誌と一緒にカタログやイベントのお知らせを同封できるため、読者との接点を自然に広げることが可能です。この仕組みが、後述する物販事業の成長を支える基盤となっています。

半年かけて作る1冊の重み

一般的な月刊誌の制作期間は約3か月ですが、ハルメクはその倍の半年をかけて1冊を作り上げます。制作期間の前半3か月は調査に充て、読者アンケートやインタビューを徹底的に行い、読者が本当に求めている情報を掘り下げます。

この入念な調査プロセスが、「遠い知人より毎月届く雑誌のほうが自分を理解してくれている」という読者の信頼感を生み出しています。定期購読という継続的な関係性があるからこそ、読者の変化をリアルタイムで捉え、誌面に反映できるのです。

雑誌を超えた「メディアコマース」の全貌

売上250億円超の実態

ハルメクホールディングスは2023年に東証グロース市場に上場を果たしました。注目すべきはその収益構造です。雑誌による売上は年間約28億円で、全体の売上収益250億円超に占める割合はわずか10%強に過ぎません。

最大の収益源は物販事業で、売上高は211億円に達します。2019年度から毎年10%以上の2桁成長を続け、2024年度も前年比9%増と力強い伸びを示しています。2026年3月期第2四半期の連結最終利益も前年同期比62.1%増と拡大しており、業績は好調です。

コンテンツが信頼を生み、信頼が購買を生む

ハルメクのビジネスモデルは「出版の6次産業化」とも呼ばれています。雑誌でコンテンツのファンになってもらい、読者が「自分にとって必要な情報だ」と感じることで、カタログ通販、講座、イベント、旅行といった周辺サービスへの申し込みに繋げる仕組みです。

2025年にはウェブサービス「ハルメク365」を「HALMEK up」として大幅リニューアルし、デジタル領域への展開も本格化させています。紙の雑誌を核としながら、読者との関係を多面的に深めていく戦略は、出版業界における新たなビジネスモデルとして注目されています。

注意点・展望

デジタルシフトへの課題

ハルメクの主要読者層である団塊世代は紙媒体に親しみがありますが、次世代の団塊ジュニア世代はデジタルネイティブに近い層です。世代交代が進む中で、紙の定期購読モデルをどう進化させるかが今後の課題となります。

また、2026年1月にはTSUTAYA200店舗でバックナンバーフェアを開催するなど、これまで「書店に置かない」方針だった同誌にも変化の兆しが見えます。定期購読モデルの強みを維持しつつ、新規読者獲得の間口を広げるバランスが問われるでしょう。

「エイジフリー」時代のメディアの在り方

ハルメクが提唱する2024-2025年のシニアトレンドには「エイジフリーWORK」「シニア解放区」といったキーワードが並びます。年齢で人を区切らない「エイジフリー」の考え方は、メディア業界全体に問いかけるテーマでもあります。

「老」や「シニア」を使わないというハルメクの編集方針は、単なる言葉の問題ではありません。読者を年齢ではなく価値観や興味関心で捉え直すという、マーケティングの本質的な転換を示しています。

まとめ

ハルメクの成功は、「シニア誌」から「女性誌」への再定義、定期購読による読者との深い関係性、そして雑誌を起点とした物販中心のビジネスモデルという3つの柱に支えられています。

出版不況が叫ばれる時代にあっても、読者を深く理解し、その自己認識に寄り添うことで成長できることをハルメクは証明しました。「老」や「シニア」という言葉を使わないという一見シンプルな方針の裏には、徹底した顧客理解に基づく緻密な戦略があります。メディア運営やマーケティングに携わる方にとって、ハルメクの事例は多くの示唆を与えてくれるでしょう。

参考資料:

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